西尾市伊文町に鎮座される「伊文(いぶん) 神社」、御祭神は『素盞嗚尊・大己貴命(大国主命)・文徳(もんとく)天皇』
由緒「1,150年前、朝廷の命により吉良(現在の西尾)の地を根城にして略奪を繰り返していた兼光・兼盛討伐の為、第五十五代文徳天皇の皇子八條院宮が西尾の地に赴き、その際に屋敷の東西に御祀されていた、天王社(伊文神社)と八幡社(御劔八幡宮)を随遷されたと伝わる。天王社、天王宮、伊文山(いもやま)牛頭天王(ごずてんおう)、伊文山天王宮等と称したが、文政の頃に「伊文社(いもんしゃ)」となり、明治維新以降は伊文神社とされた。承久(1219~1222)の頃より、本所の総産土神、総鎮守とされた。昭和54年1月1日夕刻、不慮の火災にて拝殿及び琴平社拝殿を焼失。翌年にコンクリート造の御社殿を復旧した。」公式HPより
境内入り口より神域を守護されるのは「石匠・酒井孫兵衛作」で昭和6年奉納の岡崎型狛犬さん一対。吽形は仔狛を、阿形は玉の上に足を乗せています、
上目づかいで親狛を見上げる仔狛の視線が、いかにも「隙を狙ってます」風で、何とも「いとかわゆし(笑)」
昭和55年に建築された唐破風付きコンクリート造りの社殿。
お子様の御健康を祈る「子安の泉」。子供の喉や足の病などに御利益があるそうです。
御本殿の正面に置かれた「茅の輪」がデザインされた絵馬。
役割を終えた御札や御守りを返納する「古札納め所」。返納されたお札やお守りは祓い清められ、御焼の儀で炊き上げられます。
「古札納め所」左右より神域を守護されるのは明治23年奉納の狛犬さん一対。イメージとして岡崎型に似ていなくも無いですが、独特の顔立ちが何ともユニーク。
鳥取県に古くより伝わる「麒麟獅子」に何となくイメージが似ていて、特にこの横顔なんかはどちらがモデルなのかと二度見するほど。
自然石を巧みに配した味わいのある手水鉢。
参道左手の建物は地元商人らが飢饉に備えて食料を備蓄していた「義倉蔵」。団結力が強かった町民たちが義倉の制度を作って建てたもので、建物は西尾市指定文化財となっています。
参拝日:2011年9月22日
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