この絵は、我が家にはじめての猫が来た時に描かれたクロッキー。
ヒロク二さんが、キタハマと名前を付けました。
キタハマは大阪から来た猫ちゃんなので、大阪の地名がつけられました。
大仏次郎氏(鞍馬天狗などの原作者・小説家)の猫を飼っている写真を見てから、「猫飼いたい」「猫飼いたい」と日々思っていたのをきっかけに、「猫をもらって下さい」の新聞のコーナーに電話して、迅速な動きをして貰ってきました。
ヒロク二さんは反対していましたが、何度も嘆願してそのひつこさに負けたのか、「いいよ」とお墨付きをもらう。
ものすごく猫好きな家で、猫専用の5畳ぐらいの小屋があり、たくさんの猫が待機していました。
迷うぐらいたくさんいて、選べないでいると、1匹の猫が膝に乗ってきました。それがキタハマです。
来た頃のキタハマ。
ソファーの上でまっすぐに伸びて、それがすごく愛らしい。
こうして、私達はキタハマのとりこになっていくのです。
アトリエでコチョコチョと遊ぶキタハマ。
私はこの頃、大阪の堂島でCADオペレターとして仕事をしていて、ほとんど家にいない。
ヒロク二さんとキタハマは、朝から晩まで2人で留守番なので、キタハマはヒロク二先生っ子になっていて、ヒロク二さんが大好きに・・・。
この写真は私が好きな写真。
花とキタハマのシルエットがとても気にいっている。
猫の形って、キレイなんだなぁと思った写真です。
この部屋は、寝室になっていて、ヒロク二さんとフランス映画を夜良く見た部屋でもあります。
キタハマは白黒の映画だと、ジーと見るので、
「こいつは名画が好きなんだ」と2人で笑った日々を思いだします。
アトリエのヒロク二さんとキタハマ。
もう、すっかりアトリエの住人になり、ヒロク二さんの横で意地でも過ごす猫ちゃんになった。
ヒロク二さんが絵を描く動きを見るのが楽しいらしく、いつもピタリとくっついて、
最後に寝るのです。その様子が微笑ましく横で見ていると楽しい気分になるのです。
今現在の家に引っ越してからの写真。
ヒロク二さんが、こんな風に猫を可愛がるとは・・・。
私はヒロク二さんのにこやかな顔を見ると、心が穏やかになり、嬉しい気持ちに包まれるのでした。
キタハマは、ヒロク二さんにベタベタ。
ヒロク二さんにおねだりの様子。
のりの匂いに敏感で、お待ちかねの様子。
なかなか美人なキタハマ。
賢く、言葉も理解(単語ですけど)するし、「こう来たら、こうでしょう」という振る舞いが、
私達2人にも良く分かり、飼い主は、この裏をかいた行動にでてやろうとか、対話が出来る猫ちゃんでした。
飼ってから18年の歳月が知らない間に来ていた。
年末、歯がガチャガチャいうようになって、私にピタッとくっつくようになり、
嫌いな抱っこをすると、嫌がらなくなり、びざにものるようになってきた。
そのうち、口臭がきつくなり、フラフラと倒れそうに歩くようになった。
それでも、ご飯も食べるし、決まった時間の散歩は欠かさずパトロールしていました。
寒いのに外に出たがり、夕方は冷え込むので、心配で畑にいるキタハマを見つけると、抱いて家に連れて帰る。
夜は、私の横で寝るようになり、しんどそうなキタハマを優しくなでていました。
ある夜、キタハマをなでているうちに、そっと心臓の音を聞きました。
トク、トク、トク。となるキタハマの心臓を聞いているうちに、不正脈のようになる時があり、
心配してズーと聞いていた。キタハマが大きなあくびをした。
それから、心臓が止まり動かなくなった。
あっけにとられたというか、まだ生きているような気がして実感がなく不思議な気持ちに。
ヒロク二さんに言うと涙が出てきて、ヒロク二さんも涙。
数日間は、本当に寂しかった。家が静かで・・・。
そして、死体になったキタハマは、2日目は完全に物になった。
生きている時は、物ではなかった。
その境目が不思議でならなかった。
「死とは、残された者の悲しみである」と強く思いました。
キタハマは、私達と共に生き、楽しさや嬉しさを降り注いでくれた存在です。
魂みたいなものを信じている私は、キタハマはこの世で、徳を積んで、あの世に旅立ったのだから、
きっと安らかな所にいっているでしょう。
人も徳を積んで亡くなった方は、死んでからの世界では評価されるんじゃないだろうか?
私のような人は、中途半端な所へ行くのではないか?
そんな心配をします。
それとりも怖いのは、ヒロク二さんが死んだら、寂しくてしかたないのではという心配。
手のかかる憎めない奴がいなくなったら、寂しいだろうね。
将来、ボケ老婆になったりして・・・・。
死体になったキタハマを2日に渡って布団の横に置き、なでなでしていた私に、
幻想怪奇小説が好きなヒロク二さんは、「ミイラと寝ていたとかいう話があるよね~」とか言いだし、
怪奇幻想ロマンの小説の話をするのでした。