今朝は久しぶりに雨になりました。
ひめちゃんと獅子丸は、少し小ぶりになるのを待って出掛けました。
堀之内を北に出て、内曲輪跡の西を歩いてきました。
神社の方から、小学生の列がやってが来ます
ひめちゃんは逃げる体制です。
「すぐちょっと通り過ぎちゃうよ。ちょっと待ってようね。」
交差点かなり前で、待機です。
そわそわしながらも、通り過ぎるのを待てました
獅子丸は、子どもが苦手だということはないようです。
赤城神社の本宮ではないかという説もある、二宮赤城神社を訪れました。
さすがの雰囲気です
参道を進みます。
あれ、神社なのに鐘楼堂がある
どうしてでしょう?
参道には灯籠がいくつもあります。
重い灯籠をささえる邪鬼がかわいいです
いよいよ向こうに社殿がみえてきました。
向こうにクラシックな建物がみえます。
赤い「じんだい橋」を渡りると、左に神社の由緒があります。
日本武尊(やまとたける)が東征の時に2泊した所だとあります
随身門をくぐります。
門をくぐってすぐにプレハブの社務所(?)があります。
無人ですけど、「御用の方はブザーをならしてください」とあります。
御朱印を頼んでおこうと、何度もならしましたけど、反応はありません
まあ、とにかく参拝です
拝殿です。
本殿です。
本殿の裏にもしっかり廻りました。
二宮赤城神社の前橋市の文化財という大きな掲示板があります。
さっきあった鐘楼堂の梵鐘は、神仏習合の時代に奉納されたものだったのですね。
宝塔(赤城塔)は南北朝期のものと考えられるとあります。
そばに宝塔(赤城塔)があります。
写真と少し形が違います。
崩れ落ちてしまったのでしょうか?
広い境内を、貸し切りで散策です。
人の影はまったくありません
さっき見えたクラシックな建物が気になります
どうもこちらが本来の社務所のようです。
人の影が動きました
「こんにちは。御朱印いただけますか?」
年配の神主さんが出てきて、さっきのプレハブの社務所に行きます。
跡をついて行って、御朱印帳を渡します。
神主さんは終始無言です。
待つことしばし、御朱印帳がさしだされました。
神主さんは無言です。
「300円でいいですか?」
神主さんはうなずいて、無言で受け取りました。
御朱印です
一緒にいただいた由緒書きにまたビックリです
「六弥太神主について」という一項があって、
当神社は一時(天正年間)焼打ちにあい荒廃していたが、岡部忠澄が起こした六弥太氏の子孫が何時頃かさだかではないが、この地に移り住み慶長十六年(1611)に六弥太左衛門尉重次が吉田神道の裁許状をとり神社を再興し、その後近代の一時期を除いて代々社家として続いている。
神主さん、岡部六弥太忠澄(おかべのろくやたただずみ)の子孫だったんですか