大駒は近づけて受けよ 中原誠vs谷川浩司 1985年 第33期王座戦 第2局

2024年11月04日 | 将棋・好手 妙手

 将棋の格言というのは色々あるもの。

 

 「王手は追う手」

 「長い詰みより短い必至」

 「金底の歩、岩よりも固し」

 

 など実戦で大いに役に立つものもあれば、

 

 「55の位は天王山」

 「銀は千鳥に使え」

 「三桂あって詰まぬことなし」

 

 といった、ほとんど死語になったようなものもある。

 むずしいのは、将棋の変遷によって、かならずしも当てはまるとは限らないケースが出てくることで、

 

 「居玉は避けよ」

 「玉の囲いは金銀三枚」

 「桂馬の高跳び歩のえじき」

 

 このあたりは、

 

 「たしかにそうだけど、現代将棋ではケースバイケースだよね」

 

 くらいな感じになっているところはある。

 そんな中、地味な格言に意外と使えるものが残っているもので、今回はそういうものを。

 


 

 1985年の第33期王座戦は、中原誠王座(名人・王将)に谷川浩司前名人が挑戦した。

 この期、春の名人戦で中原は谷川から名人を奪い取り

 

 第二次中原時代の幕開き」

 

 と上げ調子であったころ。

 一方、無冠に転落した谷川からすれば、復讐に燃えての勝ち上がりで、まさに新旧頂上決戦であったのだ。

 ちなみに谷川「前名人」という聞きなれない肩書は、当時は名人を失って無冠になると、気を使って「前名人」と呼ばれるマヌケな習慣があったせい。

 谷川はこの罰ゲーム(にしか見えないよな)を嫌い、色紙などには「九段 谷川浩司」と書いていた。当然だよねえ。

 それはともかく、五番勝負は開幕局を谷川が制して、むかえた第2局

 相矢倉で後手は7筋、先手は中央から駒をぶつけていく形で、中盤戦のこの場面。

 

 

 


 大駒をさばきあって、先手がを作っているが、後手も香得して形勢はバランスが取れている。

 手番をもらった後手は、当然反撃したいところで、となればまずはここに指が行きたいところだ。

 

 

 

 

 △86歩が、まずは筋中の

 これは格言にこそなっていないが、矢倉戦ではとにもかくにも、この歩をいいタイミングで突き捨てたいところ。

 応用編として、△86桂△86香と打ちこんでいく筋もあり、ここをイジっていく形は、居飛車党なら絶対におぼえておきたい感覚だ。

 これを▲同歩と取るか、それとも▲同銀と取るかは悩ましく、これまた居飛車党の永遠のテーマだが、▲同歩△87歩のタタキがいやらしい。

 ▲同銀△84香や、場合によってはいきなり△86同飛▲同歩△87歩みたいな特攻で一気に寄せられてしまうこともあり、そう簡単には選べない2択なのだ。

 このゆさぶりに、強気の谷川はなんと、放置して▲71竜

 △86歩になんと手抜きという、第3の選択を披露した谷川に、飛車を逃げるようでは攻めが切れてしまうと、中原は△87歩成▲同金△同飛成と特攻。

 ▲同玉△86歩もまた筋で、▲同銀△85歩

 

 

 

 

 飛車を切ってしまった以上、後手は足が止まったおしまいである。

 次々パンチをくり出すにしくはないと、▲85同銀△86香とカマす。

 ▲同玉△53角王手飛車なので、▲78玉△89香成

 先手玉も相当うすめられているが、飛車持駒も超強力で頼もしいということで、すかさず▲82飛と打ちおろす。

 

 

 


 「鬼より怖い二枚飛車

 

 この格言通り、後手陣にはいきなり詰めろがかかっている。

 次に▲31角と打たれてはお陀仏だ。

 なにか受けなければいけないが、普通にやる前に、まずは一工夫しておきたいところ。

 

 

 

 

 

 


 △51歩と打つのが軽妙な一着。

 ▲同竜と取られて、一見なんのこっちゃだが、そこで△31金打とガッチリ埋めるのが継続手。

 

 

 

 単にで守るより、こうすれば次に△73角両取りがあり、がどいたことで△75桂の反撃も可能になった。

 また△31金打▲81飛成みたいな手なら、どこかで△42銀と引いて、▲71竜右に、またが入れば△51歩底歩を打つ守りができる。

 これで後手玉はほぼ無敵になるなど、わずか歩1枚でこれだけ手が広がっていくのだ。

 この△42銀を生んだ△51歩は、まさに

 

 「大駒は近づけて受けよ」

 

 であり地味ながら、かなり役に立つ格言であるのだ。

 谷川は△31金打▲81竜とするが、すかさず△75桂痛打で攻守所を変えた。

 

 

 

 

 以下、▲76角の攻防手にも△42銀と落ち着いて受け、▲55桂△64角から飛車を奪って後手が勝ち。

 これでタイに戻した中原は、第3局第4局連勝し、谷川の「前名人」という不名誉な称号の返上を阻止したのである。

 

 


 (中原が谷川から名人をうばったシリーズで見せた「近づけて」がこちら

 (中原が谷川相手の名人戦で披露した歴史的大ポカはこちら

 (その他の将棋記事はこちらから)

 


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