「太陽にほえろ!」当直室 仮設日誌 PART2

6年半ご愛顧いただいた『太陽にほえろ!当直室』(since2002年5月)復活ブログ、引っ越しました。(2014年7月)

チバテレ放送、きょうはないた~

2011-05-13 12:46:03 | ビバ!チバテレビ
チバテレのマカロニ編は今日と来週はお休みですね・・・。

もう一回、1~5話を見直すというのもオツかもしれません。

意外と噛めば噛むほど味が出るのが太陽の魔力ですから・・・・(^_^;)


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『太陽にほえろ!』は石原プロ製作ではありません・・・が

2011-05-13 12:43:13 | 「けぶのたわごと」
『太陽にほえろ!』は石原プロ製作ではありません。

結構誤解なさっている方が多いようで(^_^;)

しかし、浅からぬ関係であったことは確かで、常に協力体制にはあったようです。

元々映画5大会社の専属契約で他の会社の作品には携われないという「5社協定」を廃止させるきっかけを作ったのが石原プロの製作体制がかなり影響しており、石原プロの作品を配給したのが東宝だったということも、太陽の裕次郎さん出演に深く関わっていると思われるので、正式ではなくとも常に協力的な関係にあったようです。
太陽出演後は主に日テレ中心にテレビ作品を制作したのは日テレのノウハウを岡田P氏などから伝授された部分はあったと思います。
『はぐれ雲』以後はテレ朝にある意味移籍してしまいましたが、そもそも裕次郎さんの太陽出演スタイルが「いち俳優」として出演しているというスタンスだったので、日テレとの関係性を深く拗れることを避けたのだと思います。石原プロ所属の俳優を積極的に日テレ作品に採用したのもその表れだと。
(多分、持ちつ持たれつの関係?)
いや、多分裕次郎さんが先頭に立っていたから事が丸く収まったものと思いますが。

但し、太陽後期になると、太陽自体が石原プロ色が多少濃くなったことは否めないところですが、各人が「石原軍団」的色合いを敢えて抑えていた感じはします。
それは裕次郎さんにも橘警部の渡さんにも言えることだと思います。


裕次郎さんが大病復帰したのも太陽が作品的に最初でしたし、渡さんの太陽出演のスピーディな対応もあり、

石原プロにとって太陽という番組は、重要な「顧客」であったと思います。


と、いろいろ書いてみましたが、


とにもかくにも、渡さんの石原プロ社長辞任で、ずっと走り続けてきた「何か」が確実に終焉した感覚を覚えます・・・・。

ここまで、走り続けてきた渡さんと小林専務には本当に「お疲れ様でした」という思いです。

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