九州のマッターホルン・虚空蔵山に再度訪れた。
前回は木場口から登ったので、今回は岩屋口から登ることに決めていた。
山に登る前に、その途中にある岩屋権現(岩屋神社)に立ち寄った。
道の左手に鳥居が見えた。それを示す標識等がないので見落とすところだった。
鳥居の横に説明があった。
活字に直すと
「岩屋権現は弘法大師が取立てた伝えられる古い神社で、祭神は本地毘沙門天である。
神殿は豊州生まれの僧円順が岩を穿って作ったもので拝殿の入口に享保七年(1728)年に建てた円順の頌徳碑がある。
瀬戸の初音は此処が女人禁制の道場であったにもかかわらず、その真心が通じて参詣が許され、
岩屋尾根の岩かけごろも
きてみて帰る瀬戸の初音
と歌を残したと言われる。
百九十九段の段の石段には鬼が一夜で築いたという伝説もある。 川棚町教育委員会」
これが鬼が一夜で築いたとという199段の石段だ。
登山前の足慣らしにちょうどいい。
上から石段を振り返る。
さらにその上の崖
そこを登りきると
岩屋を利用した拝殿があった。
この崖を穿った拝殿を見学でき満足して後にしたのだが、重大な見落としをしていた。
崖の下からもう一度見上げると、先ほどの拝殿の右側にもう一つ何かありそうなのだ。
白っぽいのが拝殿の窓、アップにすると
その右側もカメラの望遠を利かせてみると
なんだあれは?
実はあれが神殿で、石段の横の説明にあった毘沙門天が祀ってあるという。
ではどうやって行くのかという疑問が生じた。
あの拝殿の横の崖を、ロッククライミングしてよじ登るのか?
下調べもせずに行ったのがよくなかった。実は拝殿の壁に神殿に通ずる小さな穴があるということだ。
もう一度拝殿を見て見ると…
赤で囲んだ部分だ。「耳の穴」と呼ばれているそうだ。
私はてっきり鏡と思っていた。拝殿に入ったらけっこうそこがまぶしくて鏡が光を反射しているものだと思い込みあまり気に留めなかったのだ。それほど拝殿そのものすごさに満足していたのだ。今日はいいものを見ることができたな、と。
しかし、虚空蔵山は大変気に入った山なので今後3回、4回…と訪れるだろう。岩屋権現の神殿はその時のお楽しみにということで199段の石段を下りた。
境内は時が止まったように静かだった。
(ここからは神殿がはっきりと見えた)
この後、虚空蔵山に登るべく岩屋口に向かった。
前回は木場口から登ったので、今回は岩屋口から登ることに決めていた。
山に登る前に、その途中にある岩屋権現(岩屋神社)に立ち寄った。
道の左手に鳥居が見えた。それを示す標識等がないので見落とすところだった。
鳥居の横に説明があった。
活字に直すと
「岩屋権現は弘法大師が取立てた伝えられる古い神社で、祭神は本地毘沙門天である。
神殿は豊州生まれの僧円順が岩を穿って作ったもので拝殿の入口に享保七年(1728)年に建てた円順の頌徳碑がある。
瀬戸の初音は此処が女人禁制の道場であったにもかかわらず、その真心が通じて参詣が許され、
岩屋尾根の岩かけごろも
きてみて帰る瀬戸の初音
と歌を残したと言われる。
百九十九段の段の石段には鬼が一夜で築いたという伝説もある。 川棚町教育委員会」
これが鬼が一夜で築いたとという199段の石段だ。
登山前の足慣らしにちょうどいい。
上から石段を振り返る。
さらにその上の崖
そこを登りきると
岩屋を利用した拝殿があった。
この崖を穿った拝殿を見学でき満足して後にしたのだが、重大な見落としをしていた。
崖の下からもう一度見上げると、先ほどの拝殿の右側にもう一つ何かありそうなのだ。
白っぽいのが拝殿の窓、アップにすると
その右側もカメラの望遠を利かせてみると
なんだあれは?
実はあれが神殿で、石段の横の説明にあった毘沙門天が祀ってあるという。
ではどうやって行くのかという疑問が生じた。
あの拝殿の横の崖を、ロッククライミングしてよじ登るのか?
下調べもせずに行ったのがよくなかった。実は拝殿の壁に神殿に通ずる小さな穴があるということだ。
もう一度拝殿を見て見ると…
赤で囲んだ部分だ。「耳の穴」と呼ばれているそうだ。
私はてっきり鏡と思っていた。拝殿に入ったらけっこうそこがまぶしくて鏡が光を反射しているものだと思い込みあまり気に留めなかったのだ。それほど拝殿そのものすごさに満足していたのだ。今日はいいものを見ることができたな、と。
しかし、虚空蔵山は大変気に入った山なので今後3回、4回…と訪れるだろう。岩屋権現の神殿はその時のお楽しみにということで199段の石段を下りた。
境内は時が止まったように静かだった。
(ここからは神殿がはっきりと見えた)
この後、虚空蔵山に登るべく岩屋口に向かった。
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