クリーニング店に、出していた衣類を取りに行った。
「不幸があったため、営業を休ませていただきます」
そんな紙が一週間も店舗のガラス戸に張られていたあのクリーニング店。
それを知らずに残業を切り上げて取りに行った私は店の前で大変がっかりした…という日記を書いたのは先日のことだ。
「いらっしゃい!あ、亮子ちゃん」
私は店主の顔を見て驚いてしまった。
頬が痩けて、全体的に老けてしまった彼に私は
「ご不幸があったようで。大変でしたね」
とだけ言った。
彼は私と同じ栃木出身で、朝の通勤時にすれちがうと必ず挨拶をしてくれる。
「よう!おはよう」
って。
いつもの笑顔を必死で作ろうとしているのだろうが、店主の顔は見る見る内に曇っていく。
「いやぁね、これがね、笑ってらんないんだよ。息子がね。息子が事故にあって。病院に搬送された時には瞳孔が開いていて…25歳なのにさ」
彼は私の衣類を畳むことに集中しているようだが、手がおぼつかないのは一目瞭然だった。
狭い店内。
つけっぱなしにしてあるテレビ。
さっきまで私が部屋で観ていた番組が映っていた。
そんな日常と死が、こんなにもこんなにも近くにあるだなんて。
私は何も言えなかった。
ふさわしい言葉が見付からなかった。
「亮子ちゃんも気を付けなよね」
彼は衣類をビニール袋に入れ、そう言った。
イントネーションが馴染み深い栃木訛だ。
私は会ったこともない、25歳の青年を想った。
両親に
「さようなら」
「ありがとう」
も言えずに逝ってしまった若干25歳の彼を。
さぞかし無念だっただろう。
明後日、私は30歳になる。
三十路寸前の複雑な心の揺れも経験できぬまま、彼は逝ってしまった。
来週のスーパーチューズデーの結果も、倖田來未の問題発言の填末も知ることなく…。
生きているって、今ある日常をリアルに見聞きできる権利を有している状態なのかもしれない。
結局、私は彼に気の利いたことも言えずまま店を去った。
ビニール袋に入った衣類。
来週、これを着て私は働く。
それも私の人生だ。
そう、小さなことを紡ぎ続けた末に出来上がる私の人生。
どんなに小さな喜びも悲しみも、リアルに感じられる権利。
明日も明後日もそんな権利を有していたい。
「不幸があったため、営業を休ませていただきます」
そんな紙が一週間も店舗のガラス戸に張られていたあのクリーニング店。
それを知らずに残業を切り上げて取りに行った私は店の前で大変がっかりした…という日記を書いたのは先日のことだ。
「いらっしゃい!あ、亮子ちゃん」
私は店主の顔を見て驚いてしまった。
頬が痩けて、全体的に老けてしまった彼に私は
「ご不幸があったようで。大変でしたね」
とだけ言った。
彼は私と同じ栃木出身で、朝の通勤時にすれちがうと必ず挨拶をしてくれる。
「よう!おはよう」
って。
いつもの笑顔を必死で作ろうとしているのだろうが、店主の顔は見る見る内に曇っていく。
「いやぁね、これがね、笑ってらんないんだよ。息子がね。息子が事故にあって。病院に搬送された時には瞳孔が開いていて…25歳なのにさ」
彼は私の衣類を畳むことに集中しているようだが、手がおぼつかないのは一目瞭然だった。
狭い店内。
つけっぱなしにしてあるテレビ。
さっきまで私が部屋で観ていた番組が映っていた。
そんな日常と死が、こんなにもこんなにも近くにあるだなんて。
私は何も言えなかった。
ふさわしい言葉が見付からなかった。
「亮子ちゃんも気を付けなよね」
彼は衣類をビニール袋に入れ、そう言った。
イントネーションが馴染み深い栃木訛だ。
私は会ったこともない、25歳の青年を想った。
両親に
「さようなら」
「ありがとう」
も言えずに逝ってしまった若干25歳の彼を。
さぞかし無念だっただろう。
明後日、私は30歳になる。
三十路寸前の複雑な心の揺れも経験できぬまま、彼は逝ってしまった。
来週のスーパーチューズデーの結果も、倖田來未の問題発言の填末も知ることなく…。
生きているって、今ある日常をリアルに見聞きできる権利を有している状態なのかもしれない。
結局、私は彼に気の利いたことも言えずまま店を去った。
ビニール袋に入った衣類。
来週、これを着て私は働く。
それも私の人生だ。
そう、小さなことを紡ぎ続けた末に出来上がる私の人生。
どんなに小さな喜びも悲しみも、リアルに感じられる権利。
明日も明後日もそんな権利を有していたい。