快気分析

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仕組みとアプローチ -  関ヶ原の戦いは土岐一族の勝利が確定した戦いと考えています

2019-01-22 21:29:11 | 明智光秀
 理由は単純です。
 土岐一族の血を引くのが徳川秀忠の徳川氏と言うだけなら特定まではできないのですが、養子であれ土岐一族の浅野長政も豊臣方でなく東軍として与した事が挙げられます。
 では土岐一族の石谷氏と縁戚となっていた長宗我部氏ですが、長宗我部元親の嫡男である長宗我部信親があの「戸次川の戦い」で戦死した為、土岐一族であった正妻との嫡男がいない状態となった為、既に土岐一族とは見なされない状態となっていたのではないかと思われます。
 長宗我部氏は当初、東軍として参加しようとしていたにもかかわらず、石田三成の謀略で検問にかかり西軍として与することになり、それだけでなく伏見城攻に参加する事になりました。
 この伏見城で家康の「言わば信頼できる大好きな兄貴」である鳥居元忠がこの攻撃で悲惨な最期を遂げたのでこの城の攻撃に参加した西軍の面々はその後に「家康の個人的なリベンジ」が半端じゃ有りませんでした。
 それはこの攻撃に参加した面々のその後を辿ればわかります。
 流石に過去には徳川氏と連携をとった長宗我部氏と言えども伏見城の戦いに参加させられるハメになってしまった長宗我部盛親にに対しも家康は容認まではしませんでした。
 関ヶ原の戦いで西軍には土岐一族の血を引く武将はおらず、結果として土岐一族の縁戚が多い東軍の「台本通り」の勝利となったわけです。