
来週、後輩殿方の結婚式に呼ばれている。
背中の開いたドレスを着用する予定である。
しかも髪をアップにするんであるが、私は毛深いんである。
そりゃ、もう。
背中なんか馬の鬣みたいに…。ふっさふさ。
歳を取ったせいか、はたまた環境ホルモンのせいか、年々男性化してゆく私。
それに比例して、体毛が濃くなっている気がする。
どうしませう。
後輩若君は社内婚なので、披露宴や二次会は当社の人間がたくさん来るらしい。
私の毛深さが周知の事実として広まってしまったら、恥ずかしくて生きていけない。
夕方。
近所に女性の顔剃りを大々的にやっている理容室があることを思い出した。
で、行ってみた。
店内に入る。
客も店員もいない。
殿方の香りが鼻についた。
私の好きな新橋のサラリーマン的香りとでも言おうか。
胸が高鳴る。
やがて奥からオバサンが店にやってきた。
この人がやってくれるのだろうか?
よかった。
殿方じゃなくて。
いくら女を廃棄している私でも、うなじをオジサンに剃られるなんて、やはり恥ずかしいというかなんというか。
「来週、結婚式がありまして…。うなじとか剃ってもらいたいんですが」
私は渾身の勇気を振り絞って言ってみた。
「どうぞー」
と言われたので席に座った。
髪を束ねてニット襟ぐりをぐいって下ろされ、刷毛で泡を塗られた。
はじめての感触。
気持ちいい。
ゾリゾリ…と、顎からうなじ、そして背中を剃られる。
剃刀についたあの泡は、私の薄汚れた角質や産毛で黒くなっていることだろうよ…とか、ふと思っていた。
また、志賀直哉の小説「剃刀」とか思い出していた。
オバサンは無言で仕事を進めていく。
基本的に会話はしないらしい。
いつも行く美容室とは違った雰囲気である。
続いて顔剃り。
メイクを落とされ、熱いタオルを顔に当てられる。
そして、またあの泡を塗られた。
何度も言うが、気持ちいい。
一応、いつも毎週末に自分で顔剃りをしているんだが、どうしても下瞼や鼻の下とか剃りが甘くなる。
今回はそんな部分をプロに初めて委ねることになる。
仕上がりに期待してしまう。
オバサンは相変わらず無言だ。
ラジオの音だけが店内に鳴り響いていた。
やがて、剃刀の勢いは胸元深くまでやってきた。
少しくすぐったい。
最後、顔をマッサージをしてくれているときにオバサンは結婚式について尋ねてきた。
そっからはもう、口火を切ったかのように彼女は喋りまくった。
「あなたの肌って剥き卵みたいわねぇ。若い人はちょっと手をかけただけでこんなに綺麗になるんだから羨ましいわぁ」
と誉められて嬉しくなった。
それから、彼女が未亡人で女手一つで子供二人を養っていること、故郷が福島県だということを私は知った。
話をしながらもオバサンの手は止まらない。
一日2箱の煙草でだるだるになった私の肌をぶるんぶるんとマッサージしてくれ、しかもおまけにパックまでしてくれた。
椅子から立ち上がる際に鏡を介して見た我が肌は、自分のものとは思えないほどの艶めきようであった。
触れてみると指が吸い付く!
かなり衝撃的だった。
「またのご来店、待ってます」
オバサンは深々と頭を下げ、私が店内から出たあとに、サインポールの電源を切った。彼女はこれから、娘と買い物に行くらしい。
東京。
独り暮らし。
誰とも話さない週末。
少しの勇気を持てば、素敵なことを手にすることができるんだ。
最近の私はそれを忘れていた。
気になる今日のお値段、2,500円。
ネットで調べたブライダルシェイブの金額、13,000円。
下町の人情に触れる…プライスレス。
しかも肌がモチモチ。
素敵な楽しみを発見した。
★画像は化粧なしの私の肌。
一皮剥けて白くなった。