帰京。映画『ソーシャル・ネットワーク』。バルト9に初めて入る。映画館は演劇のように2時・7時というような開演定時的なものが定まっていないから観る機会を設けやすい。NYで字幕なしで観たせいか作風が変わったように思った『ゾディアック』も含め、デヴィッド・フィンチャー監督は人物に向けた視線に特徴があるようだ。相手の自意識を見つめるというか。最高作は『ファイト・クラブ』と思うが、その視線をうまく利用していたのだと思う。『セブン』は買わない。
朝、島の歯科医N氏の診療室の奥でコーヒーをいただく。さしずめ楽屋のようなものか、不思議である。闘牛場やトライアスロン会場を見る。……内閣改造。駒がない。敗戦処理。と、顔に書いてある。大畠新国交相、正念場のパートのはずが、会見ではビジョンを示せず。
ニューヨーク・イーストヴィレッジにあるラ・ママ劇場の創始者エレン・スチュアートさんが亡くなったという連絡が入った。そのニュースはまだどこにも掲載されていないが、同劇場関係者からの報せなので本当だろう。10年以上前に劇場最上階の事務所でお目にかかったきりだが、拙作『くじらの墓標』米俳優たちによるリーディングのために劇場を無料で貸して下さった。「テラヤマ(寺山修司)は私の息子」と言っていたのを覚えている。彼女は「みんなのママ」であり、それが劇場の名前の由来でもある。間違いなく1960~70年前後からの都市型演劇文化のムーブメントのリーダーの一人であった。ご冥福をお祈りする。
NHK会長人事は、報道の通りだとすると、経営委員会内の「風評」によって会長就任を辞退するよう要請された安西祐一郎氏に心から同情する。というか、経営委員会こそ引責解散するのが筋だろう。……全国の児童施設に寄付するタイガーマスクや矢吹丈や桃太郎、山下清まで登場しているというが、彼らはフルタイムで「正義の味方」をしてくれるわけではない。「子供手当て」で体裁を取り繕っていないで、国・厚生労働省がしっかりやってくれないと困るのだ。……巷の話題を横目に、取材の旅は続く。
取材旅行はまだまだ続く。濃厚な一日。いろいろな人に会う合間には現地図書館で、方言関係など、そこでしか得られない資料を辿る。コピーを頼むと一枚二十円取られるので、最寄りのコンビニまで歩いてコピーを取る。最寄りといっても町外れなので結構面倒だ。本を一冊の半分くらいコピーするのは、丁寧にやるとそれなりに時間がかかる。九州地方にしかないらしいコンビニは「エブリワン」というチェーンである。
五木村で川辺川ダム水没予定地をさまざまに見る。もしも水が来ていたらどうなっていたのだろう。……この五十年で村の人口は四分の一に減り、幾つもあった小中学校がなくなってきている。それでも子供は育ち、旅だってゆく。就職難の新成人たちの苦難を思う。……人吉に降りて漁業関係者のお話も聞く。
Kさんに案内していただき朝から川辺川を遡る。さまざまな人に会う。ダム水没予定地だった土地にただ一世帯だけ住み続けているOさん宅も訪問。……五木村山小屋泊。携帯電話もパソコンも通じない落ち着いた時間。鹿肉と、この山小屋でしか食べられない、その川沿い一キロの範囲でしか取れないという川海苔をご飯に載せていただく。オーナーT氏と遅くまで話す。
ほとんど徹夜で朝6時出発。11過ぎには八代に。環境カウンセラー・つる詳子さんの案内で不知火海から球磨川を遡る。昨年荒瀬ダム撤去が決まりゲート全開、瀬戸石ダムも一時的に全開したことによって甦ったという川・海を目の当たりにする。干潟は生き返り、赤潮が消え、川は澄み、瀬や河原が復活。ウナギ漁も再開されたという。だが、ダム計画はまだ幾つも残っている。……人吉でダム反対団体新春集会。噂に違わぬタフな顔ぶれ!
一日籠もる。取材旅行に出かける前にしなければなないことが山積。連絡すること山ほど。捜し物は肝腎な時に見つからないことがある。時間がいくらあっても足りない。見に行きたい劇が幾つもあるが行けない。……ともあれ休肝日、生姜湯で過ごす夜も悪くない。
今日もまた資料の山と格闘、午後は梅ヶ丘事務所に野村羊子・ぽんちゃん親子が来訪。インドネシアの日々が甦る。夜はミーティング。帰り道は風が出て恐ろしく寒い。……松屋の牛丼は来週240円になるそうだ。三十年前、「養老牛丼」が200円から300円に値上げしたショックを思うと、信じがたい安さだ。
資料の山と格闘、午前の予定をキャンセル。午後は高橋ユリカさんからダム問題のレクチャーを受ける。彼女の「川辺川ダムはいらない」(岩波書店)はすごい労作である。……夜はスズナリ、三条会『冬物語』。全編「ずらし」の手法で構成するのは難しいものだが、最後まで軽やかに駆け抜ける。ユーモアの中に現在形の寂寞感。……久々の下北沢。戦後闇市に端を発する街のシンボルというべきマーケット「下北澤駅前食品市場」が、昨年末、駅前広場計画と老朽化が理由で、ついに東側エリアが店じまい、1月末には取り壊されるとのこと。知らない間にジャズ喫茶「マサコ」もなくなっているし。
一昨日「大吉」多発の話を記したが、それは一般傾向ではなかったようだ。『3分間の女の一生』出演女優M子から報告あり。彼女は劇中登場する「おみくじの結果が気に入らなかった時、3分以内なら引き直してよい」という「3分ルール」を実践、「大凶」だったのをもう一度引いてなんとか「吉」を出したという。人々の心の平安に役立つなら正しいルールである。しかし「大凶」が出やすいようにしておけば神社が儲かるな。……日中は資料を読みこなすのに呻吟。少し協力した保坂展人さんのDVD『八ッ場ダムはなぜ止まらないか』をようやく観る。……夜、斎藤憐さん宅にお年始。
片付けがなかなか終わらない。夜は一部劇団員とご近所さんで珍しく炬燵で談義。お正月らしいわけでもなく、ノンビリとした夜。三が日と言われてしまうと過ごし方が面倒な気がするが、まあ関係ないのである。
短い間でも実家にいると、もともと住んでいたのではない場所なので、昔を顧みるのともまた少し違うのだが、これまでとこれからを思う。老犬が弱っている。歳であるから仕方がないが。確実に私を覚えていて真っ先に近づいてくる。……帰京前、駅前で待ち合わせて森君と久しぶりに話をする。……私はおみくじを引く習慣がないが、今年はどうも「大吉」がでたという人が多いらしい。それ以外もだいたい「吉」のようだ。こんなご時世だからと神社が大盤振る舞いしているわけではあるまいが。
今年は仕事が多いようだ。昨年から準備が続いているものもあるので見かけほどではないかもしれないが、まあたいへんだろう。……雪がぱらつき始めた午後、ひと気のない古びた町並みを歩いていると、地元の見知らぬお婆さんに「あけましておめでとうございます」と声を掛けられ、挨拶を返す。ここはまだこの国の昔が残っている場所であり、すっかり喪失されてしまうまでには間に合うのではないかという気持ちが湧いてくる。思い込みかどうかはわからないが。……迷い惑う者たちは互いに赦しあえるのか。まあ進むのみだ。