善悪の境目とは…
無法者がはびこるワーロックの町の人々は、自衛のために腕の立つクレイ・ブレイスデル(ヘンリー・フォンダ)を保安官として雇うことに。札付きの賭博師モーガン(アンソニー・クイン)と共に町に現れたクレイは、銃を手に、力で町を粛清していく。だが、町の人々は、無法者の一味から改心し、保安官補となったギャノン(リチャード・ウィドマーク)に信頼を寄せるようになり、クレイの立場は微妙なものになっていく。
この映画をテレビで初めて見たのは中学生の頃。当然、クレイとモーガンの同性愛的な関係や、保安官を選んだ町民が、逆に彼を裏切るという皮肉なテーマの奥に込められた監督エドワード・ドミトリク自身の心象風景(赤狩りの密告者となった)などは分からなかったから、何か妙に暗い、変な西部劇だなあと思いながら見ていた。
ところが、今あらためて見直すと、確かに癖はあるが思いのほか面白く見られた。クレイとモーガンの関係は『荒野の決闘』(46)のワイアット・アープとドク・ホリディのようだし、保安官の孤独、町民の裏切りという点では『真昼の決闘』(52)のパロディ的な要素もある。フォンダがドロレス・マイケルズに向かって「マアム」と呼び掛けるたびに、アープがクレメンタインに言ったそれと重なって何だかおかしな気持ちにもなる。
ところで、この映画ではかろうじて残っている善悪の境目が、この後の西部劇ではもっと曖昧で分かりにくいものになっていく。西部劇衰退の一因はこうした変化にもある気がする。
現代の『ワーロック』『バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生』
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