フスハーかアンミーヤか、それが問題だ

2024年05月28日 | 海外旅行

 アラビア語激ムズである。

 前回大阪大学でアラビア語を勉強していた、元奨励会三段だった石川泰さんによる、「アラビア語が難しすぎる4つの理由」から、

 

 ・動詞の活用が多すぎ

 ・母音が書かれてない

 ・それのおかげで辞書が引けない

 

 というを紹介したが、これを見るだけでも、そのキビシさがわかる。

 とくに辞書を使えないのは言語学習には致命的ではないか。

 いわば、将棋を指していて形勢が悪くなったとき、トイレでこっそりスマホAIに逆転の妙手を教えてもらうことが、できないようなものである(←最悪の例えだよ)。

 アラビア語の壁はまだまだあって、トドメがこれ。 

 


 4・「口語」と「文語」がまったくの別物
 
 アラビア語は「フスハー」「アンミーヤ」という2つのものに分かれている。
 
 フスハーがいわゆる「文語」とされるもの。
 
 イスラームの経典「クルアーン」(コーラン)が書かれている古典アラビア語をベースにしており、ニュース文芸作品などフォーマルな言語とされるが、一般では基本的には使われない
 
 一方のアンミーヤはアラビア語話者が一般的に使っている、くだけた言語。
 
 アラビア語圏と言えば、イエメンから西モロッコまで広く、方言も豊富でエジプト方言(映画やドラマが強いらしい)やレバノン方言が有名だそうな。
 
 つまりは、本格的にやるなら2種類の言葉をマスターしないといけないわけ。

 それはムリやろ、とひとつにしぼっても、これまたハードルが高い。
 
 フスハーは古典だけあって難解だし、日本人が『古今和歌集』『平家物語』みたいなノリでしゃべらないよう、一般人はほぼ使わないので、実用性は低い。
 
 ならアンミーヤをやるかといえば、そもそも日本でアラビア語の教材と言えば、ほとんどがフスハーのもので、学び方がわからない。

 しかもアラビア人は、アンミーヤを習うとなぜか、

 


 「なぜフスハーをやらないんだ」


 

 キレてくるという。

 アラビア人の中にはフスハーできない人も全然いるのに、やはりなぜかフスハーのゴリ押し

 なんたる不条理

 そのを突破してアンミーヤを学ぼうにも、

 

 「じゃあ、どこのをやるの?」

 

 先ほども言ったように、アンミーヤはアンミーヤで今度は一枚岩ではなく、イエメンからモロッコまでアラビア語圏で、それぞれの「方言」がある。

 その山のようにある、リビアとかシリアとかの「○○アラビア語」から、どれを学べばいいというのか。

 一般的には「エジプト方言」がいいと聞くけど、これは結構ガラッパチというか、日本で言う「江戸っ子言葉」みたいなノリらしく、

 

 「てめえ、こちとらイスラームの深い歴史を学ぶためにアラビア語をやってやったぜ、こんちくしょうめ。クルアーンの深い文言に、オマル・ハイヤームのイカした詩なんざあ、もう感動で涙がちょちょぎれるってもんだぜ、べらぼうめ」

 

 詩的な美しさを誇るアラビア語のはずなのに、妙にいなせな感じになってしまう恐れもある。

 うーむ、これじゃまるで、大阪人が使えもしない江戸言葉を使おうとする、上方落語の『江戸荒物』やなあ。

 これだけの壁というか、次から次へと強力な敵が現れるアラビア語はやはり難物であり、つまるところ私の頭脳と根気でもってすれば、こういうことになろう。

 
 
 
 
 
 

 


(石川泰さんのアラビア語動画はこちら

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