田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『おらおらでひとりいぐも』

2020-11-10 23:27:29 | 新作映画を見てみた

『おらおらでひとりいぐも』(MOVIX亀有)

 原作は芥川賞を受賞した若竹千佐子の同名小説。タイトルは宮沢賢治の「永訣の朝」の一節で、「私は私らしく一人で生きていく」という意味があるらしい。

 75歳の桃子(田中裕子)は、夫の周造(東出昌大)に先立たれ、子どもたちとも疎遠な生活を送っている。そんな中、桃子は、脳内で若き自分(蒼井優)や心の声と会話をするようになる。

 老人が主人公の映画は暗くなることが多いが、沖田修一監督の場合は『滝を見にいく』(14)『モリのいる場所』(18)も、ほのぼのと明るい。それはこの映画も同様だった。

 「独りだけれど独りじゃない」。これは孤独の先で自由を得た老女・桃子の進化の物語だ。心の声、妄想、若き日の自分や死者との対話…。まさに桃子の脳内は小宇宙。「今のおらは怖いものなし」という彼女の声が聞こえてくるようだ。

 また、沖田監督の映画は、総じてシュールで、不思議なユーモアが漂い、現実とファンタジーの境目を描いているのだが、何でもありの今回はその集大成の感もある。そして“沖田ワールド”とも呼ぶべき独特の間や緩いテンポは今回も健在だった。その中で、不思議さとかわいらしさを併せ持った田中裕子の個性が見事に生かされている。 

 さらに、沖田映画のもう一つの共通点は、特殊な状況下でのコミカルな群像劇であることだ。今回は、寂しさ1(濱田岳)、寂しさ2(青木崇高)、寂しさ3(宮藤官九郎)、どうせ(六角精児)は、桃子の心の声だから実は同一人物なのだが、彼らに、亡くなった夫の周造(東出が好演)や祖母、現実の娘(田畑智子)と孫、何かと桃子に誘いをかける図書館の司書(鷲尾真知子)、気のいい自動車のセールスマン(岡山天音)、知り合いの警官(沖田映画常連の黒田大輔)、医者(山中崇)たちを加えると、桃子を中心としたにぎやかな群像劇になる。

 そう考えると、この映画は今までの沖田映画の延長線上にあり、一貫性を感じることになる。彼の映画を見ると必ず思うのは「やっぱり沖田修一はただ者ではない」ということだ。今回も見事にやられた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『無法松の一生』荻昌弘さんの名解説

2020-11-10 10:32:09 | ブラウン管の映画館

(1986.7.21.月曜ロードショー)

 荻昌弘です。今晩は。実は、私たちが初めて岩下俊作原作、伊丹万作脚本、稲垣浩監督、そして阪東妻三郎主演のモノクロの映画『無法松の一生』に接したのは、昭和18年、戦争の真っ最中のことでありました。

 あの真っ暗な世相の中で、モノクロ版の『無法松の一生』が、観客の一人一人、例えば、その当時18歳の少年だった私の心にともした灯の熱さ、明るさ。これはもう、今の時代に向って説明しようとしても、説明し切れないものがあるというふうに思います。

 まあそれは、本当に、あらゆる作品を通して、この『無法松の一生』というのは、戦争中の日本映画が生んだ最高傑作であると。しかし、その最高傑作を生んだ作り手たちには大きな不満が残った。

 と言いますのは、この『無法松の一生』。つまり、生きることを知り、そして、人を愛することを知ったこの男の物語、その愛のテーマの一番重要な、その愛が本当にほとばしるその瞬間を、当時の検閲は切り落としてしまったわけですねえ。

 で、それを不満とした稲垣浩監督が、昭和33年になって、つまり、日本映画がカラーとワイドを獲得したその時代になって、改めて、同じ伊丹万作の脚本で作り直したのが、今日これからお楽しみいただく、新しい『無法松の一生』であるわけなんです。

 で、阪東妻三郎のあの無法松に代わって、ここでは三船敏郎。もう本当に、当代きっての、迫力の男優が無法松を演じて、そして、この無法松の憧れの結晶になる将校の未亡人には高峰秀子。本当に、当代を代表する両名優がこの名作を飾った。ここで、また素晴らしい作品が生まれ出たわけです。

 で、もう私は、これ以上この『無法松の一生』という物語に関して何もお話する必要はないとも思います。つまりこれは、ごく自然に、私たち日本人の胸に染み通ってくるいい話です。しかし、ただ一つ、これが1958年のベニス映画祭に出品されて、そして見事に最高の金獅子賞に輝いた。つまり、極めて日本的である『無法松の一生』の物語というのは、また優れて地球的である。大事なのはこの点だと思います。

 このシナリオを書きました伊丹万作さんは、あの『お葬式』(84)『タンポポ』(85)の伊丹十三監督のお父さんである。これはもうご存じの通りです。まあ、それを言えば、私はあの『タンポポ』のラーメン屋さんのお話にも、実はこの『無法松の一生』の物語の匂いを嗅ぎ取るわけです。

 そして、この伊丹万作という人がいかに立派な人であったか、今日のこの映画の中でも聞き取れました。お母さんが息子に向かって言う、「敏男さんも男だから、松五郎さんのように、何でも思うたことを平気でずんずんやる勇気を持たにゃいかんですよ。分かった」。まあ、今では何でもなく聞こえます。しかし、思ったことをずんずんやる勇気。これを戦争中に人間の価値として伊丹万作は宣言したわけです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『無法松の一生』

2020-11-10 10:19:43 | 映画いろいろ

 今回は見ることができなかったが、東京国際映画祭で『無法松の一生』(43)の4Kデジタル修復版が上映され、NHKの「ニュース9」でも触れられていた。この映画を初めて見た時に書いたメモが残っていた。監督の稲垣浩が、検閲でカットされた無念を晴らした三船敏郎版も好きだ。

『無法松の一生』(43)(1980.5.24.日本映画名作劇場)

 めったに見ることができない、戦前の名作映画が、稲垣浩監督の死去に寄せて特別放映された。阪東妻三郎の主演映画は、以前、サイレントの『雄呂血』(25)を見ただけなので、トーキー映画としては初の対面となった。

 阪妻が演じる富島松五郎=無法松は、そのセリフ回しも含めて、最初は何だか変な感じがして戸惑ったのだが、見ているうちに、これが彼の“味”なのだと気付いた。以前見た、三船敏郎版も好きだが、この阪妻の味や存在感の大きさにはかなわない。

 人力車と子役(後の長門裕之)を巧みに使い、松五郎との見事なコントラストを見せるところが素晴らしい。見ながら何度も涙を誘われるのは、松五郎という無学な男を、ただの乱暴者ではなく、手の届かない未亡人(園井恵子)を慕う、優しさと純情の持ち主として描いているからだろう。

『無法松の一生』(58)(1982.11.29.千代田劇場.併映は『怪談』)

 この映画は、前にテレビで見たことがあり、オリジナルの阪妻版も合わせれば3度目になるのだが、今回ほど、見ながら泣かされたことはなかった。三船敏郎演じる松五郎の態度が、あまりにも悲しい道化のように見えてしまったのだ。

 好きな人にいくら尽くしても、決して報われることはない。それなのに、そうと分かっていながらも、尽くさずにはいられない姿…。これは『男はつらいよ』シリーズの寅さん(渥美清)や、最近の『蒲田行進曲』(82)のヤス(平田満)にも通じるところがある。否、それらの根底には、この無法松の物語が流れていると言った方が正しいのかもしれない。

 ただ、寅さんはいくら傷ついても、寅屋という帰るべき家があり、さくら(倍賞千恵子)をはじめとする肉親もいる。ヤスも最後は小夏(松坂慶子)と結ばれる。それに比べてこの松五郎の何と悲しいことか。

 彼は最後まで慕い続けた未亡人(高峰秀子)に気持ちを理解されない。彼女の方は息子だけが生きがいで、松五郎の優しさの本当の意味が分からない。だから、彼の死後、初めてその本心を知り、涙する姿に、複雑な思いを抱かされるのだ。

 また、この映画は、松五郎を囲む人々を演じた、笠智衆、田中春男、多々良純、有島一郎、稲葉義男、大村千吉、谷晃らが、実にいい味を出していることも特筆に値する。

「カツライス劇場」『無法松の一生』と『王将』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/c51b40ad7df8a33137767d8fb0eaf04f

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『デスペラード』

2020-11-10 08:25:52 | ブラウン管の映画館

『デスペラード』(95)

 かつてギャングに恋人を殺され、自らも手のひらを撃たれて演奏家としての道を断たれたエル・マリアッチ(アントニオ・バンデラス)。彼はギターケースに武器を詰めてギャングのボス(ジョアキム・デ・アルメイダ)を捜し出して復讐することを考えていた。

 ギターケースと棺桶の違いこそあれ、『続・荒野の用心棒』(66)など、マカロニウエスタンの影響を強くうかがわせる、スタイリッシュなバイオレンス映画。監督はロバート・ロドリゲス。

 ロドリゲス監督には『アリータ:バトル・エンジェル』(19)公開の際にインタビューをしたが、作る映画やマッチョな体型に似合わず、意外にも、とても礼儀正しく真面目な人という印象を受けた。

『アリータ:バトル・エンジェル』ロバート・ロドリゲス監督にインタビュー
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/06189778d83c82dd885c41dac9221977

【インタビュー】『アリータ:バトル・エンジェル』ロバート・ロドリゲス監督 
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/d2ad9aec30d1603459912ecf7dfe6276

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『キューポラのある街』

2020-11-10 07:34:13 | ブラウン管の映画館
『キューポラのある街』(62)(1985.10.22.)
 
 
 “キューポラ”と呼ばれる煙突が立ち並ぶ鋳物工場の町・川口を舞台に、貧しくも明るく懸命に生きる若者たちの姿を描く。
 
 鋳物職人の父(東野英治郎)が工場を解雇され、中学3年生のジュン(吉永小百合)は、高校進学のためにアルバイトを始める。だが父は、やっと決まった再就職先を辞めてしまう…。浦山桐郎の監督デビュー作で脚本は今村昌平。
 
 「貧乏が人を弱くするのか。弱いから貧乏になるのか…」「だぼはぜの子はたぼはぜ」など、貧乏人にとっては今でも身につまされるセリフの数々。でも、職人肌のどうしょうない父親や、仲間の間で仁義を通す子どもたちは今はもういなくなったのかな。
 
 北朝鮮に帰る在日のさんちゃん(森坂秀樹)の一家と牛乳配達の少年とのエピソードが泣かせる。ただ、今となっては、労働組合に解決を見いだす啓蒙的な側面に時代差を感じるところもある。
 
 吉永小百合と浜田光夫の若手コンビを、両親役の東野英治郎、杉山とく子、教師役の加藤武、さんちゃんの両親役の浜村純、菅井きん、親方役の殿山泰司をはじめ、下元勉、北林谷栄、小沢昭一、吉行和子ら名脇役たちが支える。
 
 ジュンの弟タカユキ役の市川好朗は、我が生まれ故郷の出身。地元では“氷屋の好朗ちゃん”として親しまれ、東映の脇役としても活躍したが、93年に45歳の若さで惜しくも早世した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする