第2章 傘もささずに(2)
慎平と男の問答は続いていた。
慎平が、
「大きなお世話。アンタここの絵画教室の関係者だろ?」
と言うと、男は、
「関係者には違いない。でも僕は君の事を思ってこの事を伝えているんだ」
この言葉を聞いた途端、慎平の背筋に寒気が走った。
そしてそのとき慎平が気付いた事があった。重大な事である。
「オマエ……!」
慎平は思い出したのである。
数週間前に、あの美術館で起こった事件を。
その事件を起こした張本人が、今目の前にいる男なのだ。
「……何?」
男が問うと、
「何じゃねーよ。……まあいいや。じゃあな」
慎平はこれ以上この男に関わりたくなかった。
最小限の言葉を残して、慎平はその場を去るつもりだった。
こんな不運に見舞われるとは……ついてない。そういえば男の厄年って何歳だ?
しかしこの男と慎平には、切っても切っても切れない、強固な縁があった。
その縁は、この出逢いは、これから夏を抜け、秋を迎えるまでに慎平に降り掛かる、大きな事件のプロローグである。
「将……さんっ!」
突然何処から現れたのか、女が男の名を呼びながら、ピョコリンと登場した。この女は傘を持っていない。両腕を真っ直ぐ下げて、両足で同時に着地し、少し水をはねながら出てきた姿が、いかにも『ピョコリン』って感じだったんだよ。
「みどりか……なに? 傘もささないで」
「何って……もう先生の講義始まりますよ」
「僕には必要ない」
「そんなこと言って……先生また落ち込んじゃうよ」
「関係ない」
「ヒドイの~、将さん」
慎平は呆気にとられて2人の会話を眺めていた。
それはその場を立ち去らなければならなかった事すら忘れさせられるものだった。
あまりに、この2人は似合わない。
この女、男に合わせて相当無理してないか?
慎平は短いこの2人の会話を聴いただけで、そんな感想まで抱いたのだった。
慎平は、そうとうボーッとした、間抜けな顔で立っていたのだろう。
みどりと呼ばれた女は、とても怪訝な視線を慎平に向けていた。
「……あの、こちらは?」
「友達」