京都市上京区寺の西園寺は、1224年(元仁元年)西園寺公経が北山殿内(現在の鹿苑寺の辺り)に同家の菩提寺として創建したもので、元仁元年(1224年)のの落慶法要の壮麗さは、藤原道長の法成寺をしのぐものだといわれたそうです。
公経が鎌倉幕府と関係があったことから、鎌倉時代には隆盛しましたたが、鎌倉幕府が滅亡するに及び衰退。
室町時代に入ると3代将軍足利義満がこの地に北山第(現在の鹿苑寺)の造営に伴い、1352年(文和元年)室町(上京区竹園町付近)に移り、1554年(天文23年)、縁誉が中興して浄土宗に改め、1590年(天正18年)現在の寺地に移されました。
宝樹山竹林院と号する浄土宗の寺である。
鎌倉幕府の太政大臣となった藤原公経が、元仁元年(1224)の衣笠山の麓に苑池を造り、池畔に本堂、寝殿など壮麗な堂宇を建てて、西園寺と称したのが当寺の始まりである。
以来、この寺名が子孫の家名となり、当寺も西園寺家の北山山荘として子孫に受け継がれた。しかし、足利義満が北山殿(金閣寺)を造営するに当たってその地を所望したたため、上京区の室町に移り、更に天正十八年(1590)にこの地に移転した。
現在の本堂は、天明の大火(1788)後に再建されたもので、正面には、明治、大正、昭和の三時代にわたって政界で活躍した西園寺公望の筆による寺号の額が掲げている。
また、堂内には恵心僧都の作と伝えられる本尊・阿弥陀如来像(重要文化財)を祀り、地蔵堂には、北山の衣笠山麓にあった西園寺の功徳蔵院の遺仏と伝えられる槌止め地蔵を安置している。(駒札より)
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