
父の祥月命日の日。
今年も近くに住む姉妹は仏壇に手を合わせにきてくれた。しかし、40年以上も経つと父の話は3分、後は日々のことになる。急逝したとき妹たちは20前後、今は子どもや孫と賑やかに過ごしている。めそめそした会話でなく、どたばたする話に、父は黄泉の世界で微笑んでいるだろう。
今年は、父の事を書いた投稿がはがき随筆に載ったことが新しい話題になった。上の妹の家はM新聞、ほかの姉妹にメールで送っているようだ。家内は父を知らないが、母からいろいろ聞かされており、私の知らない父の事を知っていることがある。だから姉妹の話の中へ自然に入っている。
長々としたおしゃべりが終り、腰を上げるころ「再来年はお母さんの25回忌をするから、みんな元気にやろうね」そんな意味のことを妻が言った。楽しみに待っているから、どこかへ旅行するかの感じで答えていた。
再来年はおろか毎月のように話に来る姉妹と受ける妻、小姑と嫁の関係はなさそうだ。秋の空のように、いつまでもサッパリした付き合いを続けたい。
(写真:秋の気配、岩国城を見上げる紅葉を見つけました)