昨日のウォーキングは、9時過ぎに電車(JR阪和線)で和歌山方面へ30分程行った所の泉南市の和泉砂川駅です。
先日にお話しした高校時代の遠足で訪れた場所です。
昭和の初期に「第二の宝塚」を目指して開発された砂川遊園があったそうで、大阪府下でも指折りの娯楽地だったとの話。
砂川遊園最大の目玉だったのが「砂川奇勝」だったそうです。
高校の卒業写真に「砂川」の集合写真があり、当時700~800人でバスで行ったことになるがあまり覚えていない。
写真は学生服に帽子も被っていて、バックに景勝地の砂山(岩?)が写っています。
この想い出の奇勝が見たくて50年ぶりに来たのです。
駅から15~20分程の近さのようでしたが、道を間違って進んでいました。
山の方向へどんどん上がって行きますが、住宅街ばっかりでそれらしき公園が見つかりません。
丘陵地帯を上がった辺りに大きな宗教施設があり、歩いていたおばあちゃんに奇勝公園を聞いてみたら、やはり方向が違っていました。
言われた方向にまた昇って行きますが相変わらず住宅街が続きます。
そこでも歩いていたおばちゃんに聞くと、もう近くまで来ていましたが、公園は分かりません。
また、おっちゃんに聞いてやっとこさ着きましたが、当時の広大?な奇勝地はなく、公園の中に一部が残された状態です。
「砂川奇勝」は、洪積期(200万年前?)に海の底の砂や粘土が積み重なったものが隆起し丘陵になったもので、この丘陵は雨水によって削られて変形していき、砂が流れる川のように見えたことから「砂川」の名がつけられたそうです。
この公園内には誰も居ず、一人で砂山を昇って行ったら、垂直な崖等の一部が残っており、そこからは関空の連絡橋が見えました。
白い凸凹の砂山、緑の松と当時の面影を残していますが、昔の想い出の遠足地を訪れる者はいないのでしょう・・・
イッシー