2020年の東京オリンピックの女子マラソン代表に、福島県須賀川市出身の円谷ひとみが選ばれた。くしくも須賀川は、1964年の東京オリンピックのマラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉と、特撮の神様と呼ばれた円谷英二の故郷でもあった。作者の分身のような通信社の記者・田嶋と、地元の高校生ひとみを主人公に、無名の市民ランナーがなぜ代表になれたのかが明かされていく。
『勇者たちへの伝言』に続き、タイムトラベルを使って、過去と現在、事実とフィクションを巧みに融合させている その中に、幸吉と英二についてはもちろん、東京オリンピックのマラソンで幸吉と競い5位に入ったシュトー・ヨーゼフ、英二の作った
「ウルトラマン」、
「奥の細道」で須賀川に立ち寄った松尾芭蕉、世阿弥の「離見の見」、日航機事故で命を落とした坂本九の
「ステキなタイミング」、ビートルズの
「ラン・フォー・ユア・ライフ」、そして東日本大震災…と、さまざまなエピソードが挿入される。
今回は、この作者の作品に共通する“絵空事”が重要なキーワードとなる。“絵空事”が大好きな大林宣彦監督は「フィクションには、“嘘から出たまこと”がある。たとえ絵空事でも、根も葉もあれば花が咲く」と語っているが、多分、この作者が小説を通して語りたいと思っているのもそういうことなのだろう。
沢木耕太郎が
『敗れざる者たち』の
「長距離ランナーの遺書」で描いた円谷幸吉像に異を唱えているのも興味深かった。