
節分の翌日が立春、俳句を楽しむ知人が「立春、立夏、立秋、立冬は季語にあるが節分はない」と教えてくれたことをふと思い出した。たしなまない自分にはその意味は解りにくい。しかし、節分は各季節の変わり目をいうが、今は立春の前の日のみを節分と呼んでいる。すると季語としてはいらないのでは、と思いつく。句に節分を折り込めば冬の終わりと気づくのでは、と門外漢の勝手な思い。
今日は暦通り寒気団が緩み春を感じるが、気象予報では次の週末にはこの地でも雪マークが出ている。寒が明けても本来の春の暖かさにならないどころか、寒気団の襲来もあるようだ。余寒、春寒しなどはこれからの寒暖差を表現するいい言葉だと思う。春近づくを感じる雪解けという言葉も待ちどうしい。
立春になったからと言って草木が一気に芽吹き、生育するものではない。わかってはいるが、子どものころから見ている道沿いの桜の古木の枝々の蕾が喜んでいるように見えるのはひいき目線だろう。綺麗に刈られた畑の法面、やがてのぞき始める雑草は春の温かさを感じながら伸びるだろう。
節分が過ぎるとやって来る大切な手続きがある、それは確定申告。納めすぎた税金返還のための手続き、現役のころ還付は楽しみだったが今もそれは同じ。先日、税務署から「確定申告のお知らせ」が届いた。マイナンバーの記載とそれを証明する方法があちこちに載っている。いよいよ個人情報で管理される春がやって来る。