第三章 めぐり遭い。
「まずい~っもう時間過ぎてるよ~~」
市川修は、走っていた。この雨の中。
遅刻しそうなのだ。授業に。
授業といっても、大学の授業はさっき受けてきたところだ。
そうじゃなくて、修がこれから受ける授業というのは……
駅前の商店街に入る。修の目的地は、そこを抜ければもうすぐのところにある。
この商店街にアーケードは無い。修は傘をさしたまま人通りの少ない商店街を走った。
あれ? 道の向こうから自転車が走ってくる。
自転車に乗っているのは女の子だ。高校生だろうか、制服姿だ。彼女は傘をさしながら自転車をこいでいる。かなり乗りづらそうだ。
修は足の速度を緩めた。
自転車は修を避けようと、向かって少し右に進路を変える。しかしその時、修もその自転車を避けようとして右にに歩く方向を変えていた。修は思わず苦笑い。たまにあるよな、こういうこと。
それを受け、自転車はまた左に進む向きを変える。同時に修も左の方に足を進めていた。あらら。
そこで修は少し大人になり、立ち停まることにした。自転車が彼の横を通り過ぎるまで、動かないつもりだ。
自転車は右に方向転換した。このまま通り過ぎてくれるだろう。
しかし、自転車はまた左に向きを変えた。おいおいおい。
修は動こうかどうしようか迷っていた。右に左にヒョコヒョコ体重移動をし続ける修。それを見てやはり迷っているのか、自転車の前輪はフラフラ左右に揺れている。
自転車はすぐ近くまできている。早く、どっちかに進路を決めて通り過ぎてくれっ。
このままじゃほんとにぶつかるぞ。俺は止まってるんだから。それとも今、俺がどちらかによけるか?…わっ、こっちに来たっ。ふらふら、ふらふら。危ないっ!
修はギリギリで右によけた。ふう、……嘘だろっ、自転車は無理やりハンドルを切り、こっちに来た!しかも勢いが上がったような!ぶつかるっ!もう目の前、よけられない!ドッシャーン!!
修と自転車は本当にぶつかった。……マジかよ……
修は痛みを感じながら尻餅をついている。自転車が上に乗り上げないように、身体を反射的に横にずらす。自転車は、今まで修の倒れていた場所――修の身体のすぐ横――で停まった。
ふー、轢かれるところだった。いや……本当にぶつかったんだが。
そこに罵声ともいえるような、女子高生が発するとは思えない言葉を、彼女が口にしたのだった。
「おっさんなにやってんだよ!」
女子高生は、何故だか知らないが怒っている。
「道の真ん中でフラフラフラフラ、痛かったじゃないか!」
いや、俺の方が痛かったんだが。走ってる自転車に生身でぶつかったんだぞ。倒れてるのは俺だ。
「優柔不断な男!」
ひどい!……いやぁ初めて会った、しかも年上の男性に言う言葉じゃないな、少なくとも。
「ばーか」女子高生は言い放った。
ひでーーーっ。そこまで言うかあ?
「あーあ、ちょっち濡れちゃったよ……」
女子高生は呟いている。
そこまで言うなら俺も言ってやる、ああ言ってやる、お前こそ……
言いかけたとき、女の子は自転車に乗って早々に立ち去っていた。
バカやろーーーっ!!
修は小雨の中、自転車の遠くなるうしろ姿に向かって心の中で叫んだ。
あーあ、全身が雨でベチョベチョだ。
さいわい濡れているだけで泥汚れはほとんどないようだが、早く建物の中に入って服を乾かさなきゃ。
雨は小降りになってきていた。修は道路に転がっている自分の傘を拾い上げ、目的地に向かって歩き始めた。
……もう……今日は授業休もうかな……?
俺はその時、今にも泣きそうな、情けない顔をしていたに違いない。