本日、「バートルビーズ」初日。劇場で配布するパンフレットの文章をそのまま転載します。
8月25日(火)夜7時、池澤夏樹さんとのアフタートークの回は、前売完売です。他の回は増席しましたのでまだ余裕があります。
写真は、文中で触れている、「バートルビー」を起源とする短編モノローグ劇「T病院事務局長の証言」Samuel Malissaによる英訳が掲載される予定の雑誌〈Leviathan: A Journal of Melville Studies〉前号の表紙。
…………………………
「バートルビー」という小説に出会ったのがいつなのか、正確には思い出せないのだが、構想三十五年、ということにしておこう。
見開きの左側のページに英文、右側に設問と注釈、という形だったと思う。受験問題集か大学の英語教材の、長文問題か例文として出会ったはずである。
とにかく奇妙な文章だった。
抜粋されていたのは、冒頭か、所長が繰り返しバートルビーに仕事を頼むが拒まれるところだったか。あるいはラストシーンだったか。教科書なら、その全部だったかもしれない。
あるいはそうした三つのパートが、それぞれ違う問題集や教科書に掲載され、別々に出会ったのかもしれない。
「決まり台詞」である「I would prefer not to. 」じたいについても、出題されていたような気がする。
「バートルビー」が出版されたのは1853年。日本は江戸時代である。舞台はアメリカ・ニューヨークだが、まだジャズが生まれてもいない。
語り手はウォール街の一角で法律事務所を営む年配の所長。ターキーとニッパーズという渾名の二人の部下と、ジンジャーナットと呼ばれる雑用係の少年を雇っている。衡平法裁判所主事となり、仕事が増えてきたため新たに代書人を雇い入れることにした。新たな代書人バートルビーは、物腰も柔らかく品はいいが、どこか生気に欠けている青年。当初は能率良く筆耕をこなしていたが、あるとき所長の呼びかけで点検のための口述を頼まれると、「できれば私、そうしないほうがいいのですが」と言って、再三の頼みを拒む。やがては代書も含めた一切の仕事を温和な口調で断り続けながら、事務所に居座り続ける。解雇を言い渡されても事務所から出ようとせず、万策尽きた所長はついに彼を置いて事務所を移転させるが、残ったバートルビーはその場所を動かない。家主から苦情が来たため以前の事務所を訪れた所長は、新たな仕事を紹介し、個人的に家に引き取ろうと申し出るが、断わられる。バートルビーはついに警察によって「墓場」(市立刑務所)に送られる。そこでも彼は頑として態度を変えず、食事を拒み、所長が差し入れをしても受け付けない。再び面会に来た所長は、彼が冷たい庭石を枕にして息絶えているのを見つける。所長は風の噂で、バートルビーがもともとは郵便局の配達不能便(デッドレターズ)を取り扱う部署で働いていたという話を聞く。物語は「ああ、バートルビー! ああ、人間!」という言葉で締めくくられる。
ふだんと違ってあらすじを記すことに何の躊躇もないのは、この物語の謎があらすじによって解明されることも、小説としての魅力がすり減ることも、まったくありえないからである。
「バートルビー」を劇化すると決めるには、これだけの時間がかかった。
というか、燐光群が『白鯨』を上演して以来、「メルヴィル繋がり」として親しくさせていただいている巽孝之さん、大和田俊之さんの御陰である。
今年6月、アジアで初めて開催された「第10回国際メルヴィル会議」で、四つの基調講演の一つとして、「バートルビー」を起源とする短編モノローグ劇「T病院事務局長の証言」を、私自身が朗読した。たいへん手応えはあったし、Samuel Malissaによる英訳が、雑誌〈Leviathan: A Journal of Melville Studies〉に掲載されることになっている。
「T病院」は、唯一バートルビーを気にかけた人間である「所長」を、福島県双葉郡広野町の高野病院の事務長をモデルとした人物に置き換えた。このような創作をお許し下さった高野己保事務長に、心から感謝する。
そして1983年、大学四年でありながら就職活動もしないでいた私がアルバイトをしていた新橋界隈の事務所が、「バートルビー」の舞台にとてもよく似ていた。いや、そうではなく、たんに私の妄想の中で両者が近づいていったのかもしれない。ともあれ、当時私の感じていた虚無感のようなものと「バートルビー」との、意識下の連携がある。
1983年は、燐光群が創設された年でもある。
……………………………………
『バートルビーズ』
~ハーマン・メルヴィル『バートルビー』より~
作・演出○坂手洋二
アメリカの国民作家ハーマン・メルヴィルの『白鯨』と並ぶもう一つの代表作、『バートルビー』(Bartleby 1853)の、新展開。
できれば私たち、そうしないほうがいいのですが。
逃避か、拒否か、怠惰か、絶望か。彼の選択には、いかなる言葉もあてはまらない。
永遠の謎を湛えた人物像が、混沌の現代日本のどこかに佇み、あなたが気づくのを待っている。
8月24日(月)~9月9日(水)
平日19:00/日曜日14:00
但し26日(水)・9月5日(土)・8日(火)14:00の部あり
29日(土)・9月9日(水)14:00の部のみ
9月2日(水)休演
会場 = 下北沢ザ・スズナリ
一般前売3,300円 ペア前売6,000円 当日3,600円
U-25(25歳以下)/ 大学・専門学生 2,500円
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、
当日受付にて要証明書提示。
円城寺あや
都築香弥子
中山マリ
鴨川てんし
川中健次郎
猪熊恒和
大西孝洋
杉山英之
武山尚史
樋尾麻衣子
松岡洋子
田中結佳
宗像祥子
長谷川千紗
秋定史枝
川崎理沙
宇原智茂
根兵さやか
照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○久寿田義晴
美術○じょん万次郎
音楽○太田惠資
擬闘○佐藤正行
衣裳○ぴんくぱんだー・卯月
衣裳協力○小林巨和
舞台協力○森下紀彦
演出助手○山田真実
文芸助手○清水弥生・久保志乃ぶ
美術助手○福田陽子
イラスト○三田晴代
宣伝意匠○高崎勝也
協力○浅井企画 オフィス・ミヤモト
制作○近藤順子 鈴木菜子
Company Staff○古元道広 桐畑理佳 鈴木陽介 西川大輔 宮島千栄 橋本浩明 内海常葉 秋葉ヨリエ
★ゲストと坂手洋二によるアフタートークも開催されます
8月25日(火)19:00の部 池澤夏樹(詩人・評論家・作家)
8月26日(水)19:00の部 巽孝之(慶應義塾大学文学部教授、日本アメリカ文学会第15代会長)・Samuel Malissa(イエール大学東アジア学科大学院博士課程)
9月7日(月)19:00の部 大和田俊之(慶應義塾大学教授)
※本公演の前売券をお持ちの方、ご予約の方はご入場頂けます。
『バートルビーズ』
詳しい内容はブログのこの記事で。
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/0a9790c0e840b5d41f25e7528c90e4c0
劇団HP
http://rinkogun.com/
詳細はこちら
http://rinkogun.com/Bartlebies.html
オンラインチケットの連絡先
http://rinkogun.com/Ticket.html
8月25日(火)夜7時、池澤夏樹さんとのアフタートークの回は、前売完売です。他の回は増席しましたのでまだ余裕があります。
写真は、文中で触れている、「バートルビー」を起源とする短編モノローグ劇「T病院事務局長の証言」Samuel Malissaによる英訳が掲載される予定の雑誌〈Leviathan: A Journal of Melville Studies〉前号の表紙。
…………………………
「バートルビー」という小説に出会ったのがいつなのか、正確には思い出せないのだが、構想三十五年、ということにしておこう。
見開きの左側のページに英文、右側に設問と注釈、という形だったと思う。受験問題集か大学の英語教材の、長文問題か例文として出会ったはずである。
とにかく奇妙な文章だった。
抜粋されていたのは、冒頭か、所長が繰り返しバートルビーに仕事を頼むが拒まれるところだったか。あるいはラストシーンだったか。教科書なら、その全部だったかもしれない。
あるいはそうした三つのパートが、それぞれ違う問題集や教科書に掲載され、別々に出会ったのかもしれない。
「決まり台詞」である「I would prefer not to. 」じたいについても、出題されていたような気がする。
「バートルビー」が出版されたのは1853年。日本は江戸時代である。舞台はアメリカ・ニューヨークだが、まだジャズが生まれてもいない。
語り手はウォール街の一角で法律事務所を営む年配の所長。ターキーとニッパーズという渾名の二人の部下と、ジンジャーナットと呼ばれる雑用係の少年を雇っている。衡平法裁判所主事となり、仕事が増えてきたため新たに代書人を雇い入れることにした。新たな代書人バートルビーは、物腰も柔らかく品はいいが、どこか生気に欠けている青年。当初は能率良く筆耕をこなしていたが、あるとき所長の呼びかけで点検のための口述を頼まれると、「できれば私、そうしないほうがいいのですが」と言って、再三の頼みを拒む。やがては代書も含めた一切の仕事を温和な口調で断り続けながら、事務所に居座り続ける。解雇を言い渡されても事務所から出ようとせず、万策尽きた所長はついに彼を置いて事務所を移転させるが、残ったバートルビーはその場所を動かない。家主から苦情が来たため以前の事務所を訪れた所長は、新たな仕事を紹介し、個人的に家に引き取ろうと申し出るが、断わられる。バートルビーはついに警察によって「墓場」(市立刑務所)に送られる。そこでも彼は頑として態度を変えず、食事を拒み、所長が差し入れをしても受け付けない。再び面会に来た所長は、彼が冷たい庭石を枕にして息絶えているのを見つける。所長は風の噂で、バートルビーがもともとは郵便局の配達不能便(デッドレターズ)を取り扱う部署で働いていたという話を聞く。物語は「ああ、バートルビー! ああ、人間!」という言葉で締めくくられる。
ふだんと違ってあらすじを記すことに何の躊躇もないのは、この物語の謎があらすじによって解明されることも、小説としての魅力がすり減ることも、まったくありえないからである。
「バートルビー」を劇化すると決めるには、これだけの時間がかかった。
というか、燐光群が『白鯨』を上演して以来、「メルヴィル繋がり」として親しくさせていただいている巽孝之さん、大和田俊之さんの御陰である。
今年6月、アジアで初めて開催された「第10回国際メルヴィル会議」で、四つの基調講演の一つとして、「バートルビー」を起源とする短編モノローグ劇「T病院事務局長の証言」を、私自身が朗読した。たいへん手応えはあったし、Samuel Malissaによる英訳が、雑誌〈Leviathan: A Journal of Melville Studies〉に掲載されることになっている。
「T病院」は、唯一バートルビーを気にかけた人間である「所長」を、福島県双葉郡広野町の高野病院の事務長をモデルとした人物に置き換えた。このような創作をお許し下さった高野己保事務長に、心から感謝する。
そして1983年、大学四年でありながら就職活動もしないでいた私がアルバイトをしていた新橋界隈の事務所が、「バートルビー」の舞台にとてもよく似ていた。いや、そうではなく、たんに私の妄想の中で両者が近づいていったのかもしれない。ともあれ、当時私の感じていた虚無感のようなものと「バートルビー」との、意識下の連携がある。
1983年は、燐光群が創設された年でもある。
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『バートルビーズ』
~ハーマン・メルヴィル『バートルビー』より~
作・演出○坂手洋二
アメリカの国民作家ハーマン・メルヴィルの『白鯨』と並ぶもう一つの代表作、『バートルビー』(Bartleby 1853)の、新展開。
できれば私たち、そうしないほうがいいのですが。
逃避か、拒否か、怠惰か、絶望か。彼の選択には、いかなる言葉もあてはまらない。
永遠の謎を湛えた人物像が、混沌の現代日本のどこかに佇み、あなたが気づくのを待っている。
8月24日(月)~9月9日(水)
平日19:00/日曜日14:00
但し26日(水)・9月5日(土)・8日(火)14:00の部あり
29日(土)・9月9日(水)14:00の部のみ
9月2日(水)休演
会場 = 下北沢ザ・スズナリ
一般前売3,300円 ペア前売6,000円 当日3,600円
U-25(25歳以下)/ 大学・専門学生 2,500円
高校生以下1,500円
※学生、U-25は、前日までに電話またはメールでご予約の上、
当日受付にて要証明書提示。
円城寺あや
都築香弥子
中山マリ
鴨川てんし
川中健次郎
猪熊恒和
大西孝洋
杉山英之
武山尚史
樋尾麻衣子
松岡洋子
田中結佳
宗像祥子
長谷川千紗
秋定史枝
川崎理沙
宇原智茂
根兵さやか
照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
音響○島猛(ステージオフィス)
舞台監督○久寿田義晴
美術○じょん万次郎
音楽○太田惠資
擬闘○佐藤正行
衣裳○ぴんくぱんだー・卯月
衣裳協力○小林巨和
舞台協力○森下紀彦
演出助手○山田真実
文芸助手○清水弥生・久保志乃ぶ
美術助手○福田陽子
イラスト○三田晴代
宣伝意匠○高崎勝也
協力○浅井企画 オフィス・ミヤモト
制作○近藤順子 鈴木菜子
Company Staff○古元道広 桐畑理佳 鈴木陽介 西川大輔 宮島千栄 橋本浩明 内海常葉 秋葉ヨリエ
★ゲストと坂手洋二によるアフタートークも開催されます
8月25日(火)19:00の部 池澤夏樹(詩人・評論家・作家)
8月26日(水)19:00の部 巽孝之(慶應義塾大学文学部教授、日本アメリカ文学会第15代会長)・Samuel Malissa(イエール大学東アジア学科大学院博士課程)
9月7日(月)19:00の部 大和田俊之(慶應義塾大学教授)
※本公演の前売券をお持ちの方、ご予約の方はご入場頂けます。
『バートルビーズ』
詳しい内容はブログのこの記事で。
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/0a9790c0e840b5d41f25e7528c90e4c0
劇団HP
http://rinkogun.com/
詳細はこちら
http://rinkogun.com/Bartlebies.html
オンラインチケットの連絡先
http://rinkogun.com/Ticket.html