「たくさん恥をかきましょう」
というのは受験勉強の悩み相談などに、よく出てくる答えである。
英単語がおぼえられない、フリードリヒ・ヴィルヘルム2世とか世界史の人名が長い、水兵リーベってなんやねん、線形代数なんてどこの国のからあげ弁当や!
などなど嘆き節は止まらないが、こういうとき先生は、
「間違ってもいいというか、むしろ間違った方がいい」
「そうやって恥ずかしい思いをすると、そのインパクトが記憶に残って、もう忘れないものなんです。そうなれば、しめたもの」
なんてアドバイスをくれたりする。
こういうのは勉強だけでないようで、ミュージシャンで作家の大槻ケンヂさんもクリエイター志望の若者に、
「いっぱい創って、いっぱい発表して、ウケなくて恥かいて。成長するには、それしかなんだよなー」
やってみて、ミスって、恥かいてレベルアップは、どうやら万国共通の「試練」であるようだ。
これに「わかるなー」と共感しながら、いつも脳裏に浮かんでくるのが、
「以上でーす」
というフレーズだ。
といっても、なんのこっちゃかだから説明すると、若いころヨーロッパを旅行したことがあった。
オーストリアのウィーンに居たころ、夕方になって晩ごはん用のパンを買いに行ったのだ。
なんてことない街のパン屋だったが、そこは芸術の都ということか、かわいらしいパンやケーキがたくさん並んでいた。
また、そこの店主が『アンパンマン』に出てきたジャムおじさんそっくりの愛嬌ある方で、その奥様もかわいらしく、ものすごく購買欲をそそられたのである。
そこで、「これおいしいよ」「こっちもね」と言われるまま買いまくり、さてお勘定というところで、ハタと足が止まった。
おじさんはパンやケーキを紙袋に詰めながら、「他にも買うかい?」と訊いてくるのだが、それに対する
「以上です」
このフレーズが出てこないのだ。
私は学生時代ドイツ文学専攻で、わりとマジメにドイツ語を勉強していた(オーストリアの公用語はドイツ語)。
そのときでも10年以上前だし、「文学」専攻だから会話は得意ではないけど、一応「中2英語」くらいの知識は残っていたし、「トイレどこ?」レベルのやりとりで困ることはなかったのだ。
それが思わぬ伏兵に出会うこととなった。
われわれが定食屋や、居酒屋などで日常的に使う
「ご注文はトンカツ定食の大盛に納豆でよろしかったですか」
「はい、以上でおねがいしまーす」
というカンタンなやりとりが、スッポリ頭から抜け落ちてしまったのだ。
あれ? 以上ですって、なんて言うんやったっけ?
なんか、昔絶対に習ったはずで、喉まで出かかってるのに出てけえへんなあ。
「以上」「終わり」「終了」。なんかこんなイメージの単語やねん。
英語やとたぶん「That's all」やねんなあ。「これで全部」一丁上がりと。
でもドイツ語やと、えーと、もうええわ。それっぽいこと言うたら通じるやろ。
ということで、私がしぼり出したのが、
「Das ende」
「ende」とは英語の「end」で「das」は定冠詞で「the」だから、要するに
「これでジ・エンドさ」
と言ったわけだ。
その瞬間、ジャムおじさんとおばさんが一瞬キョトンとなったあと、突然に腹をかかえて爆笑しはじめたのだ。
それを受けて、他の客たちも大笑い。
おお、なんかウケている。会場が爆笑の渦だ。
まるでエノケンかバスター・キートンという現代の喜劇王。NSCに願書でも出したろうかしらん
……てまあ、これはもういくら頭がスイカな私も「間違ったな」とわかるところで、頭をかきながら「なんでしたっけ?」と問うならばジャムおじさんは楽しそうに、
「そういうときは、【alles】っていうんやで」
あー、allesかあ。
allesとは「全部」という意味で、英語で言う「all」のこと。
てことは「That's all」で合ってたんや。「das ist alles」惜しい、あと一歩やった!
「Das ende」は「The end」とか「fin」みたいな、映画のラストでもおなじみの単語。
それをここで使うのは、「ご注文はこれだけですか?」に対して、
「終劇!」
とか返すようなもんで、ワシャ中2病男子か。
おばさんが「これでひとつ、またかしこくなったねえ」とニコニコ。
ええパン屋さんやなあと、ほのぼのしたけど、きっと晩飯のときに「エンデ君」とかあだ名つけられるんやろうなあ。
恥ずかしいやら笑えるやらで、もうこんなもん忘れようもないですわな。
というわけで、なにかを学びたい人、自分の才能やスキルを伸ばしたい人は、こういうシャワーでも浴びてるとき急に思い出されて「わああああー!」とかなるような体験をたくさんしておくと良いでしょう。
かいた恥だけ花は咲く。
語学は「間違ってもいいから話せ」はこういうことなんですね。
そんときゃトホホでも、あとでこうしてネタにすればモトだって取れるしね。
取れてんのかなあ? まあ、いいや。