毎日、色々な事がある。
一時間後、一分後、一秒後であっても、未来は常に未知の領域だ。
何が起こるかなんて分からない。
つまり、人生とは、予測不可能な「未知の道」を行く
「旅」のようなものだと言える。
しかも、その旅は後戻りの許されない「時間」という大地の上にある。
仕事、家庭、育児、地域…年齢を経て背負うものが増えてくると、
一見、平凡に思える「日常」が、実は大変な力業だと知るのだ。
そんな「当たり前」に気付く前、
若かりし頃の僕は、平凡な日常を離れたくて、あちこちへ旅に出た。
徒歩で、自転車で、バイクで各地を回っていた僕が、定宿としていたのは、
「今日の一枚」に映っているような、田舎のバス停だった。
そこを利用するのには幾つかの理由がある。
まず何と言っても「無料」。
終バスさえ行ってしまえば「静か」だ。 しかも上がりも「早い」。
また屋根付きなので「雨露もしのげる」など、何かと利点が多い。
寝袋とトランジスタラジオがあれば、田舎のバス停は、十分快適な場所だった。
…そう言えば、当時の北海道土産に、
黄色の下地に黒で「熊出没注意」の文字と、
吠えるヒグマのアップが描かれたステッカーが流行っていた。
北海道以外の土地では一種のパロディやジョークとして
バンパーなどに貼っていたが、当時、もしも昨今のように
クマの出没騒動が頻発していれば、
落ち着いて眠ってなどいられなかっただろう。
洒落では済まないのである。
一時間後、一分後、一秒後であっても、未来は常に未知の領域だ。
何が起こるかなんて分からない。
つまり、人生とは、予測不可能な「未知の道」を行く
「旅」のようなものだと言える。
しかも、その旅は後戻りの許されない「時間」という大地の上にある。
仕事、家庭、育児、地域…年齢を経て背負うものが増えてくると、
一見、平凡に思える「日常」が、実は大変な力業だと知るのだ。
そんな「当たり前」に気付く前、
若かりし頃の僕は、平凡な日常を離れたくて、あちこちへ旅に出た。
徒歩で、自転車で、バイクで各地を回っていた僕が、定宿としていたのは、
「今日の一枚」に映っているような、田舎のバス停だった。
そこを利用するのには幾つかの理由がある。
まず何と言っても「無料」。
終バスさえ行ってしまえば「静か」だ。 しかも上がりも「早い」。
また屋根付きなので「雨露もしのげる」など、何かと利点が多い。
寝袋とトランジスタラジオがあれば、田舎のバス停は、十分快適な場所だった。
…そう言えば、当時の北海道土産に、
黄色の下地に黒で「熊出没注意」の文字と、
吠えるヒグマのアップが描かれたステッカーが流行っていた。
北海道以外の土地では一種のパロディやジョークとして
バンパーなどに貼っていたが、当時、もしも昨今のように
クマの出没騒動が頻発していれば、
落ち着いて眠ってなどいられなかっただろう。
洒落では済まないのである。