半月ぶりにYBR号出動。 台風16号が去ったが、台風一過の青空とは無縁のどんよりした曇り。 06:30出発。
R1-瀬田より湖岸道路を湖東を北進。 比良山系は雲の中である。
YBR号の左ミラー上にちっちゃく見えている島が「多景島」(たけしま)。 彦根市に属する周囲わずか600mの小島。
画像が不鮮明だが、塔らしきものが見える。 島全域が日蓮宗の寺院になってるみたいで、定期船以外で島に入るには別料金がかかるそうな。
行く先は霧が霞んで見えない。 案の定、長浜市あたりで霧雨に。 おっさんはメッシュジャケットの下にレインプルーフインナー装着済なのでOK。
少し雨脚が強くなったので、かねてから訪問したいと思ってた長浜鉄道スクエアへ雨宿りを兼ねて入館。
JR北陸本線長浜駅に併設の鉄道資料館。 入場料は大人300円也。
明治15年に完成した、現存する最古の駅舎で、鉄道記念物である。
当時の北陸線の始発駅。
館のすぐ隣を223系電車が長浜駅に到着。
館の裏側はこんな感じ。
四輪車は長浜駅の有料駐車場があるが、バイクは入れない。 館の入口で訪ねると、庭の中に停めていいとのこと。
お言葉に甘えることにする。 ついでに記念撮影。
営業当時の模型。 中央が本館で、奥は琵琶湖の長浜港。 現在は埋め立てられて公園になってる。
画像が不鮮明で恐縮だが、当時の北陸線・東海道線は長浜-米原-大津間は未開通。 長浜-大津は線路ならぬ船路だった。
余談だが、明治初期の北陸線高月駅以北のルートは現在の余呉-近江塩津-新疋田ではなく、木ノ本-柳ヶ瀬-刀根-疋田経由。
新線付替え後の旧線は、現在の北陸自動車道のルートに転用されてる。
さらに画像の左下。 現在は京都-東山TN-山科-新逢坂山TN-大津だが、当時は今のJR奈良線京都-稲荷間が東海道線。
稲荷駅から東へ、現在の名神自動車道のルートで馬場駅(現:膳所駅)まで。 馬場駅-大津駅は支線のようだ。
両方とも、廃線後のルートが高速道路になってるのは一理あるようだ。 曲線半径が大きいので、車の運転が楽ちんなのか?
駅舎の中に入る。 出札口。
駅長室。
荷物掛室。
館内の展示。 今回は鉄道玩具が色々と。
HOゲージのB形機関車群。
NゲージのE10形蒸気機関車。 動輪5軸の国産唯一の機関車で、曲線通過時の線路に与える横圧軽減のため、第3、4動輪はフランジレス。
板谷峠や倶利伽羅峠の急勾配区間の補機用に造られた機関車であったが、晩年は米原-田村間の交直デッドセクション間で運用された短命な機関車。 わずか5両の製造。
活魚車。 屋根内側に水タンクがあり、水槽に新しい水を供給して、汚れた水は車外にドレンする仕組み。
別棟のD51 793号機とED70 1号機。急勾配のトンネルがある北陸線では蒸気機関車では非力で、早々に電化が促進された。
蒸気機関車の顔を撮影する時は、このアングルが好きなおっさんである。
D51の機関士側と助士側の運転台。
ED70の運転台。
上からED70のパンタグラフを眺める。
中庭には腕木式信号機。
外には当時の転轍器。 レールフェチのおっさん、大喜びw
庭にある、旧北陸線の柳ヶ瀬トンネルポータルの上に設置されていた扁額。 「万世永頼」伊藤博文の筆であるそうな。
駅舎の向かいには「慶雲館」。 明治天皇京都御行啓の際、御休息所として建設。 その後は迎賓館として用いられた。 今は一般開放。 入場料300円。 おっさんはパス。
小一時間ほど見学した後に北上、R8の道の駅。 巨大カボチャのコンテストがあったらしい。 大きいものは40kg越え。 食用にはならない。 ハロウィンには使えそうだが。
例によって海津大崎へ。 霧のかかる対岸と竹生島。
途中に短いトンネルが連続する区間がある。
やけに暗いなーと思い、
トンネルを出てYBR号のライトを確認すると、ロービームが点灯していない。 バルブ断線。
ヘッドランプを少し下向きにして、ハイビームで走らざるを得ない。
マキノの道の駅に立ち寄る。
湖西側のR161は見るべきものもないので、途中でR303-R367で朽木方面へ。
途中、陸上自衛隊の装甲車を追走する。 結構速いよ。 今津駐屯地と饗庭野演習場が近くにある。
R367を南下、途中(※地名)からR477-R161に戻り、西大津BP経由で山科、15:00過ぎに帰京。 市内に入ったところでまた小雨になった。
お土産は道の駅で買った茄子・万願寺とうがらし・柿・鷹の爪とミョウガ。 柿はまだ少々青かったが、追熟できるであろう。
帰宅前にYSPに寄り、ヘッドランプバルブを交換。
本日の走行約250km。 久々のビワイチであったし、鉄分補給もできた。
R1-瀬田より湖岸道路を湖東を北進。 比良山系は雲の中である。
YBR号の左ミラー上にちっちゃく見えている島が「多景島」(たけしま)。 彦根市に属する周囲わずか600mの小島。
画像が不鮮明だが、塔らしきものが見える。 島全域が日蓮宗の寺院になってるみたいで、定期船以外で島に入るには別料金がかかるそうな。
行く先は霧が霞んで見えない。 案の定、長浜市あたりで霧雨に。 おっさんはメッシュジャケットの下にレインプルーフインナー装着済なのでOK。
少し雨脚が強くなったので、かねてから訪問したいと思ってた長浜鉄道スクエアへ雨宿りを兼ねて入館。
JR北陸本線長浜駅に併設の鉄道資料館。 入場料は大人300円也。
明治15年に完成した、現存する最古の駅舎で、鉄道記念物である。
当時の北陸線の始発駅。
館のすぐ隣を223系電車が長浜駅に到着。
館の裏側はこんな感じ。
四輪車は長浜駅の有料駐車場があるが、バイクは入れない。 館の入口で訪ねると、庭の中に停めていいとのこと。
お言葉に甘えることにする。 ついでに記念撮影。
営業当時の模型。 中央が本館で、奥は琵琶湖の長浜港。 現在は埋め立てられて公園になってる。
画像が不鮮明で恐縮だが、当時の北陸線・東海道線は長浜-米原-大津間は未開通。 長浜-大津は線路ならぬ船路だった。
余談だが、明治初期の北陸線高月駅以北のルートは現在の余呉-近江塩津-新疋田ではなく、木ノ本-柳ヶ瀬-刀根-疋田経由。
新線付替え後の旧線は、現在の北陸自動車道のルートに転用されてる。
さらに画像の左下。 現在は京都-東山TN-山科-新逢坂山TN-大津だが、当時は今のJR奈良線京都-稲荷間が東海道線。
稲荷駅から東へ、現在の名神自動車道のルートで馬場駅(現:膳所駅)まで。 馬場駅-大津駅は支線のようだ。
両方とも、廃線後のルートが高速道路になってるのは一理あるようだ。 曲線半径が大きいので、車の運転が楽ちんなのか?
駅舎の中に入る。 出札口。
駅長室。
荷物掛室。
館内の展示。 今回は鉄道玩具が色々と。
HOゲージのB形機関車群。
NゲージのE10形蒸気機関車。 動輪5軸の国産唯一の機関車で、曲線通過時の線路に与える横圧軽減のため、第3、4動輪はフランジレス。
板谷峠や倶利伽羅峠の急勾配区間の補機用に造られた機関車であったが、晩年は米原-田村間の交直デッドセクション間で運用された短命な機関車。 わずか5両の製造。
活魚車。 屋根内側に水タンクがあり、水槽に新しい水を供給して、汚れた水は車外にドレンする仕組み。
別棟のD51 793号機とED70 1号機。急勾配のトンネルがある北陸線では蒸気機関車では非力で、早々に電化が促進された。
蒸気機関車の顔を撮影する時は、このアングルが好きなおっさんである。
D51の機関士側と助士側の運転台。
ED70の運転台。
上からED70のパンタグラフを眺める。
中庭には腕木式信号機。
外には当時の転轍器。 レールフェチのおっさん、大喜びw
庭にある、旧北陸線の柳ヶ瀬トンネルポータルの上に設置されていた扁額。 「万世永頼」伊藤博文の筆であるそうな。
駅舎の向かいには「慶雲館」。 明治天皇京都御行啓の際、御休息所として建設。 その後は迎賓館として用いられた。 今は一般開放。 入場料300円。 おっさんはパス。
小一時間ほど見学した後に北上、R8の道の駅。 巨大カボチャのコンテストがあったらしい。 大きいものは40kg越え。 食用にはならない。 ハロウィンには使えそうだが。
例によって海津大崎へ。 霧のかかる対岸と竹生島。
途中に短いトンネルが連続する区間がある。
やけに暗いなーと思い、
トンネルを出てYBR号のライトを確認すると、ロービームが点灯していない。 バルブ断線。
ヘッドランプを少し下向きにして、ハイビームで走らざるを得ない。
マキノの道の駅に立ち寄る。
湖西側のR161は見るべきものもないので、途中でR303-R367で朽木方面へ。
途中、陸上自衛隊の装甲車を追走する。 結構速いよ。 今津駐屯地と饗庭野演習場が近くにある。
R367を南下、途中(※地名)からR477-R161に戻り、西大津BP経由で山科、15:00過ぎに帰京。 市内に入ったところでまた小雨になった。
お土産は道の駅で買った茄子・万願寺とうがらし・柿・鷹の爪とミョウガ。 柿はまだ少々青かったが、追熟できるであろう。
帰宅前にYSPに寄り、ヘッドランプバルブを交換。
本日の走行約250km。 久々のビワイチであったし、鉄分補給もできた。
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