外国だけが情報不足なのか 文中黒字化は芥川に依る。
地震が起きた3月11日からしばらく、インターネットに流れるフランスのテレビニュースを見ていた。地震の当日、リポーターは北京から惨状を報じた。東アジアの拠点を恵只から北京に移していたからである。
リポーターは来日し、翌日は東京に立った。しかし、次に彼が立ったのは大阪だった。そして、ニュースは幼児連れのフランス人若夫婦がパリの空港で、出迎えの親と涙を流しながら抱き合う場面を映し出した。
メディアの関心は地震・津波の被害から原子力発電所の事故に移っていた。リポーターが大阪に移動すれば、「東京は危ない」という信号になる。仏ルモンド紙に、チェルノブイリならぬ「チェルニッポン」なる言葉が登場したのもこの頃である。
フランスに限らない。一方では日本人の勇気や自制心がた毒えられ、各国の支援の動きも素早かった。しかし、もう一方では東京脱出や帰国のラッシュが始まっていた。一外国企業が大阪のホテルを700室押さえた、という話も耳に入ってきた。
そうした動きに、不快感とはいわないまでも違和感を覚えた日本人も多かっただろう。情報が正しく伝わっていない外国人が過剰に反応し、日本を見捨ててるかのような行動に出ているのではないか、と。
確かに不安をあおるような報道、誤報は目についた。花粉症対策のマスク姿が、あたかも放射性物質を恐れているからのように報じられてもいた。だから、外国向けにもっと正確な情報を発信する努力をしなければならないという意見が強くなる。
しかし、正確な情報、知りたい情報を得られなかったのは外国メディアや外国人だけだったのだろうか。外国に映っているのは、日本の情報の出し方そのものの問題ではないか。巨大地震から1ヵ月を経て、そんな思いを強くしている。
3月末、外務省や経済産業省などが東京で外資系企業を集め、震災と原発事故の現況を説明した。出席者によれば、企業の関心は原発事故に集中し、特に「最悪のシナリオとしてどんな事態が考えられるのか」という質問が相次いだ。
社員の安全や保険がからむ。起こりうる「最悪」を念頭に対策を考えるのは組織にとって当然であり、原発事故が起きて以来の東京脱出の動きも、そうした趣旨だと理解できる。「社員の来日にはイラク行きと同じ最高レベルの決裁が要る」という外資系企業もあったのだ。
これに対し、政府側の答えは「適切に対処している」「1日も早く事態を収束するよう全力を尽くす」の一点張りだったという。「安心してほしいと言っていることは分かるが、安心できる情報は何一つなかった」と出席者は振り返る。
質問をはぐらかす物言い。じつは日本の記者会見でおなじみである。近くは今月13日、清水正孝・東京電力社長が収束の見通しなどを聞かれ、「1日も早く」 「全力を挙げて」と繰り返したのが記憶に新しい。
1日前の12日には、原発事故の深刻度を示す国際評価尺度を最悪の「レベル7」に引き上げるという発表があった。「事故後1力月もたってからチェルノブイリと同等だとは……」。外国メディアや外国人の中に、改めて情報の出しかたに不信感や憤りが生まれたが、それは国内メディアや日本人が受けた感覚と同じであろう。
同じ日に菅直人首相は記者会見で、東電に事故収拾に向けた見通しを示すよう指示したと語った。
「一番知りたいことについて、今まで首相は何の指示も出していなかったのか」。こちらはむしろ、驚きに近い。それも内外に共通である。
日本語に堪能なスイス人ジャーナリストのM・クインタナ氏は、「日本では、原子力についての正確な情報を速やかに、積極的に出すということに抵抗感かおるのではないか。情報を出すタイミングが管理されていると感じる」と指摘したうえで、日本語に潜む問題を挙げる。
「政府の発表やニュースには、『~と思われる』という主語のない文章、『~は否定できない』といった言い回しがたくさん出てくる。外国語に論理的に訳しようがないし、もし悪意があれば、こうした曖昧な特徴を使って誰も責任をとらずにいくらでも好きなことが言える」
巨大地震と津波、そして原発事故は世界にとって大事だった。世界がニュースを追い求めたこの1ヵ月余りで明らかになったのは、政府や東電から発表される情報の中身と必要とされる情報の落差である。得られる情報量に国内外の差はあったに違いないが、それはおそらく、本質的な問題ではない。
論説委員 小林 省太
地震が起きた3月11日からしばらく、インターネットに流れるフランスのテレビニュースを見ていた。地震の当日、リポーターは北京から惨状を報じた。東アジアの拠点を恵只から北京に移していたからである。
リポーターは来日し、翌日は東京に立った。しかし、次に彼が立ったのは大阪だった。そして、ニュースは幼児連れのフランス人若夫婦がパリの空港で、出迎えの親と涙を流しながら抱き合う場面を映し出した。
メディアの関心は地震・津波の被害から原子力発電所の事故に移っていた。リポーターが大阪に移動すれば、「東京は危ない」という信号になる。仏ルモンド紙に、チェルノブイリならぬ「チェルニッポン」なる言葉が登場したのもこの頃である。
フランスに限らない。一方では日本人の勇気や自制心がた毒えられ、各国の支援の動きも素早かった。しかし、もう一方では東京脱出や帰国のラッシュが始まっていた。一外国企業が大阪のホテルを700室押さえた、という話も耳に入ってきた。
そうした動きに、不快感とはいわないまでも違和感を覚えた日本人も多かっただろう。情報が正しく伝わっていない外国人が過剰に反応し、日本を見捨ててるかのような行動に出ているのではないか、と。
確かに不安をあおるような報道、誤報は目についた。花粉症対策のマスク姿が、あたかも放射性物質を恐れているからのように報じられてもいた。だから、外国向けにもっと正確な情報を発信する努力をしなければならないという意見が強くなる。
しかし、正確な情報、知りたい情報を得られなかったのは外国メディアや外国人だけだったのだろうか。外国に映っているのは、日本の情報の出し方そのものの問題ではないか。巨大地震から1ヵ月を経て、そんな思いを強くしている。
3月末、外務省や経済産業省などが東京で外資系企業を集め、震災と原発事故の現況を説明した。出席者によれば、企業の関心は原発事故に集中し、特に「最悪のシナリオとしてどんな事態が考えられるのか」という質問が相次いだ。
社員の安全や保険がからむ。起こりうる「最悪」を念頭に対策を考えるのは組織にとって当然であり、原発事故が起きて以来の東京脱出の動きも、そうした趣旨だと理解できる。「社員の来日にはイラク行きと同じ最高レベルの決裁が要る」という外資系企業もあったのだ。
これに対し、政府側の答えは「適切に対処している」「1日も早く事態を収束するよう全力を尽くす」の一点張りだったという。「安心してほしいと言っていることは分かるが、安心できる情報は何一つなかった」と出席者は振り返る。
質問をはぐらかす物言い。じつは日本の記者会見でおなじみである。近くは今月13日、清水正孝・東京電力社長が収束の見通しなどを聞かれ、「1日も早く」 「全力を挙げて」と繰り返したのが記憶に新しい。
1日前の12日には、原発事故の深刻度を示す国際評価尺度を最悪の「レベル7」に引き上げるという発表があった。「事故後1力月もたってからチェルノブイリと同等だとは……」。外国メディアや外国人の中に、改めて情報の出しかたに不信感や憤りが生まれたが、それは国内メディアや日本人が受けた感覚と同じであろう。
同じ日に菅直人首相は記者会見で、東電に事故収拾に向けた見通しを示すよう指示したと語った。
「一番知りたいことについて、今まで首相は何の指示も出していなかったのか」。こちらはむしろ、驚きに近い。それも内外に共通である。
日本語に堪能なスイス人ジャーナリストのM・クインタナ氏は、「日本では、原子力についての正確な情報を速やかに、積極的に出すということに抵抗感かおるのではないか。情報を出すタイミングが管理されていると感じる」と指摘したうえで、日本語に潜む問題を挙げる。
「政府の発表やニュースには、『~と思われる』という主語のない文章、『~は否定できない』といった言い回しがたくさん出てくる。外国語に論理的に訳しようがないし、もし悪意があれば、こうした曖昧な特徴を使って誰も責任をとらずにいくらでも好きなことが言える」
巨大地震と津波、そして原発事故は世界にとって大事だった。世界がニュースを追い求めたこの1ヵ月余りで明らかになったのは、政府や東電から発表される情報の中身と必要とされる情報の落差である。得られる情報量に国内外の差はあったに違いないが、それはおそらく、本質的な問題ではない。
論説委員 小林 省太