おっちーの鉛筆カミカミ

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慌てる兎

2014年02月07日 02時35分57秒 | 小説・短編つれづれ
 見あげると、白い月が目に入る。形は、ほぼ、円形だ。もっとも満月ではないようだ。よく兎が餅をついてるような模様があると聞くが、肉眼では、その事実は確認できない。
「月ってちっちゃいよなあ」
 漫画とかだと、よく夜空にどデカい月が浮かんでいるコマがあったりする。あれを思うと、実際に見える月の大きさというものは、ごくごく小さい。
 全身に寒気が走った。今は真冬の2月上旬。今夜は、家の風呂が2人揃って故障し、仲良く待ち合わせ、銭湯にやってきた。
 今時、銭湯は存在しないだろうというのが2人の見解だったが、ネットで検索すると、ありました。意外と近所にありました。そうとう古い銭湯。時代の波に揉まれながらも、頑張っているな。
 私は風呂からあがり、入口の所で彼女を待っている。彼女は髪が長いので、あがる時間が自分よりかなり遅くなることは予想していた。しかし、それにしたって、もう30分は待っている。この外気温で30分立ちっぱなしは、トンでもなく、キツイ。既に、風呂に入る前よりも体温は落ちていた。確実に。
 ブルブルッ。トイレに行きたくなってきた。いったん銭湯に戻って用を足すか。彼女はまだ来ないだろう。
 便所から戻ると、彼女が立っていた。私を恨めしそうに睨んでいる。
「寒いい~~~」
 知っているよ。
「髪の毛凍ってない?」
「はあ? ここはシベリアじゃないんだぞ」
「今あがったの?」
「いや、ちょっとトイレに」
「トイレくらい我慢しなよ~」
 よく言う。
「俺も凍えたよ?」
「あぁ、ゴメンね遅くなっちゃって」
「いや」
「どのくらい待った?」
「15分くらいかな」
 吐く必要の無い、しかも微妙な具合の嘘を吐いた。
「ゴメ~ン」
「大丈夫だよ」
「兄ちゃん優しい!」
 彼女は、私のことを時々「兄ちゃん」と呼ぶ。あまり、呼ばれる本人はしっくりいっていないのだが、そんな事はお構いなしに、彼女は私を「兄ちゃん」と呼ぶ。
「行くか」
「うん、帰るか」
 時代錯誤なシチュエーションである。40年くらい前によくあった恋人の風景である。
 2人は歩き出す。
「神田川って知ってる?」
「知らない」
「そうか」
「あっ、知ってる! 料理研究家かなんかじゃなかった?」
「それじゃないし、なんで今そんな話しし出すと思った?」
「え~っ、そこまで考えてないよ」
 別れ道にきた。ここで、恋人とはお別れだ。日付が変わるまで、会えない。
 早く、最後まで一緒に帰るようになりたい。
「あした披露宴だっけ?」
「なにそれ、なんの話?」
「何でもないよ」
 彼女は私の顔をじっと見て、微笑んだ。
「結婚、したいね」
「したいな」
「一緒に住みたいね」
「まったく」
 一緒に住んだら、どんな生活になるんだろう。この娘と毎日、同じ家の中で暮らす。夢みたいだけど、全く不安が無いわけでもない。きっと新しい、今まで感じてなかったストレスは出てくるだろう。万が一、彼女の事を嫌いにならないとも言い切れない。喧嘩も、きっとするだろう。そんな時は、逃げ場が無いだけに、きっとキツイだろう。
「なんとかなるんじゃないかな?」
 彼女が言った。私の不安を見透かすかのように。どうも、表情に出ていたようだ。
「私も、おんなじ。ゆっくりやっていこう」
 そうか、私だけが悩む必要はないんだな。何か起きたら、彼女となら、2人で共に考えられる。何ごとも、独りではないのだ。
「ひとりで頑張らないで、一緒に相談して、考えよう」
 私は言った。
「うん、そうだね」
 彼女が、温かな笑顔で応えた。
「じゃあ」
 恋人同士は、別れの時間を惜しみながら、それぞれの帰途につく。彼は右。彼女は左。
 私は、ひとり、ぽつねんとしながら歩いていた。
 そうか、こんな感じで、いいのかも知れない。この、ぽつねんとした感じ。このままの感覚で、一緒になれば。力まず、相手に対しても変に頑張らず、ぽつねんでも、いいんじゃないかな。
 そんな事を考えているうちに、家に着いた。「ぽつねん」の具体的な意味は、分からないままだった。


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