「光速の寄せ」と「鋼鉄の受け」 谷川浩司vs森内俊之 1998年 第57期A級順位戦プレーオフ

2020年10月27日 | 将棋・好手 妙手
 対局姿が絵になる棋士というのがいる。
 
 斎藤慎太郎八段のような風雅な空気感をかもし出す人もいれば、佐藤天彦九段のような、勝負の苦悩がそのまま動作に出る人もいる。
 
 中でも、もっとも様になる人といえば、やはり谷川浩司九段
 
 その美しい対局姿勢や、勝っても負けても綺麗な将棋を指すところなどは、まさに将棋界の貴族といえるだろう。
 
 実際、谷川将棋を見ていると、
 
 「ノブレス・オブリージュ」
 
 という単語が思い浮かぶ。
 
 ただ勝つ以上の、なにか大きな「義務感」のようなものを、常に背負って戦っているように見える。
 
 前回は本田小百合女流三段が、加藤桃子女流王座に放てなかった「幻の絶妙手」を紹介したが(→こちら)今回は、今でも多くの棋士があこがれてやまない、谷川浩司の将棋を見ていただこう。
 
 
 1998年度の第57期A級順位戦は、谷川浩司九段森内俊之八段がともに7勝1敗(村山聖九段の死去によりこの年は9人のリーグ戦)で並ぶハイレベルなレースとなり、佐藤康光名人への挑戦者決定はプレーオフまで持ち越されることとなった。
 
 後手番の谷川が四間飛車に振ると、森内が穴熊にもぐろうとする前に仕掛け、乱戦模様に持ちこむ。
 
 その動きは無理気味だったようで、自分だけを作った居飛車が必勝になったが、振り飛車もあれやこれやと手を作り、森内の乱れもあって、いつの間にか逆転模様。
 
 そこからも攻め切るか受け切るかギリギリの攻防で、プレーオフにふさわしい好勝負が展開され、むかえたのがこの場面。
 
 
 
 
 
 先手玉は身動きできず、上下からはさみ撃ちにあって陥落寸前だが、谷川も持駒を使い果たし、あと一矢がない。
 
 どうやって寄せるか、かたずを飲んで見守っていると、ここで「光速の寄せ」が炸裂することになる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △47飛成と、ここで飛車を捨てるのが「おおー!」と歓声のあがる一着。
 
 ▲同金は補充した一歩で、△95歩と打てば詰み。
 
 森内は秒読みの中、この瞬間に▲84角成とするアクロバティックなしのぎを披露する。△同銀に▲47金
 
 
 
 
 
 
 谷川はかまわず△95歩で、▲同銀、△98竜、▲97歩、△95銀▲85玉ときわどくかわす。
 
 まるで駒落ちの上手のような玉さばきだが、△84銀▲74玉と必死の逃亡劇。
 
 
 
 
 
 ここに逃げられるのが、△84を排除した効果だ。
 
 最大のライバルが待つ名人挑戦を目前に、森内の見せた執念
 
 山狩りにあう狼が、血を流しながら最後の望みをかけ、懸命に森を駆け抜ける姿だ。
 
 ここをなんとかすれば、右辺には大草原が広がって、▲11▲66の利きもあって、とてもつかまらない形だが、そのがんばりもここまでだった。
 
 谷川はすべてを読み切っていたのだから。
 
 先手玉はとっくに詰んでいる。
 
 腕自慢の人は、次の手を考えてみてください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △56角が、王様の逃げ道を捨駒で埋めつぶすという、詰将棋のようなカッコイイ手筋。
 
 ここで森内が投了。▲同金の一手に、△73銀上以下、簡単な詰みになる。
 
 それにしてもこの人の将棋は、なんでこんなカッコイイ手が、毎度のように飛び出す仕掛けになっているのだろう。
 
 この将棋は、その内容もさることながら、谷川の態度にも感銘を受けた。
 
 名人挑戦をかけた大一番。乱戦模様の難しい将棋に、通るか通らないかのギリギリの攻め、森内の頑強なねばりに、最後も一歩の差がモノをいう微差。
 
 そんな数々のプレッシャーにもかかわらず、まったく対局姿がブレないというか、まるで練習将棋でも指してるかのような落ち着いた雰囲気。
 
 なべても、最後の決め手である、△47飛成を指すときの華麗な手つきよ! 
 
 最終盤の、緊張感がピークに達する場面で、ようあんな舞うような手つきで駒を持てまんなあ。私やったら尿ちびってまっせ!
 
 それを、「なにかありましたか?」とでもいいたげな、涼しそうな顔でたたずむ谷川浩司。
 
 もちろん、心の中は興奮でシビれまくってたんでしょうが、それをまったく表に出さずクールな男を演じ切る。
 
 「王者の風格」というのは、ああいうのを言うんでしょうなあ。
 
 そら中村太地七段や、近藤誠也七段もリスペクトを表明するわけや。ホレてまいまっせ、ホンマに。
 
 
 
 (米長邦雄の「ゼット」をめぐる攻防編に続く→こちら
 
 
 
コメント (2)
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