きのう、散歩途中に随分と鮮やかな色をしたエンドウ豆に目がとまった。
明るい茄子紺?バイオレットカラー?これは何という品種だろう?
取り敢えずカメラに収め、帰宅して調べてみると、
「ツタンカーメンのエンドウ豆」というらしい。
1922年、考古学史上において、20世紀最大の出来事といわれた
古代エジプト第18王朝の王墓の発見。
「黄金のマスク」を筆頭に発掘された数々の財宝や資料に混ざって、
エンドウ豆の種があったという。
やがて、時を超えて発芽に成功したエンドウ豆は、
いつしかファラオの呼び名が加わり、栽培が続けられた。
日本には1956年、アメリカから茨城県・水戸に渡来。
主に小学校、教育センターを介して広がった。…という事らしい。
初耳である。 正直、真偽のほどは定かではないようだが、ロマンを感じる。
この豆のことを知り、小学生の頃、夢中になって読んだ
「ツタンカーメン」の王墓発掘のドラマを思い起こした。
20世紀の初頭、歴代のファラオが眠る場所は、盗掘によって荒らされ放題。
新たな発見は期待できないと考えられていた「王家の谷」でまさかの大発見。
王墓の封印をといた時、現場を指揮する叩き上げの素人考古学者「カーター」と
彼の後援者(パトロン)「カーナボン卿」は会話を交わす。
「カーナボン卿」は尋ねた。…『何か見えるかね?』
「カーター」はこう答えるのがやっとだった。…『はい、素晴らしいものが。』
墓の内部に差し入れた、ゆらめく蝋燭の光の向こうには、
まばゆいばかりの黄金の遺物が輝いていた。
僕は、その発掘の副葬品に交じって「エンドウ豆の種」があったか否か、覚えていない。
しかし、2つ印象に残るアイテムがあった。
1つは、王の棺の上に置かれた、カラカラに乾燥した矢車草の花束。
3000年前に王妃が捧げた花束は、触れた瞬間に粉々に霧散したと記憶している。
もう1つは、王の玉座の背もたれのレリーフ。
まだローティーンの少年王「ツタンカーメン」の体に、
王妃がかいがいしく香油を塗る様子が浮彫りされている。
今、我が家の壁には、
そのレリーフをコピーしたエジプト土産の皿が掛っている。
明るい茄子紺?バイオレットカラー?これは何という品種だろう?
取り敢えずカメラに収め、帰宅して調べてみると、
「ツタンカーメンのエンドウ豆」というらしい。
1922年、考古学史上において、20世紀最大の出来事といわれた
古代エジプト第18王朝の王墓の発見。
「黄金のマスク」を筆頭に発掘された数々の財宝や資料に混ざって、
エンドウ豆の種があったという。
やがて、時を超えて発芽に成功したエンドウ豆は、
いつしかファラオの呼び名が加わり、栽培が続けられた。
日本には1956年、アメリカから茨城県・水戸に渡来。
主に小学校、教育センターを介して広がった。…という事らしい。
初耳である。 正直、真偽のほどは定かではないようだが、ロマンを感じる。
この豆のことを知り、小学生の頃、夢中になって読んだ
「ツタンカーメン」の王墓発掘のドラマを思い起こした。
20世紀の初頭、歴代のファラオが眠る場所は、盗掘によって荒らされ放題。
新たな発見は期待できないと考えられていた「王家の谷」でまさかの大発見。
王墓の封印をといた時、現場を指揮する叩き上げの素人考古学者「カーター」と
彼の後援者(パトロン)「カーナボン卿」は会話を交わす。
「カーナボン卿」は尋ねた。…『何か見えるかね?』
「カーター」はこう答えるのがやっとだった。…『はい、素晴らしいものが。』
墓の内部に差し入れた、ゆらめく蝋燭の光の向こうには、
まばゆいばかりの黄金の遺物が輝いていた。
僕は、その発掘の副葬品に交じって「エンドウ豆の種」があったか否か、覚えていない。
しかし、2つ印象に残るアイテムがあった。
1つは、王の棺の上に置かれた、カラカラに乾燥した矢車草の花束。
3000年前に王妃が捧げた花束は、触れた瞬間に粉々に霧散したと記憶している。
もう1つは、王の玉座の背もたれのレリーフ。
まだローティーンの少年王「ツタンカーメン」の体に、
王妃がかいがいしく香油を塗る様子が浮彫りされている。
今、我が家の壁には、
そのレリーフをコピーしたエジプト土産の皿が掛っている。