黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

白柴タバサちゃんの高津戸・阿弥陀堂訪問記(後編)

2022-02-20 12:43:51 | 小平川紀行・番外編

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を北に出ます。

二人ともわざわざ雪のある所を歩きます。

ひめちゃんたちは、雪が好きなようです

 

高縄の集会所少し下に、鬱蒼とした一角があります。

久しぶりに、古い忘れられた石仏さんにご挨拶です。

石宮の中に、双体道祖神?

どうやって、入れたのでしょう?

まあ、合掌

 

あたちは興味ありませんわ、おやつちょうだい

 

堀之内の西側の道を帰ります。

赤城山は、少しだけその姿を現し始めました。

赤城山も昨夜は雨だったかな?

 

雨に降られて、色鮮やかなロウバイです。

いつもよりずっと色鮮やかです

 

 

 

 

さて、阿弥陀堂に参拝です。

ちょっと阿弥陀様のお姿は見えません。

とにかく合掌

 

白柴タバサちゃん、遠慮無く散策です

「高津戸の渡し船場跡」の案内板です。

渡良瀬川のこちら側の高津戸村と、あちら側の大間々村は、渡し船で行き来していたのです。

明治初年、高津戸橋は地元の有志の私財によって建設されたんですか

 

クンクン、誰か来たかな?

大きな大きな石碑があります

勝正・勝安の文字が読み取れるので、里見兄弟の墓標です

こちらは、みどり市の指定史跡にはなっていないようです。

 

阿弥陀堂脇に残る高津戸の渡し場跡への道です。

以前、行っても何もありませんでした。

今回はパスです

 

 

 

2017年11月5日、訪問したときのアーカイブです。

暗くはないけれど、大きな木々に囲まれています。

 

阿弥陀堂の画像も、少し違うかな

リニューアルしたかな?

 

 

タバサちゃん、のびのびと散策できました

ひめちゃんたちが待ってるから、そろそろ帰りましょう

また、お出掛けしようね

 

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白柴タバサちゃんの高津戸・阿弥陀堂訪問記(前編)

2022-02-19 16:58:00 | 小平川紀行・番外編

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

民家の陰には、まだたっぷりの雪です。

諏訪神社前は、きれいに溶けていました。

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、神社の向こうの高台を目指します。

 

高台の上からの赤城山です。

まだまだ雪が残ってます。

 

前方には、白い浅間山とうっすらと白い榛名山が見えます。

 

高台の中央から右折して、薬師の道に入ります。

薬師様達の前で、はいポーズです

 

帰り道、ひめちゃんは叫びます。

「不審者じゃ

リーダーひめちゃんは、周りの状況にも神経を使いながらお散歩しています

 

 

 

1月24日、「犬の散歩お断り」の場所が続いて、タバサねーちゃん車で待機が続きました

実力発揮できない白柴タバサちゃんは、高津戸橋を渡って、渡良瀬川東の阿弥陀堂を目指します

まもなく到着です。

説明板を確認です。

大きな五輪塔は山田氏のもの、小さな五輪塔群は里見勢の墓とあります。

 

 

では、五輪塔群の方へ行きましょう。

あれぇ、スッキリしてます

以前は、うっそうたる木々に囲まれていました。

入り口のお地蔵様、今回初めてじっくりとご対面です

合掌

 

一番奥の大きめのが、山田氏のですか?

猪用かな?

鹿用かな?

野生動物の捕獲用の檻が目立ちます

 

向こうに見える山・要害山に高津戸城はあったということです。

 

ワンコ様お断りでなくってよかったですわ

のびのびとお散歩出来ます

 

あれ、裏もスッキリしている

 

 

大間々には、説明板にあるように、「高津戸城悲話」が伝わっています。

里見勝正・勝安兄弟は、桐生氏に謀殺された父の仇を討つため、上杉謙信の支援を受けて高津戸城を再興して立てこもった。

しかし、由良氏に攻められ、用命の砦に野州をかけたが失敗、弟が討死兄は切腹して果てたと言うことです。




『大間々町史通史編上巻』では、

山田氏という豪族についても平安・鎌倉期に存在したということは確実な史料では実証できない。ただし、高津戸を含む地域は平安時代末期以降、須永御厨と称されており、武士団が居住したことは考えられる。鎌倉期に須永御厨地頭として薗田一族がいたことは事実で、高津戸には武士団の跡を忍ばせるものとして角塔婆(自音寺)・五輪塔(阿弥陀堂)・板碑(森家井戸)がある。~中略~結局、高津戸城の歴史について確認できることは、謙信の仁田山攻め以降に城が築かれ、その死後、後北条氏から由良氏に与えられたことである。ただし、それ以前にも砦のようなものがあった可能性は否定できない。

素直に解釈すると、この里見兄弟の話は創作と言うことになりそうです

でも、多くの人々の心を捕らえた高津戸城ロマンです
『南総里見八犬伝』のブレイクと関係あるかな?



近くに「里見まんじゅう」のお店がありました。

いつか食べてみたいと思っていましたけど、閉まってました

 

 

さて、阿弥陀堂に参拝です。

 

 

(つづく)

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犬の入園お断りします・ながめ公園(後編)

2022-02-16 19:47:14 | 小平川紀行・番外編

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

あ、榛名山がうっすらと白い

カメラに収めましょう

あれ、カードがありませんですって

 

おうちに帰って、小次郎パパの2度目のお散歩です。

夜室内犬のパパは、朝一でそこらまでのちい散歩、おうちの中で娘達の散歩が終わるのを待ちます。

娘達が帰ると、2度目のそこらまでのちい散歩で、自分のお部屋(サークル)に帰ります。

パパも15才半になります。

先日背中に瘤を発見しました

動物病院に駆け込むと、「腫瘍ではなく、水か脂肪がたまったのでしょう。」

注射をして、一週間分のお薬が出ました。

 

瘤は、なんとなくへこんできたような感じです

以前にも、同じような瘤が出来たことがありました。

体質かな?

 

 

 

タバサねーちゃんと、ながめ公園入口に到着です。

あれぇ、「犬の入園お断りします」だって

 

 

残念、駐車場に戻りましょう

高津戸橋、いい雰囲気なのにね

 

あたちも、あのクラシックな門を入りたかったワン

 

足取り重く駐車場に戻ります

あの赤い橋が気になります。

 

 

駐車場に戻りました。

 

タバちゃん、車で待っててね

大急ぎで、ながめ公園を見学してくるね

こちらにも「公園内に犬を連れて入らないで下さい」です

人に優しく、手すりがあるのにね

 

 

門を入ります。

ながめ余興場です。

余興場の舞台構造で特筆すべきは、江戸時代の伝統を引く「人力による廻り舞台」が備えられている事である。~(中略)~内部は客席を一階と二階に設けた吹き抜け構造で、板張り床の上にゴザを敷いた桟敷席などが設けられている。

 

みどり市指定の重要文化財なんですか

だいぶ前に一度だけ、『平家物語』の琵琶の弾き語りを聴きに入場したことがあります

 

催し物がないと、内部の見学が出来るのかな?

 

 

さて、急いで道路上の赤い橋を渡ります。

あちらが、関東菊花大会のメイン会場のようです。

 

橋の上からの、高津戸橋と要害山です。

 

菊花大会も終わって、ひっそりとしたメイン会場です。

 

赤い橋とながめ余興場、いい雰囲気でコラボしています

今度の秋には、菊を見に来ましょう

 

タバちゃん、不発でストレスたまっちゃうよね

阿弥陀堂(里見兄弟の墓)に、寄ってみようか

たぶん、ワンコ様お断りではないと思うよ

 

(つづく)

 

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犬の入園お断りします・ながめ公園(前編)

2022-02-15 15:17:40 | 小平川紀行・番外編

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、夕方は基本的に南の方にお散歩です。

数日前の夕方、二人はケンくんに出逢いました。

 

逢いたかったわ

タバサねーちゃんもご挨拶です。

タバサねーちゃん、ケンくんに対する用心もなくなったようです。

でも、妹の濃厚なご挨拶は邪魔しません。

逢えて良かったよ

あれ、人の恋路を邪魔する誰か来るよ

又ね、バイバイ

つかの間の逢瀬だけど、ひめちゃんは幸せでした

 

 

 

 

神明宮前の駐車場から、まもなく「ながめ西駐車場」に到着です。

現在地を確認です。

大間々駅の右下、ながめ余興場の隣の駐車場です。

 

渡良瀬川沿いの坂道を歩きます。

この道は、昔桐生市川内にある職場に通っていた頃の通勤の道でした

あの赤い橋はあったっけ?

 

あたちも、張り切ってます

 

前方に見える山は、要害神社のある要害山です。

 

左に見える渡良瀬川、浅瀬になって石がゴロゴロの所が見えます。

たぶん、あの辺りが高津戸の渡し、高津戸村と大間々村の渡し場だったのでしょう。

大分前に、右奥の阿弥陀堂脇から河川敷に出たことがあります。

もちろん、何もありませんでした。

阿弥陀堂脇に、「高津戸の渡し場跡」の表示があるだけです。

 

渡良瀬川を眺めながら、高津戸橋に出ます。

落ちたら大変だね

 

 

高津戸橋手前に出ます。

さっきまでこの先の駐車場にいたのです。

 

 

さて、ながめ公園に入ろうか

 

クラシックないい感じの入口です

あれ、「犬の入園お断りします」ですって

 

(つづく)

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晩秋の神明宮(伊勢ヶ渕弁天宮)

2022-02-14 16:03:34 | 小平川紀行・番外編

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を北に出ます。

ひめちゃんが足に怪我をした以前の道を、十分に気を付けて歩きます

古墳の大きな石の前です。

あんまり積もってません。

 

葛塚城堀切の跡を通って、岩神沼に向かいます。

ガマの穂も雪化粧です

 

岩神沼も、さほど積もってません。

さて、早く帰って朝ご飯にしましょう

 

 

 

実は、11月の30日に大間々神明宮を訪問しています。

でも、何故か記事にしずらくて、そのままになってました

神明宮が最初鎮座していたという場所の付近も行ってます。

これは記憶を頼って、記事にしなければなりません。

 

だいぶ遅くなりましたけど、晩秋の神明宮(伊勢ヶ渕弁天宮)です

 

 

背景の山の木々が季節(11月30日)を物語ります。

2礼2拍1礼です

 

右の狛さん、大きなお口が紅葉の山に映えます。

左の狛犬さん、固く口を閉ざしています。

梅の木もまだ花芽を難く閉ざしています。

 

紅葉を背景に神明宮由緒です。

 

 

社殿の右側、川側にいくつかの碑や説明板、境内社があります。

 

何様かな?

ずいぶんとクラシックな狛犬さんです

 

こんな説明板もあります。

渡辺崋山は、この渡良瀬川で採れた鮎をもらって感激したのです

 

木々が生い茂って渡良瀬川は、よく見えません。

 

真っ赤な背景ではないけれど、紅葉を背景に「岡登用水再興の碑」です。

あの岡登用水は、このあたりの渡良瀬川を取水口としていたのです。

でも色々あって使われなくなっていたのを、幕末に再興したのです。

そうだったんですか

今まで何度も見たけれど、真面目に読んでませんでした

反省

 

 

木々のうっそうたる守の方に行くと、神明宮の説明板です。

神明宮は、元々は渡良瀬川の岩頭・伊勢ヶ渕にあったんですね

 

 

さらに行くと、赤い鳥居の社殿出現です。

ここは伊勢ヶ渕弁天宮です。

「神明宮が現在の処に遷座した時に、境内地の守護と黒川郷の繁栄の福神として祀られた」とあります。

また、「里見兄弟の奥方・伊勢の方が入水したので、伊勢ヶ渕という」との説もあげてます

ちょっと違和感を覚えます

 

伊勢ヶ渕はどこら辺かな?

 

道なりに高津戸橋に出ます。

 

振り返ると、左手前のあそこら辺かな?

遠くに、白い三角形のはねたき橋が見えます

 

高津戸橋の反対側を歩いて帰ります。

 

川の下流の景色です

 

ながめ公園の入り口に、冬桜が咲いています

冬桜もいいですね

 

次回は、タバサねーちゃんとの高津戸漫遊記に戻ります

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