江戸の退屈御家人

世の中のいろいろ面白いことを野次馬根性で・・・・

再度 お雛様

2013年02月28日 20時56分40秒 | Weblog

  近所の老舗の和菓子屋に、雛人形と草餅を並べていた。

今日は2月28日。新潟瓢湖の白鳥がシベリヤに帰り始めた。春が近づいている。

  下萌や 知らぬ野鳥が 餌ねだる    六訥

明日から3月。3月3日は雛の節句。3月5日は啓蟄・・冬籠りしていた虫が姿を表すころ。


水天宮&人形町

2013年02月21日 22時11分04秒 | Weblog
今日は、俳句の句会が、中央区人形町区民館の1室を借りて行われた。

午後1時半開始だから、午前中は浜町の明治座先の、中央区体育館でアスレチックジムを利用して運動。
いやー、朝から多くの人が体育施設を利用しているね。
予想外の盛況だ。場所柄、午前中、運動して午後から夜にかけて、大いに儲けようとしているのかな?それはわからんが、結構の人だ。おばさんが多いね。

我輩も午前中、ジムでジョギング。あと少し筋トレして昼食に、人形町を歩くと、700円ですき焼きランチ定食の店があり、これに入る。
いやー。この辺の労働者を想定してか、多量のお肉。値段から決して良い肉とは思えないが、それなりに工夫して、当店の8割の方が注文されますと。
たっぷり食ったよ。腹2杯という感じ。場所柄、食い物にはうるさそうだ。何しろ、有名老舗がある激戦地域だ。

その後、句会に行くが、少し時間あり、水天宮を訪問。

さすが、安産の神様



一族そろって、お礼まいり記念か。いい光景である。



人形町の標識



では、人形町とは?  評識にいわく。

人形町は、江戸開府の20年後には、江戸唯一の歓楽街としてにぎわった。
芝居の中村座、市村座が江戸2座として歌舞伎が上演された。

その他、人形繰り芝居、浄瑠璃芝居、見世物小屋が軒を並べ、それらに携わる人形師たちがこの町に住んでいたことから、
人形丁通りと呼ばれ、これが町名になっていた。

正式に人形町という町名は、関東大震災後の区画整理後の昭和8年からであると。

なるほど。分かった。

近くに、富くじを初めてやった、椙の森神社がある。



もう少し先には、日本銀行がある。




テニス 日本リーグ in 横浜国際プール

2013年02月17日 12時42分18秒 | Weblog
テニス日本リーグの準決勝を見に横浜国際プールまで行った。すごく立派な飛び込みプールに床を張ってテニスコートに利用しており、千駄ヶ谷の東京体育館に勝るとも劣らない。素晴らしい施設。







 男子は リビック対エキスパートパワーズシズオカ  と ライフ・エヌ・ピー対イカイ
 女子は リビック対リコー  と 島津製作所対テニスユニバース  だった。試合はそこそこに面白かった。3試合で勝敗を決める。吾輩はどちらが勝っても直接関係ない。あすは決勝戦。

田園都市線であざみ野乗り換え、横浜市営地下鉄ブルーライン&グリーンラインで北山田駅。
ここに横浜国際プール、関連運動施設がある。
西に冠雪の富士、南に横浜ランドマークタワーが見える。環境がいい。近代化している街。

港北ニュータウンはいつごろか建設し始めたのかな?

私が結婚後初めて住んだのが港南台住宅。その時、港南区は横浜市の地図になっかった。
三越デパートで買い物をして送ってもらおうとしたら、港南区なんてありませんと言われて、オイオイオイ、恐ろしく田舎に来たもんだと驚愕したね。その住居のそばに、横浜横須賀高速つまり今の横横線を掘っていた記憶がある。
 あれから40年ぐらいかな。港北地域はまだ全然開発してなかったはず。つまり、扇谷上杉氏支配の中世の相模の国とあまり違わない地域だったはず。
 その後、急速に横浜・東京のベッドタウンとして開発された田園都市線沿線、そしてそれを追う形の横浜市営地下鉄。

このあたりは丘陵地帯で田畑が少なく、したがって中世以来開拓が遅れ、人口の少ない地域だったのだろう。
だから今、さくら台、青葉台、千草台、梅が丘、つつじヶ丘、さつきが丘、松風台、柿の木台等々のおよそ歴史的意味のある名前がほとんどない丘陵地帯に、植物名を付けた突然近代都市が建設されたようだ。地下鉄はブルーラインやグリーンラインでよくわかるがなんか味気ないし能がない。

だから、横浜市営鉄道は巨額のインフラ投資で巨額の債務を抱えている。横浜市そのものも同様。
国際プールも横浜市営で運営は委託業者が行っている。スポーツジムは500円で中央区の区民以外400円よりだいぶ割高。どれぐらいの赤字を出しているか、人ごとながら心配。

そこで、北山田駅、あざみ野駅のように、何もない丘陵地に突然近代的な地下鉄と道路、マンション等の近代的居住環境ができたという意味のようだ。ロシアと違って大きな都市計画ができにくいのは、日本的かも。

でも、多くの人があふれている。あと30年後にはどうなるか?多摩ニュータウンや千里ニュータウンがオールドタウンとなりつつあるのは他山の石か。

中央区に江戸のおもかげ

2013年02月14日 19時14分58秒 | Weblog
隅田川沿いの人形町、浜町明治座斜め前の中央区総合スポーツセンターのジムに行く途中、
江戸の名前を見ましたよ。

小伝馬町牢屋と処刑場跡


吉田松陰終焉の地の碑と解説文




石町、時の鐘(時計のなかった時代、鐘をついて時刻を知らせた、その鐘)



近くに「お富さん」、歌舞伎の世は情け浮きなの横櫛だったけ、の玄冶店「医者の名前とその住居跡」と説明文





日本橋小網神社


甘酒横丁と しゃも鍋の「玉ひで」

池袋サンシャイン水族館

2013年02月12日 19時36分15秒 | Weblog
今日は散歩がてらに、池袋サンシャイン水族館を見学。
休日明けの火曜のせいか、幼児たち+母親 と老人組が多かったね。

最近、どこへ行っても徘徊している老人を見かける。吾輩もそのひとりだろうと思うと、
内心忸怩たるものがあるネ。

でも水族館は初めてだが、心が洗われるね。人間やはり海から来たのだと。











そのあと、サンシャインビルの東北の一角に、旧巣鴨プリズンと絞首刑場の後に慰霊碑がある。


2月11日は建国記念の日

2013年02月11日 18時02分09秒 | Weblog
散歩に明治神宮を歩いてたら、なにか太鼓の音が聞こえる。
何かイベントかなとのぞいてみると、たくさんの神輿が神殿前で練っている。
よく見ると、建国記念日慶祝集合だ。そりゃ明治天皇の神社の前で建国記念を祝うのは理にかなっている。









NHKの前で、1人の若い男がNHKの偏向を指弾していた。ようするに、親中国より・親韓国よりの番組が多いとの批判のようだ。

確かに数年前までは親中国・親韓国も意識せず受け入れてきた人が多いが、昨年来の国境紛争をめぐって
きれいごとでは済まされないという国民意識が変わってきたな。

何しろ、いままでが異常過ぎたのだから。

立春…江戸の春

2013年02月05日 20時14分20秒 | Weblog
2月4日は二十四節季の立春。

外国旅行をしてくると日本人の季節に関する感性の深さに感嘆するね。

たまたまロシア旅行中に突然私の実兄が急死し通夜葬儀があれよあれよという間に組まれ、サンクトぺテルブルグからは急遽帰る飛行機がなく不可能。
電話で兄嫁にゴメンゴメンといって2月4日の立春の日に姫路に行ってきた。

2月4日は立春。新幹線からみる播州平野は立春というより、二十四節季の次の「雨水」という感じ。
全体に地面から湿度が立ちあがる、おぼろ的な風情であった。やはりわが故郷はいい土地だ。

日帰りで姫路の実家から帰って、半月ぶりに、今日5日は久しぶりに平日の「卦」の生活に戻った。

 久しぶりに、神田神保町の「イモや」でとんかつ定食を食う。(イモや は神保町中心に、昔の「のれん分け」で兄弟店をもっている「てんぷらや」のグループ。今なら7-11とか河童寿司チィエーンの元祖かな。

千代田区図書館で、老人健康・医療の本を探す。

何しろ、実兄なのが急死したのは、時々現役のサラリーマンに生じる「夜明け前の突然死」みたいだ。
診断書も急性呼吸不全とか。ようは突然死。急性心不全だ。死因はようするにわからんということ。天皇陛下と同年なのだ。

その急死した兄がわずか2日前に、入院している妹の亭主・義弟を見舞いに行って、顔色がいいから大丈夫だよと言っていたと。
 吾輩は一番下だから、兄のお悔やみと、姉の亭主・義兄のお見舞いに行きましたよ。
同氏は退職自由人で、吾輩ほど知的助平根性はなく、ひたすらスポーツジム通いと囲碁クラブのお楽しみとか。それが、ジムの後、水風呂に入って風邪をひき数日寝込んでいてさらに容体が悪いと急遽入院したとか。酸素マスクと点滴のみ。   オイオイオイ、いったい何してんだ! 
 ゴッドマザーの姉は、これじゃ入院の意味がないと、ちゃんとした呼吸器の医者のいる病院に転移すると。

そこで分かったね。前期高齢者の吾輩自身も、着実に老化が進んでいる。
いつどんなハップニングが生じるか分からない。循環器系はそれなりに血圧とか教えているが、
呼吸器系はあまり情報がない。 それで今日、図書館で「肺の生活習慣病」という本を詠んだという訳。

吾輩に一族は、どうも呼吸器系があまり強くないようだ。
吾輩自身も肺気腫とかなんかの死因かなと覚悟している。 いつ死んでもいいように、覚悟覚悟を、65から考えだしたよ。チンも弱くなったしな。

それはそれ、でも着実に、立春・春ですがな!
ロシアも着実に近代化の春が来ていますよ。

そして「ガラパゴス・ジャパン」は一体どうするの? といっている立春です。

そして、明日、立春の翌日に大雪が降ると予想されている。

すべて、「時間は、ただ進む 歳月は 無慈悲」。


  「寒梅の 匂ひ ふくいく 汐見坂」   江戸城の春の香です。

サンクト・ぺルブルグは、日本の元禄時代に形成され、栄光を輝かせたのち、大正時代に革命で滅んだ栄光の歴史だった。

ロシア旅行

2013年02月03日 21時18分07秒 | Weblog
1、1月27日から2月2日までロシア旅行。
寒いと脅かされていたが予想より寒くない。特に旅行者が行くような室内は暖房完備だ。
2、今回の旅行はJLがB787の新鋭機を導入することで燃料サーチャージを掛けずに安くできる商品。だから老人夫婦とか老人一人組が73名も参加の大部隊。
3、しかしB787はバッテリー不調で全面ストップ。そのあおりで機材やりくりに苦労し多様。行きはなんとか代替機ができたが、帰りは機材の手配ができず、モスクワからエアロフロートでフランクフルトに行き、ここで日航のヨーロッパ便に詰め込んで帰るという日程。
4、ロシアは思ったより近代化しており、ヨーロッパの国と大して変わらない。お国柄、情報が圧倒的に少ないので、事前にロシア史を勉強していたが、現代ロシアは団体旅行という繭に包まれた旅行者には、垣間見ることが少なかったね。
5、学者の説明より、いまは亡き米原万理さんのエッセイがよく書いてあり理解できたね。
6、サンクトペテルブルグは観光地の最たるものだが、ロマノフ王朝の歴史がうずもれて居るしモスクワはギリシャ正教がら離脱したロシア正教の総本山なのだろう。政教一致の東ローマ帝国が滅ぼされた後、ギリシャ正教の本家を引き継ぐ形がロシア正教なのだろう。


   
  朝9時半ごろに夜明けのロシアでは、8時ごろには、stペテルブルグの凱旋門(対ナポレオン戦争)の前、バス停で多くの労働者が地下鉄から乗り換えて出勤していた。



  セルギーエフ大修道院。ロシアの宗教界がレーニン共産党政権下弾圧され、その後スターリンの対独戦争推進のために宗教を認めるという大変動を経験したとか。



  エルミタージュ美術館の大使の階段



  クレムリンの壁のなかにいろいろの由緒ある寺院がある。