「太陽にほえろ!」当直室 仮設日誌 PART2

6年半ご愛顧いただいた『太陽にほえろ!当直室』(since2002年5月)復活ブログ、引っ越しました。(2014年7月)

時は進む・・・

2013-01-12 20:35:35 | 「考え込むけぶ」
正月休みで半ば療養生活から急に働いたもので、本日はまた眠りに眠った、眠れる森のオジサン・けぶでございます。

その眠りオジサン状態だったので、半眠状態で溜めていた正月関係の録画物を整理していたら、毎年観ているNHK総合「新春TV放談2013」を発見。最近NHKが銘打っているテレビ放送60年のアンケートで、ドラマ部門のランキングで『相棒』が首位。

テリー伊藤氏が「『相棒』かぁ・・・」疑問視していたのも解る気がします・・・。
間違いなくもうちょっと前であれば、『相棒』が首位なんて考えもしない事。
確かに良質なドラマですが、テレビ放送60年でその結果?と。
他のランキング作品も(確かベスト20)大体過去20年以内(近年の作品が多い)の作品が殆どで、そのラインナップを見ていて正直時代の流れを感じました・・・。
もしかするとアンケート対象が若い人に偏っている感じもしましたが、バラエティーの結果を見ているとそうでもなかったので。
恐らくマニアとかではなく、普通の人に普通に聞いた結果だったかもしれません。

でも逆に考えれば、それだけ『相棒』を再放送も含め見ている方が多いという証しであるとも思います。
記憶に残すというのは、いかに大変か。
放送の機会が少ないものであれば、自然と忘れ去られるのはある意味自然の摂理ですが・・・。

太陽あたりも、だんだん「過去のもの」から「歴史的なもの」的な側面が出てきたのかもしれません。

我々が太陽本放送の時代、30年~40年前というと戦前から戦時中、そして戦後すぐの話でしたが、今はその太陽本放送時が30年前~40年前になっています。
それぐらい古くなると、学生の身分ではすでに教科書上の話になってしまいますからね。

最近の新しいファンの方には太陽を考古学的な感覚で楽しんでいる方もおられますが、これは「本放送組」には考えられないことで、いかに年月が過ぎたか・・・というのを感じずにはいられないです・・・ハイ(^_^;)。
ただ、そういう考古学的な観点で太陽を愉しむというのも、なかなかオツなのかもしれません。
そういう意味では、太陽という番組は今でも教材が豊富にありますからね。

いや、ただ本放送組の私を含めたミドル&ミセス(^_^;)世代は認めたくない部分はあります。
今までファンを現役でやっている人たちの多くは、太陽終了を認識しながら、今でも七曲署は健在であると確固たる信念をお持ちの方が多いですし、現に私もそうであったりします。

その考古学的観点に視聴者が認識を移行しているのであれば、逆に言うと地上波放送のチャンスであるとも思えてきたりして(^_^;)
ある意味、時代劇感覚ですよね。
ちょっと前であれば、リアルな古さがあって、ただ単に古いとか言われる割には時代背景的なもので地上派放送にそぐわない面(たとえば喫煙とか)があったりしたわけですが、逆に「これは昔の話だ」というのが浸透していれば、そういう事も気にしなくて済むわけですから。

いま、テレビ局の番組制作費が非常に暴落していると聞きますが、過去の作品を眠らせておくのはもったいないですし、死語ではありますが「バブリー」な背景を背負っているか、またはそれを引きずっている作品を放送するよりは、70~80年代の作品を放送したほうが今の時代に沿っていると思うのは私だけでしょうか・・・・。

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スコッチの転機、野崎さんの優しい笑顔・・・

2013-01-12 17:42:04 | ファミ劇日誌
本日「正月休み明け」のファミ劇太陽(初)放送。

スコッチ登場編の折り返しポイントとなる作品が本日放送されます。

第225話 51.11.05 疑惑 (スコッチ)安田道代 二瓶秀雄 渡辺巌 

スコッチの精神的な傷となって、彼をその時まで苦しめ追いつめていた「倉田刑事殉職」。
犯人を撃つのをためらった為に死んでしまった倉田、それに責任も何もかも全てを感じすぎるぐらい感じて、最終的には「死にたくない」という強固な信念に忠実に動くことに救いを見出し、非情な道を歩んでいたスコッチ。
その彼が藤堂一家の中で活躍する中で、本来の自分らしさを緩やかに取り戻していた時の決定的な「事件」となります。

そのスコッチが、置いてきた過去である倉田に関する事件、倉田の家族に接することで自分が変わったという事を自ら思い知らされたり、非情に徹してきた自分自身が倉田の事になると熱くなるというのを自ら気付かせられたり、本来の自分と今の自分とに葛藤することになります。

そしてもう一つは、過去においてきた倉田の事に関しては今でも純粋に尊敬している滝という男の本来の素直さにも注目すべきところがあると思います。

それが、今回起きる恐喝男の殺人で全て噴出する格好になります。

この事件がきっかけで、どうしても非情な面や拳銃に頼る「反射神経」的面は残るものの、その非情さが冷静沈着という所で生かされることになっていきます。

ただし、沖さんの掛け持ち出演の関係からか、主演作も沈静化していくのは残念なところですが・・・。


第226話 51.11.12 天国からの手紙 (長さん)大出俊 田村寿子

テキサス編から長さんの主演編には苦汁をなめるような作品が出てくるようになります。
これは他作品の「オヤジさん」ポジションのキャラクターには欠かせない要素になっていきますが、太陽ファンとしてはあまり長さんが辛い目に遭うのはあまりいい気持ではないものです。
ただ、そういう葛藤を起すというのもドラマでは重要な部分になっていきます。

しかし、その「オヤジさん」のセオリーも長さん=辰平さんにかかると少々毛色が違う感じがします。

というのも、他の「オヤジさん」はこういう事件に遭遇すると、刑事魂に火が付き事件に食らいつく気迫で迫る場合が多いですが、太陽の長さんの場合はちょっと違います。

こういう目に遭っても、長さんは冷静さを保とう、協調性を保とうと努力します。
その我慢が犯人を目の前にしたりして一気に爆発するのがクライマックスだったりします。
時には、我慢を貫き、ラストでその我慢が別なことで解消されたりします。

今回は後のパターンの方。

結局は、長さんの更生させた男が事件に利用されるわけですが、長さんが居たおかげで救われたとはいえ、その捜査はその男を傷付けてしまうことは確かです。
そこで、ラストの「天国からの手紙」です。

野崎太郎という人物の、犯罪者への姿勢も解る作品になっています。

太郎フェチには、涙なくしては観られない作品ともいえます・・・・。

どのみち、まだ号泣ですよ・・・(^_^;)

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