空間X脱出 羽生善治vs米長邦雄 1993年 第43期王将戦

2023年01月29日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 1994年の第52期A級順位戦プレーオフ谷川浩司王将を破って、初の名人挑戦権を獲得した羽生善治四冠(棋聖・王位・王座・棋王)。

 迎え撃つのは、昨年度に7度目の挑戦で、ようやっと悲願の名人位に着いた米長邦雄名人

 現役レジェンドと次期王者確定の若手となれば、まさに「新旧交代」の決戦であり、前期の名人就位式で米長が、

 

 「すぐに、【あの男】がやってくる」

 

 とスピーチした予言通りとなったこともあって、その注目度も高かった。

 戦前の予想は、当然と言っては米長に申し訳ないが、「羽生有利」となる。

 なんといっても、このころの羽生は前人未到の「七冠王」を目指して走っており、その勢いはとどまることを知らない。

 一方の米長は名人にこそなったものの、年齢はすでに50歳で、さすがに全盛期の力はない。

 いわば、今行われている藤井聡太五冠羽生善治九段王将戦のようなもので、「の方が勝つ」という世論の流れになっていたわけだ。

 ただ、当時の感覚では、羽生が勝つとは思ってはいても、それは決して確定的というほどでもなかった。

 まず、ネットAIの有無や、棋士のの厚さも関係しているのか、昔は加藤一二三九段有吉道夫九段などが50代A級をキープするなど、今よりもベテラン棋士の「現役感」が長かったこと。

 それともうひとつ、昭和を主戦場にしていた棋士にとって「名人」というのは、今とはくらべものにならないほど、特別なうえにも特別な存在だったから。

 そのモチベーション、いやそんなスマートな言葉よりも「執着」「怨念」とでもいうべきものを背負って戦うのが、名人戦という舞台なのだ。

 かつて、大山康晴十五世名人と「新旧対決」を戦った中原誠十六世名人は、他のタイトル戦では押していたのに、こと名人戦に関しては、

 

 「名人戦における大山先生の強さは別格だった」

 

 その「特別感」に大苦戦を強いられたのだ。

 もちろん、羽生にとっても名人は重要なタイトルだが、おそらく米長の持つドロドロした「因縁」を超えるほどではないのであるまいか。

 そのメンタル面を考慮に入れると、案外互角くらいなのではという気もするし、なにより力こそ落ちたとはいえ、「米長道場」で若手相手に最新の序盤戦術を吸収した「ニュータイプ」の米長邦雄は、その棋力の面でも、まだまだやれると評判でもあった。

 そこで今回は名人戦を前に、当時の両者に果たしてがあったのか、その「前哨戦」を見ていただきたい。

 

 1993年王将リーグ。羽生善治五冠(竜王・棋聖・棋王・王位・王座)と米長邦雄名人の一戦。

 この将棋は2人が、名人戦を戦う約4か月前に行われたもの。

 羽生はこの時点で、A級順位戦5連勝と快走しており、当然ながら名人挑戦の最有力であった(ちなみにこの数日後に竜王佐藤康光に奪われて四冠に後退する)。

 王将リーグもそれ自体大きな戦いだが、米長からすれば「本番」に向けて、ここでいっちょタタいておきたいという意識も強かったろう。

 実際、この一局は双方力を尽くした大熱戦になり、相矢倉から、双方が早々に上部開拓を目指す展開で、そのまま入玉模様に。

 

 

 

 図は入玉を果たした羽生が、▲83銀▲74ヒモをつけながら、上部を補強したところ。

 これで先手玉は安全になり、逃げきったように見えるが、ここからの攻防がすごい。

 

 

 

 

 △94銀と引っかけるのが、ちょっと思いつかない手。

 ▲同銀成と取って△同歩に再度の▲83銀は、空いたスペースに△93銀と打って先手玉にせまろうということか。

 この異筋の銀に、羽生も負けじと異筋の手で返していく。

 

 

 

 


 ▲95桂とつなぐのが、またもやおどろきの手。

 ムリヤリに銀にヒモをつけたわけだが、入玉形らしいルール無用の寝技である。

 この手順を見ただけで、この将棋の異様な熱気が伝わってくる。

 △95同銀は駒がソッポに行くから、先手玉が安全になり逃げ切りだが、ここから米長がまたも剛腕を発揮する。

 

 

 

 

 △83銀▲同桂成△74角成が鮮烈な勝負手。

 ▲82玉△92金みたいな手で危なすぎるから、本譜は▲同玉だが△63金打と強引にチャージをかける。

 

 

 

 

 ▲同歩成△同金角金損の攻めだが、

 「終盤は駒の損得よりスピード

 というように、入玉形の場合も損得より、とにかく入られないことが大事なのだ。

 ▲84玉にさらに△95銀と銀まで捨て、▲同玉△74金とせまる。

 

 

 

 なんとこれで、先手の入玉を阻止してしまった。

 後手の攻めも薄いが、先手玉は押し戻されたうえに、せまいに追いこまれて生きた心地がしない。

 △94歩からの詰みを防いで▲91と取るが、そこで△94銀と上部を押さえて、▲96玉△46飛と遊んでいた大駒を華麗に活用。

 

 

 

 次に△76飛と取られてはおしまいだが、▲77歩みたいな並みの受けでは△83銀と取った形が、△84桂からの詰めろで受けがない。

 絶対絶命にしか見えないが、今度はここから羽生が次々とワザを披露して、盤上を盛り上げてくれるのだ。

 

 (続く

 

 

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