黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

黒保の嶺ろの黒峯神社

2022-06-01 19:27:02 | 黒川谷紀行

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

諏訪神社前を南に下り、山上城に向かいます。

道ばたの田んぼ(字西久保の田んぼ)は、田植えが始まりました。

ここには電気柵が廻らされています

まだ電流は流れていなそうだけど、もう少ししたら十二分に気を付けなければなりません。

 

山上城の堀切外から、三の丸と二の丸の間の通路(アジサイの小径の一部)を帰ります。

アジサイがやっと色づき始めました

 

ついでだから、三の丸公園を歩いて帰ろうか

山上城のシンボル(?)オオムカデさん、おはよう

 

 

 

常鑑寺からの帰り、県道脇に鳥居が見えます。

きちんとした駐車場はありません。

ちょっとしたスペースに路上駐車です。

「大急ぎで行ってくるから、タバちゃん、車で待っていてね

 

黒峯神社(くろみねじんじゃ)です

黒峯は、黒保の嶺ろ(くろほのねろ)と同じに、赤城山でしょう

 

二の鳥居、三の鳥居があります。

 

三の鳥居をくぐると、社殿が見えてきます

 

左には社務所かな?

 

階段を登ります。

2礼2拍1礼です

 

ちゃんとした本殿もありますけど、黒川谷の彫刻師は腕を振るっていないようです。

 

 

さて、タバちゃんが飽きないうちに降りましょう。

足下に十分気を付けて、踏み外さないように下ります

 

 

帰りには、行きには気づかなかった石造物に、気づきます

 

進行方向左側にあった石造物、牛のようです。

 

右側にも、牛かな?

ここは、旧水沼村の鎮守だということです。

鳥居の側に、どうして牛なのかな?

 

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白柴タバサちゃんの芍薬満開の常鑑寺参拝記・後編(タバサは魔女サマンサの娘です)

2022-05-27 15:44:51 | 黒川谷紀行

雨の激しすぎる朝でした。

ひめちゃんたちは、貧乏カッパでやっとお散歩してきました。

お昼過ぎから、日射しが戻りました

獅子くんのお墓の側には、百合の花です。

ひめちゃんちで、今期最初の百合の開花です

隣に、ジャーマンアイリスも咲きました。

獅子くん、君の笑顔忘れないよ

 

 

 

「あのう、御朱印をお願い出来ますか?」

「はい、今住職は草刈りに行ってしまったので、呼んできます。」

「ありがとうございます。」

 

待つことしばし、和尚さんの登場です。

「御朱印は4種類あります。どれがいいですか?」

「全部お願いします

 

「本堂の中を見学しながらお待ちください。」

タバサちゃんは、本堂の入り口で待機です

 

奥様が「ワンちゃん、お名前は?」

「タバサです。」

「え?」

「<奥様は魔女>の魔女サマンサの娘です

「まあ、懐かしい。魔女サマンサの娘だったの

「先住犬にサマンサがいました。サマンサはママではありませんけど、黒柴家族に白柴の娘なのでタバサと名付けました

 

 

欄間彫刻は、黒川谷の彫刻師集団の作品だそうです。

具体的な作者名は不明だそうです。

 

先日まで月遅れの花祭りで、「和ニャンコ展」としてある作家の作品展を開催していたそうです。

名残があります。

来年は来られるといいね

 

欄間彫刻に彫られたみなさん、みんな生き生きしています

 

この場面はどこかで見たことがあります

関口文治郎の作品ではありませんね。

 

上州彫刻師集団は地元にも足跡をしっかり残していたのです。

 

いただいた御朱印です。

大悲山龍禅寺は、川向こうの兼務している末寺だそうです。

そのうちに行ってみましょう

 

 

「鐘楼堂で鐘を撞て行ってください」と勧められました。

東日本大震災からの復興を祈って、心を込めて撞きます

この鐘の由来があります。

あれ、タバちゃんが映ってる

こちらにも映ってる

見返りタバちゃんだね

重要美術品に指定されていたので、戦争中の供出を免れたのですね。

 

鐘をためつすがめつ眺めます。

観音様がおいでです

「下野国佐野天明(てんみょう)」の文字があります

 

あれ、ここにまで観音様です

 

ちょっと疲れましたわ

さて帰りましょう。

 

寿老人の前を通ります。

さっき御朱印をいただきました。

合掌

 

芍薬の浮かんだ花手水、いいですね

 

芍薬が満開の常鑑寺を訪問できました

 

お寺のワンコさん、お見送りです。

ありがとう、また来るよ

 

 

今日もタバサちゃんの出演が少なかったです。

ごめんなさい

でも、サマンサ・アーカイブです

 

サマンサは、2000年の12月23日生まれです。

約15年前、赤城南面にドイツ村という観光施設があって、ドッグランがありました。

三四郎&サマンサ、七海&小次郎の4名でよく行きました

2007年の7月7日の記録です。

りりしいサマンサです

後ろにいるのは、小次郎です。

まだ1歳です。

 

4名でよく遊びました。

左から、三四郎、サマンサ、七海、小次郎です。

 

ドッグランには、ミニプールがありました。

何故か、プールで遊ぶのは、七海と小次郎だけでした

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白柴タバサちゃんの芍薬満開の常鑑寺参拝記・前編

2022-05-26 17:43:26 | 黒川谷紀行

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、都合でいつもより大分早くお散歩に出ました。

岩神沼に到着です。

朝早いせいか、赤城山には雲が懸かってます。

高縄の摩崖仏裏を通って帰ります。

あれ、今朝は大岩の後ろの石造物に何か像があるような

以前、前面を覗きましたけど、何もありませんでした。

庚申の文字がある石造物も見えます。

何か埋まっているかも

 

堀之内に戻ります。

道ばたのポピーはもう最盛期過ぎですけど、次の花が咲き始めています。

タバサねーちゃん、やっと笑顔になりました

今朝は早かったので眠かったかな?

 

 

 

日光へ向かう国道122号線の沿線(黒川谷)には、曹洞宗のお寺がいくつもあります。

どうしてかな?

5月20日、その一寺、常鑑寺(じょうかんじ)をタバサねーちゃんと一緒に参拝しました。

122号線・水沼の信号から左折、県道257号線に入ります。

 

しばらく行くと、道ばたに常鑑寺の門柱です。

あれ、芍薬が咲いてる

かなり美形の如意輪観音だね

ここには駐車場はありません。

もう少し先から境内に回り込むようになっているようです。

 

坂道を登って駐車場に到着です。

犬の鳴き声がします

「不審者じゃあ」と怒ってると思いきや、シッポを振ってます

タバサちゃんを歓迎しているようです

ありがとう

 

 

芍薬が満開の境内です

さりげなく下草ともコラボしています

 

 

真っ赤な「わたらせ慈母観音」の幟が、何本も上がってます。

この方が、わたらせ慈母観音ですね。

合掌

 

由来記があります。

当寺の開山春翁慶陽大和尚は泰雲山龍源寺(前橋市粕川町)の五世である。その法系を汲む当寺二世の清岩嶺音大和尚が観音信仰篤きことを鑑みて開山として勧請した。爾来四五〇年の時を経て開山忌を厳修する一連の行持の中で篤志を得て、この「わたらせ慈母観音」を建立するに至ったものである。~(後略)~

 

タバちゃんも時たま遠出するお散歩コース、膳城北・龍源寺の末寺なんだ

 

ちょっと一休みでございます

慈母観音ですか

七海ママを思い出しましたです

 

階段を登ってくると、もっと御利益ありそうだね

 

境内に何気なく咲く、野の花もいい雰囲気です

花の寺、いいですね

 

 

人影があります。

御朱印をお願いしてみましょう

 

 

(つづく)

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白柴タバサちゃんの彦九郎も訪れた東宮神社参拝記・その2

2022-05-24 20:26:40 | 黒川谷紀行

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、久しぶりに岩神沼に到着です。

逆さ赤城がきれいに映ってます。

暑くなりそうだから、早く帰りましょう。

高輪の摩崖仏の後ろを通ります。

摩崖仏の大岩、後ろから補強したように見えます

アマビエさんの前を通って帰ります

シーサーも元気そうです

 

 

 

東宮(とうみや)橋から東宮神社に戻ります。

鳥居の前に、ウオーキングのおばさんです。

タバちゃんを見て、「かわいい 触って大丈夫かな?」

「どうぞ

タバちゃんは、なでなでしてもらいます。

 

藤井先生が、「新年の行事はやっているのですか?」

「やってません。コロナがでてからやってません。花桃祭もやってません。」

「そうですか 子どもの頃、肝試しで、先輩と真夜中にやってきたことがあります。本当に怖かった

「近所ですか?」

「まあ、近所です。」

話が弾んで、二人は史跡の寝釈迦や相輪塔に何度も行っていることが知れました。

 

わあ、行ってみたいなあ

 

二人は「もう今は現役引退だよ。」

「そんなこと言わずに、ぜひ案内してください

 

 

さて、村社・東宮神社に参拝です。

 

いただいた資料に寄れば、東宮神社の由来は三説在ります。

① 東宮神社の主神「経津主神」であり、由緒には、「当国一之宮と同神なり」とある。一之宮(貫前神社)の東方にあるので東宮神社という説

② 神社口碑には、光仁天皇の弟君が宝亀年間にあった蝦夷大乱鎮圧のために行軍された。しかし病により薨去され、この地に埋葬された。「以テ一村ノ鎮守ト尊祭シ、其ノ帝都ヨリ東ニ当タルヲ以テ東宮神と尊称セリト」いう説。

③ 阿久澤能登守十五騎の一人東宮左衛門がこの東宮地内にいたからという説。 

 

勤王思想の先駆け・高山彦九郎は、絶対に訪れます

 

鳥居をくぐります。

 

駒犬さんは、昭和の駒犬です

拝殿で2礼2泊1礼です

 

 

本殿が気になります。

ちょっと一回りしてきます

タバサちゃんは、先生と待っていてね

ちょっと、不安です

 

拝殿後ろの本殿、落ち着いたシンプルな社殿です。

おや、思ったより地味です

黒川谷の上州彫刻師集団の面影なしです

反対側から眺めても同じ印象です。

 

黒川谷の上州彫刻師集団の地元だから、きっとすばらしい木の彫刻があるとの期待は外れました。

でも、パワースポットです

 

 

タバちゃん、お待たせ

先生、今日はありがとうございました

またそのうちに、黒川谷の史跡、ご紹介くださいね

 

 

今回はタバサちゃんの登場が少なすぎです

タバサちゃんアーカイブで、ご容赦くださいませ

 

タバサねーちゃんは、2008年の7月に生まれました。

小太郎・ねね・タバサの3きょうだいでした。

みんなで、ミニドッグランで思いっきり遊びました。

 

こんな写真もあります。

意外なことに、キャベツ大好きだったのです

今でも嫌いではありませんけど、外側の葉っぱは残します。

こんな時期もあったんだ

タバサねーちゃん、この夏14歳になります。

元気で長生きしてね

 

 

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白柴タバサちゃんの彦九郎も訪れた東宮神社参拝記・その1

2022-05-23 20:18:14 | 黒川谷紀行

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、諏訪神社の向こうの高台を目指します。

ひめちゃん、最近よく草を食べます。

お腹の調子を整えるのかな?

除草剤に注意しなくちゃね。

 

高台中央で、山上の薬師の道と反対の南に下ります。

あれ、向こうから黒柴がやって来ます。

男の子みたい。

ひめちゃんもタバサねーちゃんも、ちょっと身構えます。

突然、彼はUターンして行ってしまいました。

 

道の脇の畑には、ズッキーニです。

あれ、ここでは初めてかな?

 

ひめちゃんちのキウイフルーツ棚に住んでる鳥さん、今朝は動きません。

卵を温めているのかな?

驚かさないように網戸越の撮影です。

体の色は茶系ではなく、グレー系でした。

 

 

 

 

5月15日、大沢寺(みどり市東町)の後、東宮神社(とうみやじんじゃ)に向かいます。

まもなく到着です。

ひっそりとしすぎて、ちょっと不安でございます

ここは、郷土史家の藤井先生にご案内いただきます

 

まずは、少し歩いて渡良瀬川に架かる東宮橋の方へ行きます。

 

橋の上からの上流の景色です。

豊かすぎる水量です

 

左側に、なんとなく渦をまいているような感じの所があります

先生によると、「あの辺りが、天保2年(1782)に高山彦九郎がやって来た時に<おだまき>と感動したあたりだと思います 水位はもっとずっと低かったでしょうけど。」

 

高山彦九郎は、この時の沢入訪問を、『沢入道能記(そうりみちのき)』に残しています

 

いただいた資料で、このおだまきのあたりの記録(現代語訳)を確認です。

・・・・・・渡良瀬川の流れの中に瀬が連続し川は深く渦を巻いている。ここを「おだまき」という。両岸は高い白い岩(※御影石のためにこの表現)である。まことに絶景である。道ばたから川面まで石が連なり、白い筋が一すじあるようだ。対岸に渡って(昨日の)宿の方を見ると、同じ白い筋がずっと続いている。珍しい景色だ。(※白い御影石群が続いていることに驚いている。)もと来た道に戻り橋を渡り沢入の鎮守の森を通ると神社があった。

 

草木ダムができてから、水位が上がったり水没したりで、景色がかなり変化しているのです。

彦九郎が見た景色は、約240年前の景色です。

 

フムフム

でも、渦を巻いてるね

 

 

橋のたもとには大岩です。

「岩高くして」と彦九郎が記した名残かな?

 

東宮橋を、渡良瀬川右岸に戻ります。

鎮守の森の名残かな?

追記 (2023.03.18)

         『東村の銅街道』(平成10 勢多郡東村誌編纂室)の銅街道絵図によると、この道は銅街道です。

   神社前を現在の道より少し南を国道の方へ上っていきます。

 

さて、東宮神社参拝です

 

 

(つづく)

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