遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 246 新宿物語(4) ナイフ 他 雑感六題

2019-06-09 13:42:36 | 日記

          雑感六題(2019.5.16日作)

 

  1  知に囚われるな

     知に囚われれば 物事は

     ゆがんで見える

     無の心 無で見る眼には

     真実が宿る 実相が映る

  

  2  人は一人である

     人は一人であるが 人は

     一人では生きられない

     やがて 行き詰まる

 

  3  世界は わたしを離れて

     存在しない

     わたしが在って 世界がある

     世界が在って 

     わたしが在るのではない

     わたしの心に映るもの

     それが世界だ

 

  4  人間は皆 愚かで

     砕けた言い方をすれば

     バカだ 完璧な人間など

     誰もいない

     しかし 人間は誰もが

     あいつは バカだ と思っても

     自分は完璧ではないにしても

     バカな 人間だとは思わない

     あいつとは違う と思っている

 

  5  本能と理性の調和 

     バランスの取れた人間が

     最高の人格 人間だ

     本能のみの人間は卑しく

     理性のみの人間は

     鼻持ちならない 

     知性は本能と理性の上に生まれる

 

  6  人間が持つ

     美しい時間は ほんの一瞬だ

     あとは 

     その為の準備期間であり

     残務期間だ

     人間が持つ時間は

     労多くして 楽は少ない

 

 

          ----------

 

 

          新宿物語(4)

 

        ナイフ

 

         Ⅰ

 

「保護観察期間中に行いが悪ければ、また、少年院送りという事もありうるんだ。真面目にしっかりやらなければ駄目だぞ」

 良次は保護監察官の言葉を自分ではない、他人に向けられた言葉のように聞いた。心に響いて来るものが何もなかった。世の中のあらゆる事柄が良次には、自分には関係のない遠い何処かで、勝手に動いているという感覚があった。少年院に来た時にも良次は、自分が自分ではない、他人の人生を生きているような気がしていてならなかった。間もなく十八歳になろうという今日までの自分の人生が、奇妙な夢の中の出来事のように取り留めのないものに思えていた。今、自分はここに居る。だが、何故ここに居るのか、なんとはないどさくさ紛れのうちに、気が付いたらここに居たという感じだった。

「これが君を担当してくれる保護司の住所だ。ここを訪ねてゆけば住まいも仕事も紹介してくれるはずだ」

 まだ三十歳を過ぎて間もないと思われるような保護監察官は言った。

 

 保護司、藤木幸三の家は、中野の静かな住宅街にあった。

 大谷石の塀に、蔦が絡まる庭木が二階建ての家屋を隠すように広がった大きな屋敷だった。

 良次は保護監察官が書いてくれた地図を頼りにその家の前まで来たが、門前で足を止めた。暫くためらっていて、そのまま家の前を通り過ぎた。なんとなく、門の横に取り付けられたインターホーンを押す気になれなかった。

 暫くはそのまま歩き続けた。

 広い団地の前へ来ると足を止めた。

 振り返ると、ゆるやかな曲線を描いた道の遠くに藤木幸三の屋敷の塀が見えた。立ち止まったまま、その家を見続けていた。思い切って藤木幸三を訪ねる決心が付きかねた。

 " 保護司を訪ねる不良少年 "

 団地の中の広場で子供たちを遊ばせている主婦たちの眼が気になった。

 辺りに人影のないのを幸いに良次は暫くはそこで、主婦たちの動きを見続けていた。

 どれ程かの時間が過ぎていた。団地の広場から主婦と子供たちの姿が消えた。

 今だ ! と良次は思った。

 長い時間、何もせずに立っていた苦痛が良次を動かしていた。

 

 藤木幸三は五十七、八歳かと思われる大柄な、一見、町会議員か会社の役員でもあるかのような風貌を持っていた。

 立派な屋敷に住んでいる人物らしく、物腰にいかにも鷹揚な感じがあった。畏縮した心の良次にも " 別に気にする事はないよ " と語りかけているようなにこやかさで、自信に満ちていた。その態度に比例するようにまた、雄弁でもあった。良次の事は監察官から詳しく聞いている事、間もなく保護司になって二年の任期が切れるが、過去に五人の少年の更生に手を貸した事、更に保護司を続けるつもりでいる事などを得々として語った。

「明日、早速、君を雇ってくれる鉄工所を訪ねてみよう。そこもわたしの地所で、経営者の気心もよく知っているので、心配はいらないよ」

 藤木幸三はそう言ってから、

「過去はどうであれ、現在を真面目に生きてゆきさえすれば、世間の人は認めてくれる。君もそのつもりでしっかりやった方がいい。困った事があったら、なんでもわたしの所へ相談に来るんだ。遠慮はいらない」

 と穏やかに続けた。 

 良次が新しく住む事になった、藤木幸三が所有するアパートの一室は同じ中野区内にあった。

「一応ここには最低一ヶ月、君が生活してゆけるだけのものが揃っている。あとは真面目に働いて、君自身で日々の生計をたててゆくんだ。君を甘やかさない意味で、家賃もちゃんと貰う。分かったね」

 運転手付きのベンツで良次を案内した藤木幸三は諭すように言うと帰って行った。

 良次は藤木幸三が帰って行くのを見送ったあと、新しく住む事になった部屋の前まで来ると、力任せに入り口のドアを足蹴にした。

 これでは自分がまるで猿回しの猿だ、と思った。

 自分が世間の晒し者にされた気がした。なんで、運転手付きのベンツなんかで、こんなアパートに乗り込まなければならないんだ ! 俺がベンツなどの座席に座れるような人間てない事ぐらいは、誰が見ても分かるだろう ! ここの家主が保護司だって事も、ここに住む人間ならみんな知っているはずだ。だとすれば、俺が少年院帰りの不良少年だっていう事を世間に公表しているようなもんじゃないか !

 藤木幸三は翌日、再び、ベンツで現れた。

 その日、良次が藤木幸三に伴われて訪ねたのは、四谷の小さな町工場だった。

 社長と呼ばれる人物は痩せ型の五十歳前後の男で、薄茶の作業服に同色のNのマークの入った帽子を被っていた。

 社長は明らかに良次の受け入れに気の進まない様子だった。嫌々ながらに藤木幸三に付き合っているという雰囲気が見えた。

 三十分程、工場に隣接する事務所で過ごしたあと、良次は作業場を見学させられた。

 八人の中年行員が各々の持ち場で酸素溶接をしたり、グラインダーを使ったりしていた。

 狭い工場内の見学は十分とかからなかった。その間良次は、作業を見て廻る自分に向けられる厳しい行員たちの眼差しを感じ取っていた。

「早速、明日からでも厄介になりなさい」

 藤木幸三は見学の後、社長の前で良次に言った。

 藤木幸三は何も分かっていなかった !

 良次は思った。

 翌日、良次は 工場へは行かなかった。小奇麗に整ったアパートの部屋で、馴れない環境に苛々しながら、どうしたら此処から抜け出られるのかと考えていた。

 

                                     続く

 

 

          

 

 

          

 

        

     



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