天才の終盤力 羽生善治vs三浦弘行 2013年 第72期A級順位戦

2019年10月09日 | 将棋・好手 妙手
 将棋の絶妙手は美しい。
 
 前回は初タイトル獲得を記念して、木村一基王位の受けを紹介したが(→こちら)、今回は羽生善治九段の妙技を。
 
 
 2013年、第72期A級順位戦の3回戦。
 
 羽生善治三冠三浦弘行九段との一戦は、角換わり腰掛銀から難解な終盤戦に突入した。
 
 
 
 
 後手の羽生が△69銀とかけて、三浦が▲79金と引いたところ。
 
 後手は飛車両取りがかかっているうえに、打ったばかりの△69銀も取られそうな形。
 
 歩切れだし、の働きもイマイチで、△27も浮いている。
 
 後手が相当にあせらされている局面に見えるが、ここで羽生はすべてを読み切っていたというのだから、恐れ入るしかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △86飛が「光速の寄せ」の異名をとる谷川浩司九段のような、あざやかな一撃。
 
 ▲同銀と取られて、まったく意味のないタダ捨てのようだが、△47馬として、これで先手玉は寄っている。
 
 
 
 
 といわれても、やはりマヌケに「はぁ……」とでも言うしかないが、1手ずつの意味を丁寧に考えていけば、なんとなく見えてくる。
 
 △86飛で後手が得たものは、1枚のと、▲77▲86に移動したこと。
 
 これで、▲88への先手の利きがひとつ減り、後手から見て、取ったが立つ筋といえば6筋7筋
 
 どちらに使うのが、きびしいかを考えると見えてくる。
 
 そう、後手はこれで△78歩と打つ攻めが、可能になるのだ。
 
 
 
 
 すぐだと▲69金と取られるから、その前に△47馬と、遊んでいる馬を活用しながら△69を守る。
 
 こんな最終盤で、なんの当たりにもなってない状態で手を渡すなど怖すぎるが、先手が▲63角成とでもすると、すかさず△78歩とたたかれて(上の図)、▲69金△同馬で寄り形。
 
 ▲68金上としても△79歩成で、次に△78銀成とされると、△88△89の地点を受けられず、先手玉は必至
 
 パッと見ただけでは、にわかには信じがたいが、これで先手にまったくといっていいほど受ける形がないのだ。
 
 とにかく、どうやって駒やら利きを足そうとも、△78歩の一撃ですべてが崩壊するのだから、三浦も唖然としたことだろう。
 
 まともな手では、どうしようもないと見た先手は、▲77飛と非常手段で抵抗するが、やはり後手は△78歩
 
 
 
 
 
 ▲同金△同銀成で、▲同飛△69馬で寄り。
 
 ▲68金上とかわすしかないが、△79歩成▲同飛△58馬と抱き着かれて、どうしても先手は攻めを振りほどけない。
 
 
 
 
 
 △87にぶら下がった歩が、まるで絞首台のロープのように、冷たく先手玉を見下ろしている。
 
 後手はカナ駒さえ入れば△88に打ってお終いだから(△86飛の効果)、力ずくで、それをもぎ取ってしまえばいいのだ。
 
 先手は▲88歩ともがくも、△55桂の追撃で、まったく手数がのびない。
 
 以下、▲58金△67桂成▲69飛△78金まで羽生勝ち。
 
 
 
 
 
 盤に並べてみるとよりわかるが、先手はどこまで行っても▲88の地点が受からず、どう駒を繰り替えても同じような筋で、結局受けなしに追いこまれてしまうのだ。
 
 羽生善治といえば、やはり終盤力が大きな武器だが、この一局は中でも、そのすさまじさを表した名局といえるのではないか。
 
 △86飛のあざやかさもさることながら、△47馬と、ただ銀にヒモをつけただけの、1手パスのような手で攻めがつながっているという発想が、ちょっとケタはずれだ。
 
 攻めが切れているようで、実のところ△87タレ歩△78歩のたたき、そしてタダ取りされそうな△69に、ゆるそうな△47馬
 
 すべてが絶妙の位置に配置されており、どう組み合わせても、先手の玉は逃げられない。
 
 今、並べ返しても、どこまでもため息しか出ない美しい終盤だ。
 
 
 (升田幸三の序盤戦術編に続く→こちら
 
 
 
 
 
 
 
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