守田です。(20160507 22:30)
前回に続いて元東芝の小倉志郎さんが書かれた『元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ』の書評の後半をお届けします。
この書の中の後半でも小倉さんは「原発の複雑さ」と「放射線被曝の恐ろしさ」を丹念に述べられています。
[原発の複雑さ]
「原発の複雑さ」で小倉さんが強調されているのは、火力発電と原子力発電の違いです。
というのは両者はともにお湯を沸かしてタービンを回して発電しているので、「火力ボイラー」を「原子力ボイラー」におきかえたようなものと説明されます。
小倉さんもまずはこれを踏襲し、ここだけを書けば似たような「ポンチ絵」が書けることを紹介しています。
しかし実はボイラーのところが全然違う。「火力と異なり、原子炉周りに、原子炉の性能を維持したり、緊急時に原子炉の安全をまもるための多くの補助システムが付属している」からです。小倉さんは次のように列挙しています。
1原子炉再循環系(PLR系)、2制御棒駆動水圧系(CRD系)、3原子炉残留熱除去系(RHR系)、4原子炉水浄化系(CUW系)、5高圧注水系(HPCI系)
6原子炉隔離時冷却系(RCIC系)、7炉心スプレー系(CS系)、8ホウ酸水注入系(SLC系)、9燃料プール冷却浄化系(FPC系)
重要なポイントは、これらのどれも火力発電にはないものばかりだということです。
1,2,4は原発運転時は常に働いしてるシステム、9も燃料プールに核燃料がある限り常時、動いてなくてはいけない。3,5,7は工学的安全装置でいざというときに作動して原子炉を冷却しなくてはらない。
6は原子炉運転中にタービン系から切り離された時に急速にスタートし、原子炉の水位を保つものだそうです。
さらに小倉さんは原子炉の中にどんなポンプが配備されており、これが先ほどの機器とどうつながっているかを示した図、「BWR概念フローシート」を紹介しています。(40、41ページ)
ちなみにBWRとは沸騰水型原子炉こと。この図がネット上にもアップされていたのでご紹介します。ぜひご覧下さい。
BWR概念フローシート
http://ow.ly/i/9sVU/original
これはもともと小倉さんが、沸騰水型原子炉のどこにどんなポンプがあるのかを示すため、『流体工学』誌(1973年10月号)に投稿した論文に掲載した挿絵だそうです。
小倉さんは「主にポンプと主要な機器類と配管の繋がりを示しているだけである」と「だけ」を強調しておられます。
実はこの図には載っていないものとして、10窒素ガス供給系、さらに後から加えられた、11可燃性ガス制御系(FCS系)などもあり、この図でも全貌を書き表せてはいないのだそうです。
しかもこうした多種類のシステムは、設計も部品の製造も、違う会社であったり、同じ会社でも違う部門で作られたりして、現場で組み立てられてやっと一つの原子炉になるのだという。小倉さんはこう言います。
「したがって、原発の全体を隅々まで一人で理解している技術者はこの世の中には一人もいない。」「予期していない現象や事故などの際には、どうしたらよいかわかる人間が一人もいないということも当然ありうる。」(ともに本書p42)
このため、よくテレビなどで使われているような単純化された「ポンチ絵」をみせて「分かったことにさせる」ことを小倉さんは罪深いと指摘されています。
ちなみに原発は、通常の発電系統でも緊急停止などの系統でも、自動制御装置がたくさん採用されており、しかもそれらにLSI(大規模半導体集積回路)が使用されているため、「運転者にとって完全にブラックボックス」なのだそうです。
[放射線被曝の恐ろしさ]
続いて小倉さんは「放射能と放射線の影響」を詳しく解き明かされていきますが、その入り口で紹介されているのが「原爆症認定訴訟」です。僕はここもビリビリと来ました。
「原爆症認定訴訟」・・・そもそもこの言葉が多くの方にとってなじみのないものだと思いますが、これは被爆者の中でガンをはじめさまざまな病気にかかった人が、それらが被曝由来の「原爆症」であることの認定を認めた裁判です。
ひるがえっていえばこの国は、原爆に被災した多くの被爆者が、がんをはじめとするさまざまな病になっても、被曝との関係を認めないで来たのです。鬼のような国です。
特に認められなかったのが内部被曝による健康被害でした。広島でも長崎でもたくさんの人々が家族を探して後から爆心地に入り、大量の放射能を吸いました。そればかりでなく原爆雲の広がった至るところに放射能は降り被曝が起こりました。
しかしアメリカは内部被曝の害をまったく認めてこなかったのです。日本政府もアメリカに追従するばかり。このことでたくさんの被爆者が塗炭の苦しみを受けてきました。被曝を知らずに亡くなった人々もたくさんいました。僕の父もその一人です。
原爆症認定訴訟はその中で「この病気がピカドンのせいだと認めさせなければ死んでも死にきれない」と起ちあがった被爆者のみなさんによって提訴され、2006年5月大阪地裁を皮切りに各地で勝訴を続けてきたものです。
これらの判決の画期的な位置性を小倉さんは以下のように紹介されています。
「1、原爆が爆発中の放射線による外部被ばくではなく、身体内に取り込んだ放射能による『内部被ばく』の健康への影響が公に認められた。
2、原爆が爆発中の強烈な放射線ではなく、「低レベル放射線による継続的被ばく」の健康への影響が公に認められた。」(本書p46)
このとき裁判で証拠として採用されたのが、前回、ご紹介した小倉さんにとって「アッパーカットを食らった」ような衝撃を与えられた書でもある『死にいたる虚構』と『放射線の衝撃』なのでした。
ともに被爆医師、肥田舜太郎さんが、臨床医として働きながらコツコツと翻訳され、自費出版の形で日本に紹介した本でした。
小倉さんの本には書かれていませんが、もう一つ、法廷で内部被曝の害を証明し、勝訴に導いた重大な証言が琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬さんの陳述でした。その矢ヶ崎さんからの聞き取りで僕が作成したのが『内部被曝』(岩波ブックレット、共著)です。
小倉さんはここから数ページにわたって放射線被曝、とくに内部被曝のメカニズムを解き明かしていますが、極めてコンパクトに分かりやすく、エッセンスだけをおさえる形で書かれていてとても見事です。
ここではその紹介を割愛しますが、ぜひ本書を手にとって読んでいただきたいです。
これらを紹介した上で国際放射線防護委員会(ICRP)が被曝許容度としている1年間あたり1ミリシーベルトの被曝が「1年間に自分の身体の約60兆個の細胞の核を平均的に1本ずつ放射線が通る程度の被ばく」となることを小倉さんは示しています。
その上で、ICRPすら1ミリシーベルトの被曝でも健康に影響があると述べているのに、今や政府が年間20ミリシーベルトの被曝を強制しようとしているのは本来大問題、しかしメディアがそのような報道をほとんどしていないと慨嘆されています。
小倉さんはこの章を次のように結ばれています。
「少なくとも福島第一原発から放出された放射能で汚染し、そこで暮らせば内部被ばくの可能性がある地域では出産はせず、子どもたちは一刻も早くより汚染の少ない地域に避難させねばいけない。これは政府が最優先でおこなわねばならないことだ。
子孫の命を守ることができないような日本社会なら、それはもう、野生動物の群れよりも愚かな集団だと言わざるをえない。」(本書p54)
まったく共感です。同時に元原発技術者の中で、ここまで明解に内部被曝の深刻な危険性を説き、子どもたちの避難を鮮明に提起していらっしゃる声に、僕は初めて接しました。
原発の危険性の解明にとどまらず、退職後に内部被曝の危険性を学ばれ、自らが仕事をされていたときの放射線管理区での仕事の経験を踏まえられてのこの発信には本当に強いパワーがあります。
続く
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守田敏也 MORITA Toshiya
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[著書]『原発からの命の守り方』(海象社)
http://www.kaizosha.co.jp/HTML/DEKaizo58.html
[共著]『内部被曝』(岩波ブックレット)
https://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-270832-4
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