硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語。92

2021-08-13 21:22:27 | 日記
「それが、明治政府が解放令を出すまで続くことになるんだけれど、差別は、人の意識の中には残り続けていて、第二次世界大戦後の日本国憲法後の民主化をもっても地位は改善されなかったんだ。その実態を「文明社会の悲惨」と、呼んだくらいにね。だから、差別を受けていた人々が団結して立ち上がり、差別行政糾弾闘争が起こって、60年くらい前に同和対策審議会設定法が出来て、その9年後に同和対策事業特別措置法が可決されて、ようやく民主化が始まったんだよ。それなのに、仏教のお寺の偉い人が、アメリカで、「日本には差別はない。」って言ったんだよ。そして、宗教者と呼ばれる人たちもこの発言に対して黙ってたって言うんだ。信じられないでしょ。それは、仏教界でも差別があったからなんだけれど、それがどういうものかというと、人が亡くなったら戒名って付くでしょ。それがね、の人達には、畜とか卑とか賎ていう文字を意図的につけて差別を図ってたんだ。これもね、江戸時代に出来た、諸宗次寺法度という法令がね、潘幕体制下で、院や僧侶、お寺の檀家を統制してゆくものであったから、幕府の意向が色濃く反映され、「」と呼ばれ、差別されていた人たちは、死んでも差別され続けることになったんだ。その制度がお寺では300年近くも維持されてきた。それは、釈迦の説いた四諦八正道とはかけ離れた思想であるのにもかかわらずだよ。でも、その実態にようやく光が当たることになって、40年前にようやく改善がなされるようになったんだ。」

恋物語。91

2021-08-12 18:19:23 | 日記
「でも、その技術は武器製造に直結していたから、内戦が本格化すると、戦国大名たちは、戦力で優位に立つ為に、彼らを雇うことになるんだけれど、その中でも腕のいい職人たちは、特に優遇されることになるんだ。そして、いつ終わるか分からない内戦が続いていたから、職人さんも増えていって、いつしか、コミュニティが出来て、それを権力者たちが、また固定化したんだ。
皮肉なもので、戦国時代の到来は、大勢の人が殺し合う世の中だから、貴族と呼ばれる人たちも、危険にさらされることになり、職人さん達を「ケガレ」と、忌み嫌えば、武器の調達ができなくなるから、武士もそれを許さなかっただろうし、人が殺し合い、強奪や搾取が当たり前の日常では、動物を殺生する事を、「ケガレ」と、言って、差別する理由もあいまいになったんじゃないかと思う。でも、大坂夏の陣で徳川が豊臣を滅ぼして、内戦が終息すると、武器や鎧を作っていた職人さん達は仕事にあぶれることになってしまって、仕事がなくなると、生活が難しくなって、新たな仕事を求めて、コミュニティを離れる者も出てきて、それぞれの土地で、また形成されることになったらしいんだ。もちろん、権力者によって強制的に移され、固定された人たちもいるんだ。
そして、徳川幕府は、国を安定させるために、確実に年貢を摂り、武器を持たさず、武士と他の身分の違いをはっきりさせる、封建的身分制を確立させたんだけれど、町人や商人、農民が反抗しないように、さらに下の階級を残し、それぞれに、役割を与えたらしいんだけど、差別を受けてきた人たちの中には、町民や農民が、「理解できなかったり、嫌ったり、新たに創造したりした、あらゆる仕事」を、引き受けていたから、町人や農民よりも、労働と対価を交換する機会も増えて、個人的なスキルによって、財を成したり、権力者から優遇される者も現れ、武士や町人よりも、豊かな暮らしが営めるようになった。でも、その反面、差別する事で優越感に浸っていた者の中には、裕福になった「ケガレ」を妬んだ人もいただろうと思う。それは、中世ヨーロッパにおけるユダヤの人達に似ているかもしれないね。」

恋物語。90

2021-08-11 19:48:16 | 日記
「社会的差別の起源といえるものは、大宝律令による、身分制度が原型かもしれないけれど、それ以前の日本の土着民の存在も関係しているように思う。その人達は、狩猟をし、猪やシカの肉を食べていたから、動物を殺生し解体する事は日常的であり、神にささげる儀式には馬の解体が必要とされていたから、その役割を彼らが引き受けていたんだ。
でも、大陸から稲と稲作技術を持った人たちがやってくると、農耕が広がり始め、より安定して収穫するために、土地や水、それらを整備する為の組織が必要となった。
そこでは、稲作の知識がある者や統制力のある者が、自然と組織の中心になり、身分の差が、ゆるやかに構築されて、その後に、仏教が伝わってくると、仏教の思想は、動物を殺生する事を禁じていたから、動物を殺生する人たちの行為は、「穢れ」となり、仏教を享受する事の出来た貴族と呼ばれる人たちは、彼らを「ケガレ」って、呼ぶようになって、社会的に差別したと言われているんだ。そしてね、その頃は、牛や馬は日本に存在していなかったといわれていて、その説が真実なら、馬の解体を引き受ける人も、様々な形で、大陸から、牛や馬、技術や文化と共に日本に来たので、人種の違いによっても、差別対象になったのではと、考えられるんだ。また、皇軍に反逆して、内外の戦いに敗れて捕虜になった者や、罪を犯した者、債務のために身を売った者、代々賤業を受け継いだ者、障碍を持つ人なども差別の対象となったんだ。そして、「蝦夷」や「熊襲」と、呼ばれた土着民達は、大和朝廷によって、征討され、朝廷に服従させられ、全国各地に強制的に再配置された事が、今の差別につながっているように思う。
それからね。普通の人達は、鉄を溶かして形成して農機具を作ったり、動物の皮を加工したりすることを、不思議な力としか考えられなくて、それを生業とする人たちを、不思議な力を持つ人と捉え、天災についても、自分達には理解できない事だったから、根拠もなしに、「ケガレ」が引き起こすと思われ、その嘘が広まり、忌み嫌われるようにしまったんだよ。酷い話でしょ。」


恋物語。89

2021-08-10 20:35:52 | 日記
「驚くよね。でも、だからといって僕は何も変わらない。でもね、社会は、僕たちの知らない所で、ひどく歪んでるんだ。例えば、就職先も、出生地が分かると敬遠されたりするようだし、結婚となると、僕の父さんと母さんは幼馴染だったから、問題はなかったけれど、地区の外の人と結婚しようとすると、相手の両親が猛反対して、諦めなきゃならないってケースも沢山あったんだよ。ただ、地区出身っていうだけでね。」

「ひどい! それって差別じゃない! SDGsの目標にも、人や国の不平等をなくそうってあるのに。私の父さんや母さんだってそう思うよ。」

「そうかも知れないね。でも、おじいちゃんやおばあちゃんの世代は、差別意識が根強く残っている世代だから、僕らが結婚ってなった時、きっと、反対すると思う。」

「そんな! そんなことない! そんなこと・・・・・・。」

その時、ようやく分かった。どうして私と距離を置いていたのかを・・・。彼の優しさは、鋭く尖った刃のようで、深く私の胸に突き刺さり、涙が溢れそうになった。

「ごめん。やっぱり話すべきではなかったかな。」

「ううん。今、凄く心が痛いけど、加持君の思い悩んでた理由が聞けてよかった・・・。」

でも、想いは複雑。彼の出生地がどうであろうと、私には関係ないはずで、誰が悪いわけでもない。でも、実体のないモノには、話し合うことも、怒ることも、ぶつけるところもない。

「ありがとう。でもね、令和になっても差別意識がなくなっていないという事は、これから先も、どこかであり続けるってことだし、その理不尽さは、地区出身者である僕にも降りかかってくるかもしれない。だから、しっかり勉強して、学歴を得る事で相殺しようと考えてるんだ。」

「そうだったんだ・・・・・・・。」

その事実を知らされた時、私はなんて子供なんだろうと思った。ただ好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたいと願っていた事が、ままごとのように感じた。

「・・・その差別って、いつ頃からあるの? 」

「僕自身もよくわからなかったから色々調べたんだけど・・・・・・。聞いてくれるかな? 」

「うん。聞きたい! 」

逃げてはいけない。真正面から向き合って、いっしょに考えてゆかなければ、先には進めないと思った。

恋物語。88

2021-08-09 17:26:19 | 日記
「村主さんは、凄く家族を大切にしているよね。時々家族の話をしてくれる時、それを凄く感じるんだ。それは、僕も同じで、両親を大切に思ってる。」

「うん。おじいちゃんもおばあちゃんも父さんも母さんも妹も大切だよ。」

「だよね。村主さんも自分の家庭が出来たら、温かい家庭にしたいって言ってたのがすごく印象的で、すごく優しい子なんだなって思った。」

「そう思ってくれるのはすごくうれしいけれど、私、ぜんぜん優しくないよ。けれど、今の自分があるのは家族があってこそだし、もし、結婚して家庭を持ったら、温かい家庭にしたいなって思うの。」

優しく頷いてる加持君。でも、なぜ? 

「村主さん。突然だけど、僕の住んでいる川下町って、昔、なんて呼ばれてたか知ってる? 」

「川下町? 」

「じゃあ、地区って聞いた事ある? 」

たしか、社会か歴史か人権学習で習った。そうだ。SDGsでも・・・。

「うん。同和問題って人権学習で教わったよ。でも、川下町と、どういう関係があるの? 」

「そうだね。やっぱり、僕らの世代だと、知らない人が多いんだね。川下町って、かつては地区って呼ばれてた町なんだよ。」

「えっ。」

私は、彼の告白に、なぜか、動揺してしまった。加持君は、それが分かったのか、少し寂しそうに笑っていた。

恋物語。87

2021-08-08 21:00:15 | 日記
「お待たせしました、マルゲリータピザ&ちょい盛りポテトフライです。」

ホクホクのピザがテーブルに運ばれてきた。チーズの匂いが食欲をそそる。
思わず、じっと見つめる。

「どうぞ。」

「ありがとう。じゃあ、いただきます。」

手を合わせて軽くお辞儀をする。加持君も同じように動作する。当たり前の動作だけど、前の彼はしない人だったな。
ポテトフライに手を伸ばし、口に運ぶ。定番のポテトフライだけど、彼とのシェアって言うスパイスがよりおいしく感じさせる。
幸せだなって思う反面、さっきの言葉が心のどこかでずっと引っかかっている。不意に気持ちが萎れる。このままでは、ずっと引きずってしまう。やっぱり、聞いておかなければ。

「加持君。さっき、不可欠って言ってたけど、なにかあるの? 」

ピザをむしゃむしゃ食べていた加持君は、私を見つめてると、ドクターペッパーで、ピザを押し込み、

「・・・・・・。そうだね。いつか話さなきゃって思ってたしね。」

と、言った。困った時の顔をしてる。聞かなきゃよかったかな。

「ごっ、ごめん。いけない事聞いちゃったかな? 無理に答えなくていいよ。」

慌てて前言撤回しようとしたけれど、加持君は、「村主さんには知っておいてほしいから・・・・・・。でも、どう説明すればいいかな・・・・。」と言って、しばらく言葉を詰まらせてしまった。こんな時、どう話しかけていいか分からなかった私は、彼の言葉を待つ事しかできなかった。
彼の話の続きを待っている間に、店員さんが、パンケーキを運んできて、メニューの確認をすると、彼は、考えているスイッチを一度切り、「ありがとう」と、丁寧に答えてから、おおきく深呼吸をした。

恋物語。86

2021-08-07 21:38:57 | 日記
「ドリンク何がいい? 僕がとってくるよ。」

加持君が席を立つ。ボヤっとしてて、気後れしてしまった。

「あっ、ごめん。えっと、ホットココア。」

「ホットココアね。じゃあ、待ってて。」

「ごめん・・・なさい。」

また、彼に気を使わせてしまった。私って本当にバカ。彼の背中を目で追いかける。
彼の気持ちはすごくうれしい。でも、確かなものが欲しい。それが、欲張りなのも分かってるけど、頭の中だけじゃ、もやもやするだけ。

「どうぞ、ホットココアだよ。」

私の前に、緩やかに湯気を立てているホットココアが差し出される。彼は、ドクターペッパー。

「寒いのに、冷たい飲み物? 」

「うん。ピザとポテトフライなら、この組み合わせが最高だよ。」

「あっ、そっか。たしかに暖かい飲み物じゃ、合わないね。」

「でしょ。」

そう言うと、すごくおいしそうにドクターペッパーを一口飲む。

「村主さんは、受験勉強進んでる? 」

うっ。いきなり苦手とする質問。でも、サボってるわけじゃないし、計画的に進めてるし、後ろめたさはない。今日はわがまま言っちゃったけど。

「うん。とりあえず志望校の合格ラインに留まるように努力してるよ。加持君みたいに国立大を目指すわけじゃないから、何とかなってるって感じ。加持君はほぼ毎日塾通いで大変じゃない? 」

「大変じゃないって言えば、嘘になるけど、この壁を超える事はこれからの僕にとって不可欠なんだ。」

「不可欠」っていう所の語彙を強めていた。もしかしたら、その言葉に、私の知らない加持君がいるのかもしれない。

恋物語。 85

2021-08-06 20:09:55 | 日記
何が食べたいか、じゃなくて、何が嬉しいのか、が、今の私には大事。それなら、二人でシェアできれば、一番お金を使わなくて、美味しくて、嬉しいはず。これは間違いない。

「じゃあ、マルゲリータピザ&ちょい盛りポテトフライをシェアして、ドリンクバーを二つていうのはどうかな? 」って、提案すると、加持君は、「遠慮しなくていいよ。お腹減ってるなら、しっかり食べたほうが幸せだよ。」と、言ってくれた。
そんな事言われたら、甘えてしまうよ。でも、お腹を満たす事が目的じゃないから、本当にそれで十分。

「遠慮してるわけじゃないよ。あまり食べれないから、それくらいでいいんだよ。」

「じゃあ、決まりだね。」

私はすぐにボタンを押して店員さんを呼んだ。でも、お昼ごはんをすませたお客さんがレジの前に2組いて、すぐには手が離せない様子。他の店員さんも接客中だ。
加持君は、店員さんが来る間、メニューをじっと見て、何かを考えているみたいで、ちょっと話しかけづらい雰囲気だった。

店員さんがやってくると、加持君は表情をやわらげて、「マルゲリータピザ&ちょい盛りポテトフライと、マンゴーとマスカルポーネクリームのパンケーキと、ドリンクバー二つで。」と、注文した。

突然のパンケーキの追加に驚きながらも、私が、パンケーキ好なのを覚えてくれていたんだと、心の底から感動した。

「ありがとう。」と、お礼を言うと、「パンケーキ美味しそうに食べてる姿が印象的だったから勝手に頼んじゃった。よかったよね? 」と、言って微笑んだ。
この人はどこまでかっこいいんだろう。

もう、胸がいっぱいで、今すぐにでも抱きしめられたい。そう思ってしまう自分が、不純なのはわかってるけど、彼に触れていたいって言う気持ちは、もう抑えきれないよ。
でも、彼には、触れてはならない何かがある。今日は、それを聞かなくては。
神様、どうか、力を貸してください。

恋物語。84

2021-08-05 21:18:40 | 日記
でも、私がいろんなことを次から次へと話していても、彼は、ちゃんと興味を持って頷いてくれ、自分の理解が及ばない事には、きちんと質問をしてくれる。
時々鋭いツッコミに慌てふためくけれど、彼と共に考えながら話していると、相互理解が深まってゆく気がする。
もちろん、ほとんど中身のない話でも、面白おかしく話すと、笑ってくれたりもする。
加持君は本当にいい人だし、人生を共にするパートナーとしても最高の人だと思う。

東口のガストには、少し遅いお昼を摂っているお客さんが数人いた。大学生くらいの女性店員さんが、私達に気が付くと、「お二人様ですか? 」と尋ねてきた。
加持君は丁寧に「二人です。」と答えると、店員さんは、フロアを見渡し、「開いているお席へどうぞ」と、案内をしてくれた。
私達は、息を合わせたように、「どこにしようか? 」と、聞き合ってしまって、照れ笑いが溢れた。店員さんも微笑んでいる。
ドキドキしながら、機転を利かし、「加持君が落ち着く場所なら、どこでもいいよ。」と、言うと、彼は、少し照れながら、「窓の近くはなんか恥ずかしいから、奥の席でいいかな? 」と言った。

「じゃあ、あの奥の席へ行こうよ。」

私は開いている席を指さすと、彼も、「うん。いいね。」と、頷いてくれた。

彼の背中を追いかけるように歩き、席に着き、上着を脱ぐと、メニューに手を伸ばし、「はい。どうぞ」と言って、加持君に渡した。
彼は、「ありがとう。お腹空いたね。」と、言いながらメニューを開き、「好きなの注文していいよ」と、言ってくれたけれど、あまりお金を使わせてはいけないなって思って、何がベストなのかを懸命に考えた。

恋物語。83

2021-08-04 20:29:11 | 日記
「ごめん。待った? 」

「ううん。嬉しくって早く来すぎちゃった。無理言ってごめんね。」

両手を合わせて頭を軽く下げる。すると、彼は、はにかみながら、「2時間くらいしかないけど、いいかな。」って、気遣ってくれた。

「ぜんぜん。すごくうれしい。私のわがまま聞いてくれてありがとう。」

「えっ、これって、わがままなの? 」

凄く意外な返事が返ってきた。加持君はどう感じてたんだろう。

「う~ん。わがままだと思うよ。加持君、迷惑じゃない? 」

「迷惑じゃないよ。迷惑と思ってたら断ってるよ。」

そういって、優しく微笑む彼。

「たしかに。加持君ならそうするね。」

私は本当にこの優しさに甘えていいんだろうかと思ってしまう。わがまま言いすぎると、いつか、私の手から零れ落ちてしまうんじゃないかって不安になる。

「じゃあ、どうしようか・・・。村主さんは、もうお昼ごはん済ませたの? 」

「あっ、まだです。」

「よかった。僕もお昼、まだなんだ。」

「どこかで、ご飯食べますか? 」

「うん。じゃあ、東口のガストでいいかな。少しおこずかいあるから、ご馳走します。」

「そんなの悪いです。私こそご馳走しちゃいます。」

二人で遠慮しあう。何となく笑えてくる。でも、このやり取りがすごく心地いい。

「時間がもったいないから、先ずはガストへ行こう。」

「そだね。」

オブジェに背を向け東口へ歩く。彼は歩くのが早くて、ついてゆくのが大変な事もあるけれど、少しでも離れたら、立ち止まって私を待ってくれる。そんな時、手を繋ぎたいって思うけれど、手を繋ごうとすると、彼はきっと、「ごめん」といって、手を放してしまうだろう。
いつも、そこに、もどかしさを感じていた。

恋物語。 82

2021-08-03 21:16:46 | 日記
スマホを取り出して、LINEしようかと思ったけれど、早く来てって催促しているみたいで嫌だな。ちゃんと自制しなければ。
気持ちを落ち着かせたくて、音楽のプレイリストを開く。最近の推しは、藤井風。
囁くような声にのせるメロディと言葉は、勇気をもらったり、慰めてもらったり、なにかに気づかせてくれたりするから好き。

湿った鉄の匂いのする駅の高架下から吹き抜けてくる冷たい風は、ハーフコートを着てても身を縮めるほど寒く、洩れるため息まで白くなる。
そういえば、夜には雪が降るって天気予報で言ってたな。
寒さに負けず、じっと待つ。スマホの時計は、12時45分。LINEの着信。加持君からだ。ドキドキしながらLINEを開く。

「駅につきました」

ドキドキ。すぐに「オブジェの前にいます」と返信すると、「り」のスタンプが送られてきた。

改札口を見つめる。グレーの無地のトレーナーの上に、ちょっと着古した、紺色のノースフェイスのダウンジャケットを羽織り、黒いストレートのデニムに白いアディダスのスニーカーを履いた、カンゴールのリュックを背負っている短髪の男性が加持君だ。
私服はいつもほぼ同じだけれど、飾り気のない自然体なセンスが好き。
私に気づいた彼。目があう。思わず大きく手を振る。彼は照れくさそうに軽く手を挙げると、こっちに向かって駆け出した。

恋物語。 81

2021-08-02 19:45:06 | 日記
我がままを言うのは苦手。なんか、相手に我慢をさせてる感じがするし、幸せを奪う事になるんじゃないかって思うから。
だから、私の気持ちは2番目でいいし、それで、相手が喜んでくれるのなら、私は幸せ。

クリスマスイブの日は、私の家で、明日香と綾乃で小さなパーティが出来ればと思ってたけど、それぞれに会う人がいるっていうから、ぼっちになってしまった。
本当は加持君と一緒に過ごしたかったけれど、加持君は進学塾に通っていて、わがまま言ったら迷惑が掛かってしまうから言い出せなかった。でも、いつも優しく、穏やかな彼だから、時間作ってくれるかもっていう希望がちょっとあった。
悩みに悩んだ。でも結局、彼の事を考えると少しでも会いたいという気持ちが押さえられなくなって、これくらいのわがままなら、許してくれるだろうと、「少しの時間でもいいから会えないかな」って、LINEを送った。

加持君はいつもすぐに返信してくれる。その期待通り、LINEの返信はすぐに送られてきた。

「塾が3時半からだから午後3時までなら」

少ない時間だけれど、それだけで十分。

「ありがとう。すごくうれしい」

思わず喜びを素直に返信してしまう。まだ、まともに手を繋いだこともないのに、私の気持ちを察してくれる。だから私は加持君が好きだし、信頼している。

待ち合わせは、駅前の広場に設置されている、愛と平和がテーマになった前衛的なブロンズ像の前に1時。
彼は時間を守る人だから、5分前に着けばいいっていうのはわかってるけど、一秒でも彼との時間を共有したいっていう気持ちを抑えられなくて、12時半に着いてしまった。