おっちーの鉛筆カミカミ

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馬鹿虎ステーション投稿作品その①

2010年05月16日 02時41分14秒 | 小説・短編つれづれ

大切なものを挙げるとしたら


 2人の名前は『勇樹』と『温子』といった。
 ユゥキとアツコは、お互い仕事を持ちながら軽音楽をやっていた。
 すなはち、2人とも同じバンドのメンバーだったのだ。
 勇樹はボーカル。温子はリードギター。
 バンドには他にもう2人メンバーがいた。
 ベースの登呂緒(とろお)と、キーボードのpan(ぱん)。
 ドラムは万年募集中であった(笑)。

 その日、勇樹たちは地元のライブハウスで演奏をしていた。
 すると、あるしゅんかん勇樹の耳が全く聞こえなくなった。
 それでも、勇樹は途切れることなく歌を叫び続けた。何も聞こえない空間に、自分の声を響かせた。
 少しして、勇樹の世界に音が蘇えった。
 誰もその一連の出来事に気付かなかったし、勇樹自身もライブが終わる頃にはそんな事はすっかり忘れていた。
 だけれども、
「ユゥキ、お前1回トチったろぉ~??」
 登呂緒に言われた。
「お前耳オカシイんじゃねーの?」
 勇樹はやり返した。
「楽器弾かなくていいんだから、せめて普通にミスはするなよ」
 panが眼鏡を指で支え上げながら冷静に言う。
「うるっせーっ!俺はミスなんかしてねえ!!」
 登呂緒とpanが顔を見合わせて笑う。
「二度とすんじゃねーぞっ」
 そう言って楽譜を丸めて作った「こん棒」で勇樹の頭を叩いたのが温子だ。

 その叩かれた感覚が、妙に勇樹の頭に残っていた。

「コンコン、コンコン、入ってますかあー?」
 痛えーな
「まだ起きない。こん中なぁんにも入ってないんじゃないの?」
 だからおデコを叩くなよ
「今なん時だか分かってますかあー? もう遅刻だよ!!」
 遅刻!?
 勇樹は起き上がって、
「アツコ、いま何時!?」
「時計見なよ」
 温子は勇樹の目の前で目覚まし時計をチラチラと振った。
「ヤッバ!!それ鳴んなかったろ!?」
「ず~~~っと鳴ってた。アタシが止めるまで鳴ってた。キミ……」
「アツコサンキュ!行ってくる!」
 速行(そっこう)で着替え終えた勇樹は、アパートを飛び出した。

「最近たるんでるぞ~」
 温子は誰もいない空間に向かってそうつぶやいていた。
「ツイッターかアタシは」
 ……すんません。

 そのあたりから、勇樹の耳は次第に聞こえなくなっていった。
 普通の会話もままならず、アツコやバンドのメンバーとの会話も筆談で行われた。

「ユゥキ……実は私もユゥキみたいに、時々耳が聞こえなくなる時がある」

 温子が勇樹と同じ病気になり、順繰りにpan、登呂緒も耳が聞こえなくなった。
 その頃には、世界中のほとんどの人々の耳が、聞こえなくなっていた。

 それでも勇樹達は、音楽活動を止めなかった。
 メンバーの何かを伝えたい欲求は抑えることができず、存在すらしているのか分からない『音』を、勇樹達は身体全体を使って表現した。
 勇樹達の真摯な情熱は、人々に伝わった。
 その頃から固定ファンがそれまで以上に増え、大きなライブハウスでもイベントを行うようになった。

 そして、その日はやってきた。

 勇樹達のバンドの、初めての野外ライブの日。過去最多の観客動員を見込んだ、一大イベント。
 その日は、『皆既日食』がある日であった。

 一大天体ショー……日食がある中で、今までで最も大きなライブを行うことは、勇樹達にとって楽しみな挑戦であった。
 何か自然の大きな力で、この病気が少しはマシになるんじゃないか……そんな思いが無かったわけでもない。

 そしてライブが始まり、会場は熱狂に包まれた。
 そこにいる人達の、表情を見て欲しかった。
 こういう時に、人間はこういう表情をするのである。

 日食が始まった。
 あたりが薄暗くなる。それと同時に、皆の瞳から光が失われていった。
 そして、太陽が陰の後ろに完全に隠れたとき、その会場だけでなく、全、世界中の人々は光を失った。
 彼らの目は、何も見えなくなったのである。
 そうして我々人間は、音も光も失った。
 それは生きる術を失ったことと同義なのか。

 そして勇樹達のライブ会場。
 ステージの上。いや、もはやステージも客席もなにもない。
 そこにいた人は、音楽の中にいた。
 バンドのメンバーは演奏を続けていた。
 ユゥキは歌を叫んでいた。
「独りで一生懸命にならなくていいんだよ」
 何かが、手に触れた。
 それがなんなのかは分からない。でも、温かい。
 そして両方の手が、あたたかいものに触れた。
 それを握って、大きな歌を叫んだ。
 同じように、みんなが歌っていたのではないか。
 そのときわかった。
 俺は、世界中のヒトで出来ている。


      *


 この作品、もしかしたら『原作』をご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
 これは、過去に確か「文章塾のゆりかご」というサイトで発表させていただいた、最近の作品群の中では、初期の頃に書いたお話です。

 『初演』の頃とは主人公の名前ですら変わっていて、テーマも正直言うとより深くなっています。
 いくつかの事件の流れはそのままです。

 よかったら、このブログ内の記事にも同じ題名の作品があると思うので(それが『原作』です)、読み比べていただけると、僕の約4年間の変遷の一部が見て取れて、もしかしたら興味深いかもしれません。

 そうです、あれが、今書くとこんな感じになるのです。

 よかったら感想をお願いします。

 ではでは~
 失礼します♪


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