前回(→こちら)の続き。
勝てばグランドスラムのチャンピオン、そして初の世界ランキング1位が決まるUSオープン決勝。
その人生最大ともいえる大一番に挑んだマイケル・チャンだったが、結果は王者ピート・サンプラスの前に敗退。
果敢なねばりを見せたものの、残念ながら試合中、一度もチャンが優勢な場面はなかったといっていい、明確に力の差を見せつけられた負け方だった。
これには私のようなファンは、
「もう2位でええんとちゃう? よくやったやん」
そんな気分になったのも無理はなかろう。
チャンは強かったが、サンプラスやボリス・ベッカーは、それをはっきりと上回っていた。
世界1位になるには、チャンは彼らとくらべてはっきりと「足りない」感じがした。
そんな落胆を感じさせたにもかかわらず、1997年もチャンの好調は持続した。
年明けすぐのオーストラリアン・オープンでも順調に勝ち上がり、ベスト4に。
2年連続のファイナル進出に期待がかかったが、ここでスペインの伏兵カルロス・モヤに敗れた。
のちにフレンチ・オープンを制し、世界ナンバーワンにもなるモヤは、この大会では1回戦でベッカーを倒している。
その勢いで決勝まで駈け上がり、現在ある「テニス王国スペイン」の先鞭を付けることとなった。
後年のラファエル・ナダルの活躍は、この試合から生まれたともいえなくもない、なにげにテニス界のターニングポイントになった試合だった。
が、このときのモヤはまだ、数いる有望な若手スペイン選手の中の一人というあつかいで、この準決勝の勝利も「アップセット」といわれたものだ。
私も観戦しながら、
「マイケル、こんな知らんやつに負けるなよ!」
天をあおいだが、反面「ま、これでもいいか」と考える自分がいた。
なぜなら決勝で待ちかまえているのはまたもやピート・サンプラスであったからだ。だとしたら、チャンには悪いがまた勝てないであろう。
それだったら、準優勝でもベスト4でも変わらないではないか。
いや、むしろ期待する気持ちをまた最大限に上げたところで落とされる、あのガッカリ感を味あわなくてすむ分、こっちの結果の方が気楽かも知れない。
実際、モヤは決勝で
「そんなんやったら、ベッカーとかに勝つなよ!」
といいたくなるくらいに、あっさりとサンプラスに敗れている。
チャンが出ていても、おそらくは同じようなものだったろう。
そんな「すっぱい葡萄」とはちとちがうが、どこか似たような感じの複雑な負け惜しみをいいたくなるほど、このときの私は若干やさぐれていた。
US決勝の痛手は、チャン本人もそうだろうが、ファンにも大きかったのである。
これもちとちがうが、2階ではしごをはずされるなら、最初から登らなければいい、みたいな。
が、彼の精神力はヤワではなかった。
すっかりあきらめモードの我々ファンを尻目に、本人は愚直にテニスコートを駆け抜け、虎視眈々と次のチャンスを狙っていたのだ。
メルボルンの敗退後もチャンは好調を持続。爆発力こそなかったものの、2位の座はもはや彼の固定位置だった。
サンプラスがウィンブルドンで優勝するなど、スキを見せなかったので差はなかなか縮まらなかったが、それでも静かに、ピッタリと背中に付けていた。
執念を見せて追走するチャンに、テニスの神様はもう一度、大きなチャンスを与えたもう事になる。
それが97年のUSオープン。
第2シードのついたチャンは、昨年に引き続き、地力を発揮してトーナメントの山を登っていくき、順調にベスト8に入る。
これには私をはじめ、チャンのファンは色めきだつこととなった。
おいおい、これはやったんとちゃうの?
まだ準々決勝なのに早いよと言うなかれ。これにはれっきとした理由があった。
というのも、この大会は序盤から波乱含みであったのだ。
優勝候補の一角である、エフゲニー・カフェルニコフやゴーラン・イバニセビッチが早期に敗退。
また、上位陣にハードコートを本業にしないスペイン選手や、トーマス・ムスター、グスタボ・クエルテン
こういったクレーコーターが集まったこともあって、上位10シードで、ベスト8に残ったのはわずか2人だった。
そして、最大の波乱は、ディフェンディング・チャンピオンで第1シードのサンプラスが、4回戦で消えてしまったこと。
目の上のたんこぶがまさかの敗退で、チャンに優勝の目が一気に出てきた。
それも、シード勢の消えたベスト8の面々を見ると相当手厚い。
その8人から、準々決勝では第15シードのペトル・コルダと、昨年度ウィンブルドンのチャンピオン、リカルド・クライチェクの名前も消えた。
そしてチャンは準々決勝で、トップ10シードの中でチャンと二人だけ残っていたマルセロ・リオス(第10シード)を、フルセットで振り切ってベスト4に進出。
ここへ来て、「ひょっとして」が、「これは、決まったぞ」という確信にまで変わりつつあった。
とうとう、チャンがUSオープンに勝つ日がやってきたのだ。
ベスト4のメンツを見れば、そう気が急くのもゆるしていただきたい。
残る面々は、スウェーデンのヨナス・ビョークマン、イギリスのグレッグ・ルゼドスキー。
オーストラリアのパトリック・ラフター、そしてマイケル・チャン。
勝った! 勝った! もらったぞ。誰もがそう思った。
たとえば、ビョークマンはダブルスでは押しも押されぬナンバーワンだったが、シングルスでは、ダブルスほどの大きな結果は残していない。
ベスト8、ベスト4には残っても優勝する器の選手とは思われていない。
ルゼドスキーははっきりいってサーブだけの選手だし、ラフターはのちに世界1位になる逸材だが、このときはまだ覚醒前。
グランドスラムで優勝できる選手になるとは、まだ思われていなかった。少なくとも「今すぐ」というわけではなかったのだ。
もちろん、それぞれに強敵だが、実績から見てチャンが頭ひとつ抜けている感じだ。
普通にやれば、負けることはない相手ばかりである。
唯一気になるところといえば、準決勝で当たっている最後のシード選手のラフターだが、それでも第2シードと第13シードでは格が違う。
ポカさえなければ、間違うことはあるまい。
そうして、いよいよグランド・フィナーレのための助走が始まることとなる。
あと2つだ。その最後の関門が、パトリック・ラフター。
この年から「アーサー・アッシュ・スタジアム」と名前を変えたセンターコートに、選手が入場した。
(続く【→こちら】)