「ヘボ将棋、王より飛車をかわいがり」 内藤國雄vs米長邦雄 1977年 名将戦

2024年11月10日 | 将棋・好手 妙手

 「ヘボ将棋、王より飛車をかわいがり」

 

 という格言には、苦笑とともに深くうなずかされるものである。

 これは本当で、飛車をいじめられて逃げ回っているうちに、いつの間にかがお留守になって、気がついたら寄せられてたなど、よくある話。

 どっこい、強い人というのは、そういうときの対処法も心得ており、今回はそういう将棋を。

 


 

 1977年名将戦

 内藤國雄九段と、米長邦雄八段の一戦。

 決勝3番勝負の第1局は、後手番になった内藤が三間飛車に振ると、米長は銀冠に組んで対抗。

 米長が後手の飛車を責めつつ、右辺にを作ると、内藤もその飛車を軽く転換し、玉頭戦に持ちこむ。

 むかえた、この局面。

 

 



 △85歩の玉頭攻めに、強く▲66桂と打ち返す。

 米長はこれで指せると見ていたそうで、実際、飛車の逃げ場所がむずかしそうだが、ここからの内藤の構想が見事だった。

 

 

 

 

 

   

 

 △86歩▲74桂△同金で、後手優勢。

 飛車取りにかまわず、玉頭を取りこむのが好判断。

 そもそも、後手は飛車を逃げようにも場所がないわけで、△84飛は、▲85歩、△同飛、▲86歩で受け止められるが、私みたいなヘボが指していたら、そうやってしまうかもしれない。

 そこを、「飛車? どうぞ、どうぞ」と、さわやかに、あげてしまう発想にシビれた。

 私がこの将棋を知ったのが、米長の書いた『米長の将棋』という本で、その「振り飛車編」の開口一番が、これなのだ。

 子供のころには、飛車桂交換後手優勢と言うのが、どうしても信じられず、何度も並べ直したものだ。

 たしかに今見ると、△74同金に本譜▲76銀と逃げても△87銀と打ちこむ追撃がきびしく、後手がいいんだろうけど(とはいえ私レベルじゃ勝ちきれませんが)、やっぱりすごい手だなあと感心する。

 △87銀以下、▲同金△同歩成▲同玉△86金▲78玉△48角成

 

 

 

 流れるような攻めで、まさに「自在流」内藤國雄の名調子だ。

 この局面、なんと先手が飛車丸得なのだが、安全度や駒の働きと、なにより勢いが違う。

 特に先手は▲43▲26飛車が、取り残されているのが哀しすぎ、やはり後手を持ちたいところであろう。

 米長は、なんとか逆転のタネをまこうと、とりあえず▲83歩とタタいて反撃。

 

 

 

 これまた、ぜひともおぼえておきたい手筋で、△同銀でも△同玉でも、が乱れていやらしい。

 このタタキ▲62歩とかを突き捨てるとか、とにかく苦しめのときは、で嫌がらせをするのが逆転のコツだ。

 本譜は△83同銀に、▲75歩△76金▲同金△75金▲同金△同馬

 そこで▲66金とふんばる。

 

 

 

 米長も得意の「泥沼流」でねばりにかかるが、そうはさせじと後手も△76金とへばりつく。

 ▲75金を取るのは、△67銀と先着されて、▲69玉△75金で寄せられるから、▲67金打と再度がんばる。

 後手は△66金と取って、▲同金△76金で同じ形が続く。

 

 

 

 ここでもう一回▲67金打なら千日手コースだが、そうなれば内藤は手を変えて、するどく踏みこんでくるかもしれない。

 それは危険だし、なにより勢いを重視する米長将棋では、あまり考えたくないところなのだ。

 そこで打開を検討したいわけだが、ならやはり、ここはぜひとも「あの駒」を活用したくなるものではないか。

 

 

 

 

 

 ▲36飛と取るのが、これまた寿命を半分に削ってでも、身につけておきたい感覚。

 この将棋は、ここまで後手の攻め駒が目一杯働いてるのと対照的に、先手は▲26飛車が、長らくボケたままであった。

 なので、ここはもうぜひとも、それこそ最後は負けたとしても、なんとかこれを活用したいと考えるのは、将棋を強くなるのに大事な感覚なのだ。

 実際、米長も苦戦を意識しながら、この手に関しては、

 


 「ある程度の清算」


 

 はあったので、思い切ってループを打開したのだ。

 勝負の方は、米長の気合に押されたのか、内藤が寄せを逃して逆転してしまう。

 といっても、具体的になにが悪かったのかはわからず、それだけ難解な上に、米長の勝負術が際立っていたということだろう。

 それにしても、おもしろい将棋で、米長もおどろかされた、飛車取りを放置して△86歩と取りこむ感覚に学びがある。

 最後の最後▲36飛と眠っていた獅子を活躍させようと「ねらっている」センスの良さとか。

 「強い人の将棋」って、こんなんなんやーと、目からウロコが落ちまくり。

 こんなもん一発目に見せられたら、そら『米長の将棋』に夢中になるわけで、もう暗記するほどに、むさぼり読んだものでした。カッケーわー。

 


 (米長が見せた飛車捨ての名手はこちら

 (森安秀光が米長に喰らわせた飛車捨ての珍手はこちら

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