種を蒔く(2019.3.21日作)
人は 今を生きるという行為の中で
日々 何かしらの種を蒔いている
その種には 良い 種もあり 悪い 種もある
蒔かれた種は やがて芽を出し 実を稔らせ 世の中
世間に 何かしらの果実を残す その果実が
良い 果実であるか 悪い 果実であるか 当然ながら
蒔かれた種の 良し悪しに 決定される
それなら 人はせめて 日々
良い 種を蒔き 良い 果実を稔らせるよう
誠実 真摯に 一日一日を
生きてゆこうではないか
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(6)
牧子は将来、ボランティア活動のために、アフリカの奥地へ行きたいなどと言っている。大木は勿論、反対するつもりでいた。そんな見知らぬ遠い土地へ娘を手放す不安に耐える事など出来そうにもない。大木にとっては、牧子はいつまでも自分の傍に置いておきたかった。いつまでも休日の買い物や散歩を一緒に楽しみたかった。
大木は牧子へのそんな思いと共に、こんな夜にこそ、娘と二人で静かな時間を過ごしたいと思った。
「牧子、牧子、居るかい ?」
大木は部屋の中へ囁きかけるようにして言った。
明り取りの小窓を通して明かりの漏れて来る部屋からはしかし、なんの返事も返って来なかった。
大木は軽くドアを叩き、中の物音に耳を澄ました。
相変わらず部屋の中には物音もなく、返事もなかった。
大木はいったんドアから離れると改めて部屋を確かめた。
いつもの見慣れた牧子の部屋に間違いはなかった。
大木は再びドアの傍へ行き、把手を手に廻してみた。
把手の軽い回転と共に、ドアは訳もなく開いた。
大木は中の様子を窺うようにしながら、そっと部屋へ入った。
その時、部屋の右手のベッドにいた牧子が半身を起こして振り返った。
牧子は上半身裸で、下半身は白っぽいシーツで覆っていた。
向こう側には牧子の陰になって、男がやはり裸で横たわっているのが見えた。
牧子は大木の顔を見ると悲鳴を上げた。
「お兄ちゃん、変な人よ」
牧子は続いて叫んだ。
牧子の陰にいた男が裸の体を起こした。
「誰だ !」
男は牧子に聞いた。
「ほら ! あの人」
牧子は大木を指差した。
男は長男の勝夫だった。
勝夫は厳しい表情で大木を見詰めると、
「黙って他人の部屋へ入って来るなんて、失礼じゃないか。出て行け !」
と怒鳴った。
「おまえたちは兄妹で、いったい、なんていう事を !」
二人の間に明らかにセックスの余韻が漂っているのを見て大木は思わず叫んだ。
「俺たちが何をしようと、俺たちの勝手じゃないか。他人のあんたなんかにつべこべ言われる筋合いはないよ」
勝夫は腹立たしげに言った。
「他人 ? 他人とはなんだ 。お前はお父さんの顔も忘れたのか !」
大木は激して怒鳴った。
勝夫は一瞬、呆気に取られた顔をした。それから、いかにも可笑しげに、
「牧子、聞いたか、お父さんだってよ」
と言って、ゲラゲラ笑い出した。続けて
「今更、お父さんだなんて、馬鹿ばかしい」
と、嘲るように言った。
「今更とはなんだ ! 今朝、ちゃんと顔を合わせているじゃないか !」
大木は言い返した。
「あのね、わたし達のお父さんは死んでしまってるのよ。ちゃんとお葬式も済ませてあるわよ」
牧子は白い豊かな胸を隠しもしないでベッドの上に座っていた。
「いったい、お前はなんていう事を言うんだ。お父さんは現に、ここにこうしているじゃないか、それをいったい、なんていう事を !」
大木は牧子のいかにも女らしく成長したその裸体にドギマギしながら言った。
「いいから、あんたなんか出て行けよ。俺たちは今、愛し合っている最中なんだ。霧の深い夜にはセックスが最適だって、ラジオで言ってたのを聞かなかったのか」
勝夫はいかにも若々しく勃起した性器を誇らしげにさらけ出して、ベッドから降りて来ると大木を押し出そうとした。
「勝夫 ! お前はお父さんを忘れたのか !」
大木は勝夫の圧倒するような逞しい肉体に押され、じりじり後退しながら言った。大木はこの逞しい肉体の成長の過程を知っていた。それが今、大木の前に凶器のように立ち塞がっていた。
大木は怒りと共に瞬間、まだ幼かった頃の勝夫を懐かしく思い出した。
その勝夫が今こうして、大木を裏切る、などとは考えもしなかった事だった。ーーこの勝夫は本当の勝夫ではない。何処かで間違った勝夫なんだ。
大木は必死に自分に言い聞かせながら少しずつ、脅かして来るような勝夫の前を離れ、ドアの出口に後退した。と同時にこの時、大木の心の中では奇妙に、勝夫と牧子が遠くへ行ってしまったような気がして、言い知れぬ寂しさと孤独感に捉われた。その寂しさと孤独感から逃れるように大木は、ひと思いにその部屋を飛び出すと自らドアを閉めた。そのまま、ドアに背を持たせ掛け、打ちひしがれた思いで頭を垂れた。
勝夫と牧子がベッドの上で愛し合う姿が、真っ暗な脳裡に浮かんだ。大木はなぜかそこに、不道徳感を抱くよりも、自分が独り取り残され、置き去りにされたような淋しさを抱いて、思わず嗚咽を漏らしそうになった。
大木はようやくベッドの上で愛し合う二人の幻影を追い払うとドアを離れた。気力の失せた足取りで暗い廊下を独り、また歩き出した。こういう時、もしも、妻の治子がいてくれたら、と思ったが、その治子もまた、専務の三谷と一緒に大木を裏切り、不倫に走っていたのだ。治子も今頃、あの男と何処かの部屋で愛し合い、抱き合って、大木が知り尽くしたあの表情で恍惚の境地を彷徨っているのに違いない。
大木は治子への高まる憎悪と共に、最初の事業に失敗した当時の妻を、懐かしく、はるか遠い夢の中での事のように思い浮かべていた。あの時の治子は優しく、その美貌と共に心もまた、美しかった・・・・・
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