佐々木勇気が、タイトル戦初勝利をあげた。
今期の竜王戦七番勝負第2局で、藤井聡太竜王(名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖)に快勝し、1勝1敗のタイに持ちこんだのだ。
佐々木勇気と藤井聡太と言えば、なにかと因縁があり、
「デビューから30連勝を阻止」
をはじめとして、アベマトーナメント決勝や、NHK杯決勝で2年連続当たるなど、インパクトのあるところで戦っている。
その後は、きびしい言い方をすれば、かなり差がついてしまった両者だが、個人的に、
「あれ? ちょっと勇気、藤井くんに勝つの大変?」
と感じたのが、この勝負からであった。
2018年、第1回アベマトーナメントの決勝3番勝負。
勝ち上がってきたのは藤井聡太七段と、佐々木勇気六段の2人だった。
双方とも優勝候補で、一番期待していたカードともいえるが、この決勝戦も1勝1敗で最終局に突入。
「ニュースター」藤井聡太に期待がかかるのはしょうがないが、それゆえに佐々木勇気も負けるわけにはいかない戦いだ。
将棋は佐々木が先手で、雁木模様に。
雁木はこの当時、かなり有力視されていた戦型だが、仕掛けるのが難しいということで、千日手になりやすいと言われていた。
実際、この駒組では角が使いにくく、どちらも攻めにくい。
先手は▲26角から▲45歩が見えるが、角が動いたときに△86歩から飛車先の歩を斬られるのはシャクだ。
かといって、千日手にするわけにもいかないが、ここで佐々木が独特の打開策を見せる。
▲77金が力強い手。
われわれの時代は、金が▲77や57に行くのは悪形とされていた。
こういう「足して偶数」のマスは角や桂馬の通り道で、それがモロに当たってねらわれやすいから。
だから、矢倉でも美濃でも銀冠でも、基本的な囲いはすべてそこを避けるのだが(▲67、▲78、▲49、▲58などに置く)、現代将棋はそんなもん気にしまへんと。
それよりも、△86歩を防ぎつつ、かつ金銀の厚みを主張するということで、以下こういう形に。
先手の攻撃陣も整ってきて、これ以上じっとはしていられないと、後手は△75歩から仕掛けていく。
そこから玉頭でもみ合って、この局面。
後手の猛攻で、先手陣は相当に乱されている。
特に金銀や▲85の歩の上ずってスキが多く、また7筋が素通しなのも怖い。
パッと見△72香とか打ちたいけど、藤井聡太のねらいは、そんな単調なものではなかった。
△86歩と打つのが、不思議な感触の手。
玉頭に拠点を作り、▲同金なら△53角の射程圏内に入って神経を使う。
とはいえ先手も取るしかなく、またそれで不安定だった▲76の銀にヒモがつくので、悪いことだけでもない。
そこで後手はどう指すか。
今度、香を打つのは▲76の銀がタダ取りできないし、角筋を生かそうと△65銀みたいな手でうまくいくとは思えない。
どうやるのかなーと見ていると、後手の手はまったく違うところに伸びるのだった。
△24香が、△86歩からの継続手。
これで田楽刺しが決まって、しかもコンビニおでんとちがい、具が飛車と角の豪華版。
先手が一杯食ったようだが、ここでスルドイ方は
「あれ? これ桂があるから、しのげるんでね?」
そう思われたかもしれない。
その通り。この田楽刺しは見事なように見えて、完璧ではなかった。
佐々木は▲25歩と打って、△同桂と香の利きをブラインドに入れてから、▲69飛とかわす。
後手は△37桂成と、ふたたび香を通すが、▲同角と手順に角も逃げて、投げ槍を空振りさせた。
だが、それも藤井聡太の読み筋で、ここで△74桂がきびしい。
先の△86歩は、この手をねらってのものだったのだ。
一見、▲同金で効果がないようだが、一転視線を右辺にやって、巧みに桂馬を入手すると、それを急所に打ちつける。
局面だけ見れば、さほど働いていない△33の桂が、△74にワープしたようなもので、うまく攻めるもんであるなあ。
▲96金に、△75銀と浴びせ倒して、▲67銀に△77歩。
カサにかかったパンチの連打で、先手玉はいつ仕留められてもおかしくない。
後手は△27香成と、こっちの香もソツなく活用。
ただ、佐々木も決死のねばりを見せ、徳俵でふんばり土俵を割らない。
そうして、クライマックスがここだった。
△77歩のビンタが強烈だが、ここをどう応じるか。
▲同桂か、玉を逃げるか。
時間に追われた佐々木は、とっさに▲77同桂と取ったが、これが敗着になった。
ここは▲88玉が、最後の勝負手だった。
これも先手玉は危険極まりなく、△87飛成とかで寄ってるかもしれないが、どっちにしても、これしかなかった。
終局後、佐々木勇気の第一声が、たしか、
「▲88玉でしたか」
だった記憶があるから、やはりポイントはそこだったのだ。
もっとも、1手5秒の超早指し戦で、この形は選べないのもわかるところだが。
▲77同桂は△97歩成とシンプルに成られ、▲同歩、△同角成で突破されている。
▲88歩に、△87歩、▲76銀左、△87金と強引にカチこんで、以下後手が勝ち。
佐々木勇気も力をふりしぼったが、最後は藤井聡太がそれを上回った。
このときの結果がインパクトあって、
「あれ? これちょっと、勇気の分が悪くね?」
いわゆる「格付け」的なものが、少々見えてしまったような感じだったのだ。
その予想は当たってしまい、その後公式戦でもアベマの大会でも連敗を重ね、昨年のNHK杯決勝まで、
「藤井聡太に、なかなか勝てない」
という周囲の声とともに、佐々木勇気は苦難の道を歩むことになるのだが、ここへきてNHK杯優勝に竜王戦挑戦と、大器がようやく爆発のきっかけをつかんだ。
「少年」のイメージも強い勇気だが、年齢もいつの間にか30歳。
「負けても経験」「これからいくらでもチャンスがある」とは言いにくくなっている。
伊藤匠叡王に続いて「佐々木勇気竜王」まで誕生すれば、ニューヒーローということで将棋界も、さらに盛り上がるはず。