第2章 傘もささずに(1)
雨がシトシトと、降り続けている。
土砂降りというほど激しい雨ではない。
けれどもしっかりとした水滴が、常に慎平の差す傘の表面を打ち付けていた。
季節は梅雨。
外に出るのが鬱陶しい季節である。
気温は丁度いいのだ。夏が好きな慎平にとっては、ちょっと汗ばむくらいのこの季節の温度と湿度は、むしろ歓迎するものである。
しかし、雨がいけない。
雨、雨、雨……ずうっと雨。
傘を差しても…… 水溜まりで、足が濡れる。横殴りの雨で、下半身を中心に、体が濡れてしまう。
体が濡れると、慎平の不愉快指数は上がっていく。
そんな中、不愉快指数を忘れるようなものが、慎平の目に入った。
――絵画コンクール……
町の掲示板にそのポスターは張ってあった。
全国的なコンクールらしい。優秀作品は東京の美術館に展示されると書いてある。
面白そうだな、と慎平は思った。
慎平は極めて楽観的な性格である。
この時も、慎平は自分が出せば佳作くらいには入るのではないかと本気で考えていた。
どこからこの自信が湧いて出てくるのだろうか。
まだ慎平はほとんど自分の絵を描いたことがない。
そんな中、この自信である。慎平は極めて無知であり、馬鹿な性格でもあるのだ。
「出してみるか、な」
慎平はこの数ヶ月、いろんな絵を見て回った。
そうやって様々な、他人の描いた絵を見ているうちに、自分でも描いてみたい、という欲求が慎平の中で大きくなってきていた。
ヒトの描いた偉大な絵を見ているうちに、『自分でもこれくらい描けるんじゃあ?』などというよこしまな考えも起きてきている。
そのときである。慎平は、背後に人の気配を感じた。
慎平が振り向いて後ろを見ると、そこにはニヤニヤと不敵に笑う男が立っていた。
男は傘を差していなかった。
その代わりに、濃紺のレインコートを着ていた。
男の顔はフードでよく見えない。けれども歳の頃は慎平とさほど変わらないような感じがする。
不自然な笑顔。覗いたその口元に、虫唾が走る。
慎平は男をそのままにして、その場を去ろうとした。
すると、
「ちょっと待って」
男は慎平を呼び止めた。
慎平はそれに、
「なんか用?」
と、いかにも不機嫌そうに応える。
「キミ、絵を描くの?」
男は言った。その真意は全く掴めない。
「なんで?」
慎平は思わずそう答えてから、後悔した。
返事をする必要などなかった。無視すればよかったのだ。
「このポスターを熱心に見てたから」
「あぁ……関係ねえじゃん」
慎平は体を向き直し、その場から去ろうと思った。
しかし、この後の男の突拍子もない言葉に、再度体を振り向けることになった。
「この絵画教室に入らない?」
「ハァ?」
思わず力が抜けた。
なんだ勧誘かよ。
慎平はポスターの隣に貼ってある、絵画教室の生徒募集チラシに目をやった。
男は言葉を続ける。
「絵、好きなんでしょ? ならちゃんと習った方がいいよ」