大乗寺から筒井泉跡へ。
筒井とは、安城城周辺の七つ井(筒井、浅黄井、中井、桜井、柳井、梅ノ井、風呂井)の一つです。
筒井は、中でも名井であったと言われ、安城城の城主がこの水を茶の湯に使ったとされています。
1549年(天文18年)に竹千代(後の徳川家康)が人質となっていた織田家から岡崎へ戻る際、筒井の水を飲み、この水を大変気に入ったので、竹筒に入れて持ち帰ったことが「筒井」の名の由来と言われています。
市指定史跡 筒井泉跡 昭和43年4月1日指定
安城城周辺の台地の縁から水が湧き出す地があり、そのうち筒井、浅黄井、中井、桜井、柳井、 梅ノ井、風呂井の七カ所は「七ツ井」と呼ばれてきました。
天文18年(1549)、竹千代(のちの徳川家康)が人質となっていた織田家から岡崎への帰途、 筒井の水を飲んだと伝わります。その際、この水を大変気に入り竹筒に入れて持ち帰ったため、これが筒井の名前の由来となったとされます。
筒井は17世紀後半の成立とされる「諸国古城之図」「三河安城」にも描かれており、「此井戸ハ筒井ノ水ト云名水ナリ」と記されています。また、安城の城主が茶の湯に用いたといわれています。
現在、筒井の傍らには寛政7年(1795)に大乗寺の要月が建てた「筒井碑」、明治15年(1882)に同じく大乗寺の山口察祐が建てた「甘泉井碑」が残ります。(案内板より)
安祥城址公園のすぐ近くにあるので、セットで訪ねると良いでしょう。