今回ご紹介するのは「スペードの3」(著:朝井リョウ)です。
-----内容-----
有名劇団のかつてのスター”つかさ様”のファンクラブ「ファミリア」を束ねる美知代。
ところがある時、ファミリアの均衡を乱す者が現れる。
つかさ様似の華やかな彼女は昔の同級生。
なぜ。
過去が呼び出され、思いがけない現実が押し寄せる。
息詰まる今を乗り越える切り札はどこに。
屈折と希望を描いた連作集。
-----感想-----
「第1章 スペードの3」
江崎(えさき)美知代は太田圭子、佐々木由加とともに”つかさ様”こと香北(こうほく)つかさのファンクラブ「ファミリア」を取り仕切っています。
「つかさ様はかつて、ある有名な大劇団の夢組に所属していた。」とあり、これは宝塚歌劇団がモデルだと思います。
冬のある日、海闊(かいかつ)劇場という劇場でファミリアが夜公演の出待ちをしているところから物語が始まります。
ファミリアには「家」と呼ばれる幹部組織があり、代々三人で構成されファミリアをまとめあげています。
今は美知代、圭子、由加が「家」を構成していて、「家」のメンバーになるとつかさ様のマネージャーの連絡先と、つかさ様が大劇団時代に初めて準トップスターを務めた舞台「ファミリア」で実際に使われていた王家の紋章のレプリカが渡されるとのことです。
この「家」のメンバーになっていることについて美知代は心の中で優越感を持っていました。
これはマネージャーの連絡先を教えてもらったり、ファンクラブを取り仕切ったりすることで、自分が他のファンクラブメンバーとは違う特別な存在になったように感じて嬉しいのだと思います。
美知代は大学を卒業して七年が経つとあったので29~30歳くらいだと思います。
最も長く「家」のメンバーを務めているのが美知代で、美知代の判断には誰も逆らうことができないとありました。
三人は仲が良いのかと思いきや、美知代と由加が圭子のいないところでお嬢様育ちな雰囲気があり活発にファミリアを取り仕切るタイプではない圭子の悪口を言っていたりして、そんなに仲良しではなさそうです。
また由加と圭子は正反対の性格をしていて、「家」のメンバーで一番気が強いのが由加とのことです。
美知代は姫々(きき)サービスポートという会社で働いています。
親会社の姫々は大規模な化粧品の会社で、美知代は本当はそちらに入社したかったのですがその夢は叶わず、変わりに親会社に在庫商品の発送を行う関連会社に就職しました。
しかし由加や圭子には姫々で働いていると言って見栄を張っています。
ある日、飯島というファミリアメンバーの紹介でファミリアに新しいメンバーが入ることになります。
その新しいメンバーを美知代、由加、圭子の三人で喫茶店で待っている時に美知代が他の二人は知らないつかさ様についての知識を話す場面がありました。
その際、どの雑誌に載っていたのかを聞いてくる圭子に対し美知代は答えずにはぐらかしていました。
雑誌の具体名を挙げれば、圭子はすぐにそれを手に入れようとするだろう。せっかくの珍しい知識を分け与えたくはない。
美知代はファミリア内で一番優位な立場を守りたいと思っていて、だいぶいじましい性格だと思いました。
やがて喫茶店に新たにファミリアに入りたいという人物がやってくると美知代は衝撃を受けます。
小学校6年生の時のクラスメイト、尾上(おのうえ)愛季と思われる人物で、美知代の動揺ぶりから見てかなり因縁があるようでした。
飯島とは中学校の同級生だったとのことで、飯島に呼ばれているように自身のことはアッキーやアキと呼んでと言っていました。
小学校六年生時代と今の物語が交互に進んでいき、二人の因縁が段々と分かっていきます。
尾上愛季は美知代のクラスに転校してきました。
美知代のクラスには五十嵐壮太という活発な男子がいて、美知代は壮太に恋心を持っています。
理科の授業で実験をしている時に次のような場面がありました。
壮太が、美知代の持つ白い紙の上に顔を被せてくる。壮太の顔の形をした影が自分の手首のあたりに落ちて、美知代はそのあたりにほんのりとした熱を感じた。
影になると温度は下がるものですが美知代は影になった部分が熱っぽくなっていて、恋心が上手く表現されていました。
そして美知代は尾上愛季が転校してきてクラスで自己紹介をした時に壮太の反応を見ていて、愛季のことよりも自身が好きな壮太が転校生の女子に興味を持つのかを気にしていました。
これもまたいじましくて、子供の頃から変わらずいじましいのだなと思います。
美知代は胸中で「愛季は間違いなく、このクラスの誰よりもかわいい。」と語っていて、その可愛さに壮太が気を引かれるかも知れないと思ったようです。
美知代のクラスには明元むつ美という容姿に恵まれず性格も暗く、クラスで孤立している子がいるのですが、美知代はむつ美を自身のグループに入れています。
ただし美知代はむつ美のことを気づかってグループに入れたわけではなく、自身のクラス内での評価を高めるために入れていました。
むつ美を見ながら心の中で「よかったね、私がいて。」などとも言っていて、美知代の傲慢さは目に余るものがあります。
読んでいくと美知代はやはり壮太が好きなことがよく分かります。
そして相太は美知代ではなく愛季が好きです。
そんな中、六年生の夏の終わり、美知代は初めて学級委員の選挙に敗れ、クラスを取り仕切っていた権勢に陰りが見え始めます。
現在の美知代とアキが二人で話す場面があり、アキの言葉が怖かったです。
「小学校のときと同じだね」
「私、いまの美知代ちゃん見てると、昔を思い出すよ」
「美知代ちゃんは、この世界で、また学級委員になったつもりでいるの?」
アキの登場によりファミリアで権勢を誇っていた美知代の日々が段々おかしくなっていきます。
美知代が愛季達数人と修学旅行のしおりを作っていた時、しおりを自身の意のままに作ろうとする美知代に愛季が「美知代ちゃん、なんでもひとりでやろうとしすぎだよ」と言っていました。
段々と何でも美知代の思ったとおりにはならなくなってきます。
ファミリア内ではやがて意見の対立が表面化します。
アキが美知代に対して言った言葉は強烈でした。
「家、ってつまり、学級委員でしょう。つかさ様に詳しい人から順番に偉いって、そんなたったひとつの項目で人のこと順位づけるの、もうやめようよ」
「同じ学校に通って、同じ授業を受けて同じ給食を食べて……もうあのときみたいに、みんな同じ条件で生きているわけじゃないんだから」
「だから、何かひとつだけの項目で順位をつけるなんて、そんなこともう無理なんだよ」
「そんなこともう無理なんだよ」が特に印象的でした。
未だに学級委員のような権勢を欲しがる美知代にアキが呆れながら諭していました。
この話は終盤にどんでん返しがあり、この展開は驚きでした。
辻村深月さんの
「太陽の坐る場所」と似た展開になりました。
そしてアキと美知代が二人で話すのはやはり怖いなと思いました。
「第2章 ハートの2」
これは中学校時代の明元むつ美の物語です。
むつ美は美知代や愛季達の学年でただ一人別の中学校に行きました。
「そのことが嬉しい」と胸中で言っていて、やはりあのクラスのことは嫌だったようです。
入学式から4日目、同じクラスの木村志津香がむつ美に話しかけてきます。
むつ美は志津香の様子を見て
「この子は、わざと廊下の真ん中に立ち止まったり、大きな声を出したり、そのことを周りが気にしていることを気にしていないふうを装うことによって、大切な何かを守っている」と胸中で語っていて、これは深い言葉だなと思いました。
自身の立つ場所を確立したいのだと思います。
志津香に一緒に演劇部に入ろうと誘われ、むつ美は演劇部に入る決心をします。
そして志津香と友達になれそうなのを喜びます。
むつ美は演劇部の美術班になり、志津香は演技班になります。
むつ美は演劇部2年生の坂町伸一郎先輩が好きで心の中で想いを寄せています。
そして第1章に登場した飯島も同じ中学校でむつ美や志津香と同学年で演劇部に入っています。
飯島はこの時から既に舞台やミュージカルが好きだったようで、そこからやがて”つかさ様”のファンクラブに入ることになりました。
7月、一学期の終業式の後に行われる夏公演をもって三年生が引退し、坂町伸一郎が部長になります。
演劇部の人数も7人に減ったためむつ美も公演に出ないかと言われますが、容姿に強烈なコンプレックスを持つむつ美は「絶対むり」と断っていました。
飯島の家にむつ美と志津香が集まりミュージカルの新人公演のビデオを見ていた時、新人時代の香北つかさが登場しました。
むつ美はつかさが愛季に似ていると思います。
そしてつかさが自分とも少しだけ似ているかも知れないと思いました。
自分と少しだけ似ているつかさの活躍を見てむつ美は勇気をもらっていました。
春休みになり演劇部は新入生歓迎公演の準備をします。
むつ美達がむらみか先輩と呼んでいる村井実花子は最初下級生にそっけなかったりよそよそしかったりする印象があったのですが、途中でそうではないことが分かりました。
志津香は外見に一つ問題があるのですが、むらみか先輩は公演が近づくと余計なことは言わずに必ずその問題に力を添えてくれていました。
そんな二人を見てむつ美は思うことがありました。
志津香には、むらみか先輩がいた。自分には一体、誰がいるのだろう。
外見の問題を助けてくれる人は、むつ美の前には現れていないです。
この話でむつ美は美知代のことを「学級委員のあの子」と呼んでいました。
かつて美知代が思っていたような「自分を気にかけてくれる偉大な人」とは思っていないことがよく分かる呼び方でした。
「第3章 ダイヤのエース」
この話は香北つかさが語り手で、第一章の終盤で「芸能界引退」と名前の出た人気絶頂の芸能人、沖乃原円(おきのはらまどか)の引退会見の記事から始まります。
つかさと円は同い年の36歳で、同じ年に日本舞踊学校に入学しました。
このモデルは宝塚音楽学校だと思います。
つかさは大劇団の夢組を卒業して四年が経ちます。
しかしつかさには円と違いテレビ出演の依頼はほとんど来ないです。
つかさと円は二人とも夢組でつかさは男役、円は娘役のそれぞれ準トップスターでした。
この話は第一章と同じ時期で、第一章の序盤で美知代達ファミリアがファンレターや贈り物を渡した時の場面がつかさの視点で描かれていました。
つかさと円は同じ事務所なのですが、マネージャーが「円が明日事務所に来る」と言った時、つかさの反応は素っ気なかったです。
「……円さん、つかささんに会いたがってるみたいですよ」と言っても「そう」としか言わず、歓迎していないのは明らかでした。
先に大劇団を退団した円は退団してすぐ事務所の看板女優になり、姫々の広告に何年も使われていたりもして、そんな円を妬んでいるようにも見えました。
つかさが休日に実家に帰って母親と話していた時、第一章にもあった「黄色いストール」の話が出てきました。
このストールにどんな意味があるのかとても気になりました。
また、つかさには円の引退会見の日から毎日書いている文章があり、これも何が書いてあるのか気になりました。
円には「家が貧乏」「両親が離婚し父親と離ればなれ」「学校時代は問題児だった」など、いかにもテレビが好みそうな「物語」があります。
対してつかさにはそういった「物語」はないです。
そしてつかさが欲しくて欲しくてたまらないのが円のような「物語」です。
この話では序盤で日本舞踊学校時代につかさと円がこれから実技試験を行う受験生の前でバレエの模範演技をする場面がありました。
その際、円が受験生では気づかないようなほんのわずかなミスをし、一方のつかさは抜群の演技をしていました。
「受験生はつかさを見るが、講師は円を見る」とあったので、受験生がつかさの演技に魅了されたのに対し、講師は円のわずかなミスを見逃していなくてさすがだなと思いました。
そして終盤に「同級生はつかさの姿を見るが講師は円の姿を見る」という似た描写が出てきました。
それを見るとかつて講師は単に円がわずかなミスをしたから見ていたわけではないことが分かり、この描写は奥が深いなと思いました。
両者の歌劇を行う人としての生まれながらのタイプの違いが描かれていました。
つかさの「物語」についての思いは印象的でした。
この人はこんな仕事をしているのだから、こんな物語を背負っているはずだ。
こんなものを生んだからには、この余白にはこんな言葉が当てはまるはずだ。
こんな背景から生まれたものだから、美しいのだ。
これは呪いだ。
物語を持たないつかさにとって周りからの物語への期待は呪いに見えていました。
また、つかさと円が事務所で話した場面で印象的なものがありました。
「がんばってね」
円はちらりと、つかさの目を見た。
「……ごめんね」
円はつかさに「がんばってね」と言いますが、つかさの目を見て「がんばってね」とは全く違う「ごめんね」という言葉を言っていました。
自身の「がんばってね」という言葉はつかさを元気づけるどころか不快にさせたことを悟ったようです。
自身がつかさにどう思われているかを目の当たりにしたということでもあり、これは円にとっては胸が苦しかったと思います。
一方のつかさも円からかけられた「がんばってね」という言葉を素直に受け止めることも表面上だけ受け止めることもできず、不快感が目の色に出てしまいました。
罵倒するような言葉ではなく応援する言葉なのに不快になるのはその人物のことが心底嫌いということであり、同級生で同じ夢組に所属していたのにこれだけ嫌いになってしまうのは寂しいものだと思います。
それでも最後つかさが「物語」の呪縛から解き放たれ、気持ちに整理をつけることができたのは良かったです。
円に抱いていたわだかまりからも解き放たれたような気がします。
つかさはつかさのペースで、演技をする人としてこれからも芸能分野で活躍していってほしいと思います。
第1章では思惑や動揺、第2章では悩み、第3章では葛藤といった心の動きが描かれていて面白かったです。
どの心の動きも爽やかなものではないのですが、それでもどの章も最後にはこの先に希望が持てる終わり方をしていたので良かったです。
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