明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1214)ファシズムを打ち破るために―「テロ」という言葉について熟考しよう!

2016年02月20日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160220 23:30)

前回、「ファシズムに抗して」というタイトルで、あえて選挙で野党共闘が機能せずに改憲への流れができてしまった場合のことを論じました。今回は反対に選挙で勝ってもなおファシズムの勢いが増してしまう可能性について論じたいと思います。
僕がもっとも懸念するのは、自衛官が殺されたり、あるいはパリの襲撃事件のようなことが国内で起きたときに、ナショナリズムの嵐が起こされ、これに乗せられてしまう人々が出ることです。
ファシズムは強制によって成り立っている限り大きな力は持てませんが、内側から起こる時は警戒しないといけない。「同朋が殺された」ことで自らが傷つけられたごとく感じ、報復に燃える人々が出現する可能性を見据えておかないといけない。

このことを指摘するのは、例えば北朝鮮のロケット発射や核実験をめぐる報道でも、安倍政権の意向に沿ってしまっている記事が目立つからです。「国際社会」やその筆頭のアメリカへの真っ当な批判もほどんと書かれていない。
これと同じように、今は戦争法に反対しているマスコミや言論人の中にも、いざ日本人がたくさん殺されるようなことが起こってくると、アメリカや官邸の言い分に絡めとられてしまう可能性もあると僕には思えます。
いやむしろそのことをしっかりと見据え、今からナショナリズムの高揚によるファシズムの押し上げへの対抗を準備しておかないといけないと思うのです。

この点でとくに中東の問題でみなさんに考えていただきたいのは「テロ」という言葉の使用に関してです。僕は「テロ」という言葉を使わないことを決めています。理由は「テロ」という言葉が、あまりに偏った、断定的な使われ方をされているからです。
では「テロ」ないし「テロリズム」は本来、どのように規定されるべき言葉でしょうか。分かりやすくかつしっかり書かれているものとしてウキペディアの「テロリズム」がありますので引用します。
(ちなみにこの項目には「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています」との注意書きが加えられています。なんだかこの言葉のホットさを象徴しているようです。)

 テロリズム―wikipedia

 テロリズム(英: terrorism)とは、政治的目的(注 ここでいう政治的目的とは、政権の奪取や政権の攪乱・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得、自己宣伝など)を達成するために、暗殺・暴行・破壊活動などの手段を行使すること。
 またそれを認める主義。恐怖政治。 日本語ではテロリズムのことを「テロ」と略し、テロリズムによる事件を「テロ事件」と呼ぶ。
 またテロリズムに立脚する暴力的政治を容認する人物やテロ事件の実行犯もしくはその首謀者をテロリスト(英: terrorist)と呼ぶ。

 「テロリズム」という語の現代的な用法はpolitical 政治的なものである。同一の集団が支持者からは「自由の戦士」、敵対者からは「テロリスト」と呼ばれる場合もある。
 テロリズムの概念は、しばしば国家の権威者やその支持者が、政治的あるいはその他の敵対者を非合法化し、更に国家が敵対者への武力行使を合法化するためにも使用されている。
 この語の用法には歴史的な議論があり、例えばネルソン・マンデラなどもかつては「テロリスト」と呼ばれていたのである。

 引用はここまで

いかがでしょうか。なかなか鋭い指摘です。要するに「テロ」は政治的目的の遂行のために暴力を用いること全般を指す言葉でありながら、「テロリスト」という名指しは極めて政治的で恣意的になされているのです。
実際、「テロリスト」というと、冷酷で残忍な印象をもたれるのではないかと思います。さらに言えば無個性で、灰色の感じがします。名指す側によってそのようにイメージ操作されているのです。
大事なのはこの点です。「テロリスト」と呼称することでそれを担う人々から個性を脱色し、冷酷で残忍なイメージが増幅させられているのです。叩き潰す以外ない「敵」としてのイメージが刷り込まれた言葉として「テロ」「テロリスト」は機能しています。

一つの例として仮面ライダーを思い起こしてみてください。ショッカーという「地獄の軍団」が敵役として登場してきますが、仮面ライダーに襲い掛かってくるショッカーはどれもまったく無個性です。だから淡々と倒されることを観ていられます。
ここでリアリティを付加してしまうと観ている側の感情はがらりと変わります。例えばかりに仮面ライダーの前に立ちふさがったのが3人のショッカーだったとします。実はそのうちのショッカーAは3人の娘さんに慕われているよいお父さんです。
ショッカーBはいろいろあって離婚して男1人で男の子を育てていて、ショッカーCはそれほど若くはないのだけれど独身で子どももいません。

さてこのショッカーABCが仮面ライダーと向かい合ったとき、最後はやられてしまうに違いないのだけれど、地獄の軍団としては引き下がるわけにはいかないので、とにかく仮面ライダーと闘わなくてはならない。
そのときショッカーAやBの暮らしをよく知るショッカーCが前にすっと出ました。「Aが死んだときの娘たちの顔をみたくない。Bが死んだら誰があの子を養うんだ。俺は独り身だからいいんだ」とか思って奇声を発して突進していく。
でも戦闘力が違うから簡単にやられてしまうわけです。そのときAとBは自分たちを庇ってくれたCの心情に気が付いたかもしれないのですが、でもやはり地獄の軍団としては引き下がれないので、後を追って突入して結局3人ともやられてしまうわけです。

そうして仮面ライダーが過ぎ去った後には、ショッカーABCの遺体が転がっているわけです。良く見るとショッカーAの胸ポケットからは娘たちの写真がはみ出しているかもしれない。ショッカーBは絶命の瞬間、息子の名を叫んだかもしれない。
ショッカーCは実は一撃では死んでいなくて、後ろから突入してくるABの姿を見ていたかもしれない。そうして「なぜなんだ。せっかく俺が盾になったのに。ああ、でもこれが俺たちショッカーの宿命なんだ」とか思ったかもしれない。
そうなるとどれほどショッカーが悪い軍団であろうと「かわいそうだ」と言う気にもなってくる。仮面ライダーも手加減してやれば良かったのにとか、ショッカーももっと隊員を大事にすべきだとか、だんだん勧善懲悪のストーリーが崩れ出す。

さてこんな展開をどう思われたでしょうか?面白いたとえ話と思ってくれたらそれで良いのですが、今ここでこのショッカーを「イスラム過激派のテロリスト」に置き換えてみて下さい。
「テロ」に関する報道の場合も「テロリストAさんとBさんとCさん」なんて個性を付与してなされることはありません。まさにショッカーのように無個性で冷酷で残忍な集団の一員としてしか想念されていないのです。実際には無個性な人なんていないのに。
その意味でショッカーのたとえ話は、そっくりそのままニュースで流される「テロリスト」の話そのものになっていることを知って欲しいのです。

つまりここには前提として強烈な勧善懲悪の発想が埋め込まれているのです。そうして「悪」は、限りなく無個性で、冷酷で残忍(人間的かつ個性的な温かみを有していないということ)であった方が怒りの対象足りやすい。
僕が「テロ」という言葉を使わないようにしているのは、このように、すでにして「テロ」という言葉にあまりに強烈なイメージが刷り込まれているからです。これと距離をとり、少なくとも僕自身がこのイメージの伝搬者にならないようにしたいのです。
もちろん「テロ」と使ったらいけないとか決めつけているわけではありません。またもちろん僕はどんな無差別殺人にも反対です。でもそれを起こした人々が無個性で冷酷で残忍な集団の人々とは思わないようにしていることをご紹介したいのです。

こう書くと、一部の方から「テロに屈するのか」という言葉が投げかけられて来るかもしれない。いやこれは官邸がちょうど一年前に、後藤健二さんや湯川遥菜さんを見殺しにしたときに連発した言葉です。
そしてこのように言われることを恐れ、「テロリストの味方だと思われないように」という自己規制的なありかたもまた社会に伝搬していて、いっそう「テロ」という言葉のテンションを上げてしまっている感もあります。
だから今、僕は戦争法に反対している多くの方に、「テロ」という言葉について熟考してみようと呼びかけたいのです。

続く

 

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明日に向けて(1213)ファシズムに抗するために・・・改憲阻止が必要だが改憲されたら終わりなのではない!

2016年02月15日 22時00分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160215 22:00)

安倍政権の暴走が続いています。
戦争法強行可決、原発再稼働強行に続いて、いよいよ憲法改悪が焦点に上がってきています。
これに対して、この流れを食い止めようとする多くの方たちが野党共闘の実現などで、阻止陣形を広げようと訴えています。僕も全面的に賛成です。
しかしあえて今回、強調しておきたいのは、かりに選挙でうまく勝つことができず、憲法改悪の流れが深まったとしても、それで終わりなのではけしてないということです。

もちろん僕は何が何でも改憲を食い止めたいと思っているし、そのために尽力する決意もしています。しかしそれでも「改憲になったら終わりだ」と考えると私たちの運動や発想から余裕が失われてしまうように思え、それを回避したいと思うのです。
また「こうなったら終わりだ」と考えると、必要以上に国家権力を巨大に描いてしまうことにもつながり、私たちの民衆の力を過小評価してしまうことにもなります。悲壮感に陥ったらそれだけで人は豊かさを失ってしまいがちです。
今の世の流れには確かに戦前に向かうようなモメントがありますが、しかし大きな違いがたくさんある。戦前は「お国のために戦う」ことが当然とされる世の中だったのです。男の子の多くが小さい時から軍人になることを夢見ていたのです。
軍国主義は国民・住民全体の好戦的なモメントによっても支えられていたわけですが、しかし今は違う。戦後70年間、自国軍隊に戦争をさせなかった「平和力」が私たちにはある。このことを何度も確認しておくことが必要です。

この点を踏まえて押さえておきたいのは、安倍首相が憲法改悪で狙っているのが9条解体であることは間違いありませんが、多くの識者が、そこだけに惑わされず、憲法の人権条項全体が骨抜きにされようとしている点に注意をと語っていることです。
とくに危険性が指摘されているのが「緊急事態条項」です。戦争や大災害の勃発時に政府に非常大権を与えんとするもので、まさに民主主義の否定そのものです。
実際にはそんなものはなくても現行法でもかなりの大権があるのですが、安倍首相は己への批判を極度に嫌い、激しく逆切れしてしまう御仁なので、「緊急時」に政府を批判する一切の権利を認めたくないのでしょう。
その意味で私たちは、憲法9条を守ることだけに意識を奪われず、この緊急事態条項の恐ろしさと危険性、またその非民主主義性、人権思想にツバするとても認めがたいファッショ性をおさえておく必要があります。

その上で「緊急事態条項」を作ろうとする安倍政権の意図はなんなのか。どのような事態を想定しているのかを私たちは押さえておく必要があります。
一つは先にも述べたような第二の福島原発事故が起こった時に、非常大権を得ることです。もっとも実はマスコミがすっかり忘却してしまっていますが、この国には今とて「原子力緊急事態宣言」が発せられたままであり、内閣は非常大権を持っています。
このもとで「応急措置」として、年間被曝量が1ミリシーベルトを上回る地域に人々が住まわされていたり、本来、飲食や寝ることが禁止されている「放射線管理区域」にまで人が住んでいる現実があります。事故以前の多くの法律が守られていないのです。
しかし安倍政権は事故時のより強い大権を欲しているのだと思います。緊急時に危険情報を出したり中東の現実を伝えることなどまで抑圧する準備をしておかないと、不安で仕方がないのでしょう。

ではなぜこうしたことが想定されるのか。原子力規制庁の新規制基準が「重大事故の発生」を前提としたものになっているからです。
チェルノブイリ原発事故が起こったときに、政府と電力会社は、「あのような事故は日本では絶対に起きない。だから原発を動かさせてくれ」と私たち国民・住民と約束したのです。
福島原発事故でその約束が破れたのだから原発を廃止すべきなのですが、原子力規制庁はなんと「重大事故が起きないと言ってきたのが間違っていた。これからはそのような事故が起きることを前提としそれへの対策を求める」と開き直ったのです。
だから規制庁は「新規制基準に通っても安全だとは言わない」と明言しています。安倍政権はこれを無視しているものの実は熟知しており、だから災害時の非常大権を用意しているのです。事故に備えるのではなく事故時の政府批判に備えているのです。

もう一つ、想定されているのは戦争にまつわることです。最もリアリティがあるのは海外で自衛隊が武装勢力などと交戦状態に入り、双方に死者が出る事態です。またこれに伴って日本が報復の対象となってしまうことです。
この時、安倍政権はイスラム武装勢力の脅威を煽るだけ煽り、なおかつ「同朋の殺人を許すな」という社会的攻勢をネトウヨ総動員でかけてくるでことでしょう。あるいは「テロリストの侵入」の脅威をうたい、基本的人権の停止をすら唱えるでしょう。
この点でも実は現行法でもかなりの人権停止が行われてきたし、さらに法の精神を逸脱した警察力の行使すら度々行われてきていることをおさえておきたいですが、こうしたときに、それこそもっと強い大権を持っておきたい。
とくに国内でパリのような襲撃事件などが起こり、多数の死者が出たときに、「テロを許すな。屈するな」というトーンを一気にあげ、一方で「死者が出たのは安倍政権のせいだ」という声を取り締まり、封じ込めたいのでしょう。

このように安倍政権はもはや、原発事故や戦争での大規模被害が起こりうることも想定に入れつつ、それを防ぐための努力をするのではなく、その時に沸き起こる政府批判に対してこそ、構えようとしているのです。
いやすでに起こってしまった福島原発事故による被曝被害の現実がだんだんに目に見えるようになりつつある中で、それらより強権をもってもみ消すことも画策しているのだと思えます。
だから「緊急事態条項」を私たちはけして許してはなりません。これが狙っているのは基本的人権そのものの停止だからです。いやこれらはテレビ局に圧力をかけることで、政権に批判的なキャスターが相次いで降板させられていることでも先取りされています。

さて、肝心なのはこれに対してどうしたら良いのかです。まず第一に、先にも述べたように国会での憲法改悪を阻止することが大切です。そのために野党共闘などで改憲勢力が3分の2になることを止めるのです。
しかし今回強調しておきたいのは、例え憲法が改悪され、緊急事態条項が通っても、それに屈せずに安倍政権と立ち向かい続けていくことのできる強い決意と態勢、しなやかな力を、私たちの間で逞しく醸成しておこうということです。

そのためにはどうしたら良いのか。原発事故に対しては下からの災害対策を進めることです。この過程で広範に原発の危険性への認識を広めることができ、いざというときに政府の騙しを見抜ける力が増します。そうすれば簡単に弾圧などできません。
またそもそも今、あらゆる災害対策に求められているのは民衆の能動性です。水害などでも中央の一元的管理で危機を脱することなどできていない。いざとなったらどんどん自主的に動けるようになることこそ大切で、それ自身が非常大権を骨抜きにします。
さらに福島原発事故の被害をきちんと表に出し、同時に被災者、避難者の権利を守る声を高めていくことです。こうしたことが多くの人の常識となってこそ、次なる非常大権にも抗することができるからです。

二つに戦争の進展に対しては、何よりも中東情勢や東アジア情勢への正しい認識を強めることで、諸悪の根源がアメリカの暴力にこそあることを広め、「テロに屈するな」などという攻勢に屈しない見識を広めておくことです。
とくに大事なのは、自衛官の死亡時、あるいは国内で政府が「テロ」と呼ぶ、襲撃事件などが起こった時に、間髪入れずに「被害の責任はアベ政治にある」と訴えて起ちあがる、民衆の側のネットワークを形成しておくことです。
その準備をしておくことで、ナショナリズムの高揚にけして巻き込まれず、正面から対決して、アベ政治を力強く批判していくことができます。そのためには僕は「テロ」という言葉の使い方にも熟慮すべきだと思いますが、これは稿をあらためて提案します。

いずれによせ、どちらに対しても、起こりうる非常時に対し、能動的な民衆の備えを逞しくするのです。このことが自ら的確な判断を下して行動できる力を増します。そうなれば政府の情報コントロールに騙され、操作されることなどありません。
さらにまたこのように起こりうる危機を想定して民衆の側が能動的に行動することこそが、こうした未曾有の危機そのものの発生を防いでいく可能性を最も広げていこともここで強調したいと思います。
原発は動いてなくてもある限り危険なのです。この認識を災害対策の中で多くの人と共有化してこそ、一刻も早く危険性を除去しようと言う声も高めることができます。ぜひとも能動的な行為としてこれらに取り組みましょう。

私たちが見ておくべきことは、戦前の軍国主義がそうであったように、政府批判を抑圧した政体は実は最も弱体であることです。
そもそもそのような政体では内部からも真っ当な意見が出てこなくなります。権力者が誤った、愚かな方向に走っても止められない、そうした状態に陥っているのが独裁政権であり、安倍政権が近づいているものです。
戦後の民主主義は、実は合理性も知性も欠いて国家ぐるみの玉砕へと走った軍国主義日本に対する、為政者の側の捉え返しの中からも出てきたものであり、だからこの間、引退した自民党の重鎮の多くが安倍政権批判の声をあげてもいるのです。
現状では現役は何も言えない。実は最も先んじてファッショ化しているのが自民党内部だからです。しかしだからこそとても弱い。私たち民衆が結束して立ち向かえば、内部からの離反や崩壊が起こることも含めて、必ずこうした政体は倒すことができます。

そのためにこそ、私たちには戦前の人たち、いや戦後に奮闘した人たちを含めて、先人が流した血と汗によって築かれた人権が私たちの前にあることを自覚しましょう。
戦前は女性は参政権すらありませんでした。結社の自由もありませんでした。一方で特高警察があり拷問が当たり前でした。しかし今、万が一改憲されても一気にそこまで行ってしまうわけではないし、そんなにやすやすと人権を手放す必要などありません。
抵抗すれば良いのです。圧倒的多数の力でです。人権は紙に書かれたものではなく、私たちの心の中にこそ宿るもの。それを行使すれば良い。安倍政権の行う改憲など憲法違反そのものなのですから、そんなものには従わずに歩めば良いのです。
そのためには今の運動の課題を選挙だけに切縮めてはいけません。原子力災害対策を広げていくことや、戦争反対の声を世界情勢の認識と共に広め、命を守る輪を逞しく広げましょう。その意味で憲法を暮らしの中にしっかりと埋め込みましょう!

最後に憲法第12条の前半のくだりをご紹介しておきます。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」
この努力はこれまで、国民条項から排除されてきたたくさんの外国籍の方たちとともになされてきたものであること、その中で人権が成長してきたことも書き添えておきたいと思います。
この遺産を継承し、さらに多くの人の心を寄り合わせ、前に進みましょう!

続く

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明日に向けて(1212)「北朝鮮の脅威」を利用した安倍政権の軍拡とこそ対決しよう!

2016年02月13日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160213 23:30)

北朝鮮によるロケット発射や核実験をいかに捉えるのかの最後に、こうした北朝鮮の行動を「脅威」だと過大に評価し、危機意識を煽ることで軍拡を進めてきた自民党歴代政権や、安倍政権とこそ対決すべきことを訴えたいと思います。
日本政府は北朝鮮のノドンなどのミサイルを含めたロケット開発や核実験をリアルな脅威だと思ってきたでしょうか。全く否です!
これには誰にも分かる重大な証拠があります。他ならぬ福井の原発銀座の存在です。日本政府は実は心底北朝鮮を信頼してきたからこそ、北朝鮮の鼻づらとも言えるような地域に原発を建て、ぶんぶん稼動させてきたのです。
そればかりかもっとも危険であり、技術的な困難にまみれている高速増殖炉もんじゅまで最も北朝鮮に近いところに作ってしまったのでした。

前回の記事で示したように北朝鮮が初めての核実験を行ったのは2006年です。そのときどれか一つでも原発を止めたでしょうか。あるいは原発に対する防衛態勢をとったでしょうか。全く否。理由は北朝鮮が原発を攻めてこないと確信していたからです。
私たちはこの日本の国の人々に、もう本当にこの点で、政府のペテンに騙されるのは止めようと大声で訴えなくてはなりません。今だってわざわざ北朝鮮の目の前の高浜原発を再稼働させているのですから。
実は日本政府は、北朝鮮が核カードを切る理由が、アメリカを米朝平和条約締結交渉に引き出そうとすることにあることを知っているのです。だから自国の滅亡を意味する軍事攻撃など実際にはしてくるはずがないとタカをくくっているのです。
そうでないならばPAC3ミサイルなんか配備する前に、大急ぎで使用済み核燃料を福井原発銀座から運び出しているはずです。いや事故があったら通常の原発の何十倍もの危機が発生するもんじゅをいち早く解体しているはずです。

北朝鮮の脅威など大嘘なのです。むしろ恐ろしいのは米軍です。実際にイラクに侵攻したのですから、同じように北朝鮮に侵攻することがあるかもしれない。そのとき東アジアが戦乱にまみれるかもしれない。いや実際にその危機は1990年代にもありました。
だからこそ日本を守るためにも、米朝平和条約の締結を可能にしていくことこそが最も重要なのです。そうすれば火種が無くなっていく。偶発的にせよ、戦争にいたりうる要因を除去することがこの国を守る本当の道です。
しかしそれでは軍隊と武器メーカーは困るのです。常に「適度な」軍事的緊張関係があった方がいい。時には戦争があって武器・弾薬の在庫が一掃された方がいい。平和の樹立だけは絶対に避けなくてはいけない。それが死の商人=武器メーカーの本音です。
だからこそ「北朝鮮の脅威」は格好な材料にされ続けているのです。

私たちは何とかしてこのことを北朝鮮にも知らしめなければなりません。北朝鮮は核兵器を抑止力とするとともに、アメリカに交渉を迫るカードにもしています。
「核兵器があるが故の優位」を歌い続けてきたアメリカは、核カードを切られると応じざるを得ないロジックを持っている。なぜって応じないと実はその分、核の政治的パワーを落してしまうことにもなるからです。
しかし同時に応じることで、喜ぶのは、平和条約締結をもっとも嫌ってる軍部であり武器メーカーなのです。その意味で北朝鮮は、核兵器でアメリカを交渉のテーブルに引き出そうとしつつ、一方で平和条約を阻む勢力を利しているわけです。
日本の現状を見るとそれが良く分かります。北朝鮮が核カードをちらつかせることを常に安倍政権は自らの軍拡に利用している。それは北朝鮮にとって脅威である在日米軍の基地を固定化することにもつながっています。

今回も、その象徴としてPAC3ミサイルの先島配備が行われました。もちろん辺野古の新たな米軍基地建設の策動と連動した動きですが、この点について琉球新報が説得力ある記事を掲載しています。少し引用したいと思います。

 <社説>PAC3先島配備 優先すべきは外交努力だ
 琉球新報 2016年2月5日 06:02
 http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-216233.html


 「ミサイル発射に乗じた自衛隊配備の地ならしなら許されない。必要なのは冷静な外交努力だ。脅威をあおることではない。」
 「PAC3配備が本当に住民の安全確保を目的としたものか疑問である。なぜなら今回のミサイル発射にPAC3は役立たないからだ。
 北朝鮮の計画通りならば、先島上空を通過する時点ではミサイルは大気圏外を飛行しており、PAC3は届かない。
 仮に打ち上げに失敗し、空中で爆発し破片が落下したとしても対処はできない。PAC3はミサイルの発射地点や高度、方向から落下位置を予測して迎撃するシステムだ。破片の落下位置は予測できず、迎撃は不可能である。
 軍事評論家の前田哲男氏は「打ち上げに成功する場合も失敗する場合もPAC3は機能しない」と指摘し、部隊展開の意図は北朝鮮の脅威の誇張と県民のために心を砕いている姿勢を示すパフォーマンスだと述べる。」

どうでしょうか。
ちなみにこの記事を僕は沖縄在住の物理学者、矢ヶ崎克馬さんに教えていただいたのですが、一読して当事者性をもった優れた分析だと思いました。
とくに「必要なのは冷静な外交努力だ。脅威をあおることではない」と端的に主張している点に沖縄のマスコミの先進性を感じました。
ただし「ミサイル」という断定を行っていることや、文章の末尾が「国際社会の連携で北朝鮮に自制を促すべきだ」と結ばれている点は残念なのですが・・・。

ともあれ私たちはこのように架空の「北朝鮮の脅威論」とこそ対決しなければなりません。「脅威と言うならなぜ原発を再稼働させるのだ」と即座に言い返さなくてはなりません。脅威論の真っ赤な嘘を暴きださなくてはいけません。
さらに進んで米軍の存在こそがアジアの脅威であり、一刻も早く米朝平和条約を締結するように日本政府は努力せよ、米軍はアジアから撤退せよという声を上げていく必要があります。
アジアにとって、そして私たちにとっての真の脅威である米軍基地の拡充や、安倍政権の軍拡とこそ対決し、私たち民衆の手で、アジアの平和を作り出していきましょう。辺野古の運動、沖縄の先進性に学びながらさらに歩んでいきましょう。

連載終わり

最後に琉球新報の記事の全文を貼り付けておきます。

*****
 
ミサイル発射に乗じた自衛隊配備の地ならしなら許されない。必要なのは冷静な外交努力だ。脅威をあおることではない。
 
北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射通告に対し、中谷元・防衛相が破壊措置命令を出した。防衛省は地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を宮古島、石垣島に展開する。与那国島にも陸上自衛隊の連絡員を派遣する。
ミサイル発射通告に対し、安倍晋三首相は「国民の安全確保に万全を期すようにしてほしい」と指示した。しかし、PAC3配備が本当に住民の安全確保を目的としたものか疑問である。なぜなら今回のミサイル発射にPAC3は役立たないからだ。
北朝鮮の計画通りならば、先島上空を通過する時点ではミサイルは大気圏外を飛行しており、PAC3は届かない。
仮に打ち上げに失敗し、空中で爆発し破片が落下したとしても対処はできない。PAC3はミサイルの発射地点や高度、方向から落下位置を予測して迎撃するシステムだ。破片の落下位置は予測できず、迎撃は不可能である。
軍事評論家の前田哲男氏は「打ち上げに成功する場合も失敗する場合もPAC3は機能しない」と指摘し、部隊展開の意図は北朝鮮の脅威の誇張と県民のために心を砕いている姿勢を示すパフォーマンスだと述べる。

そのことは2012年に北朝鮮が「人工衛星」と称して弾道ミサイルを発射した時の対応でもはっきりしている。その時はPAC3と共に石垣島に450人、宮古島に200人の自衛隊員を配備した。
ところが、ミサイルが上空を通過する多良間島には数人の連絡員を配置しただけだった。
このことからも、ミサイル迎撃が目的ではなく、住民向けに「頼りになる自衛隊」の演出を狙ったPAC3配備だったと言えよう。
宮古島市、石垣市は現在、自衛隊配備の是非をめぐって市民の間でさまざまな議論が起きている。自衛隊に対する厳しい住民感情の払拭(ふっしょく)を意図したPAC3配備ならばやめるべきだ。
北朝鮮のミサイル発射通告は重大な国際社会への挑発であり、厳しく批判されている。しかし、挑発に乗って脅威をあおり、PAC3を配備しても問題の解決にはならない。外交努力を最優先し、国際社会の連携で北朝鮮に自制を促すべきだ。

 

 

 

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明日に向けて(1211)国際社会の連携で北朝鮮に自制を促すと言っても・・(事態の捻じ曲げにもの申すー2)

2016年02月12日 17時33分47秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160212 17:30)

北朝鮮のロケット発射や核実験に関する考察の続きです。
前回は本来「六者協議」として行われているものが「六か国協議」にすり替えられ、背景が見えなくされている問題について指摘しました。
今回はマスコミなどに良く見られる「国際社会の連携、ないし一致で、外交努力で北朝鮮に自制を促せ」・・・等々の論調の誤りを指摘したいと思います。

そもそも「国際社会」とは何でしょうか?ここからして考察しなければなりません。
北朝鮮がロケットを打ったことで批難されるのは、北朝鮮も参加する国連がロケット発射を禁止しているからです。前回も指摘したようにロケットが大陸弾道弾と同じ技術だからです。
これに対して北朝鮮は宇宙の平和利用は主権国家としての権利だと主張して、国連の禁止事項はおかしいので従わないと言っているわけです。

このことの是非は今は横におくとして、ここから言えることは無前提的に使われている「国際社会」とは「国連」を中心とした世界秩序のことだと言えます。
国連はもともと日本・ドイツ・イタリアなどを枢軸国(Axis Powers)と戦争を行った連合国のことですから、中心国はアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国(常任理事国)だということになります。
これらの国を中心とした国々の連携で北朝鮮に自制を促すということになりますが、そもそもここに大きな矛盾があります。

第一に前回指摘したように「国際社会」の中軸国たるアメリカと北朝鮮は交戦状態です。いやより正確に言うならば1953年の休戦協定に調印しているのはアメリカ、北朝鮮の他、中国ですから、朝鮮戦争をめぐっては米中とて休戦状態です。
といっても米中両国の緊張関係そのものは1972年の米中共同声明を経た1979年の国交正常化により緩和しており、戦争状態は集結していると言えますが、北朝鮮とは休戦状態であるだけでなく、極めてシリアスな関係が続いてきました。

とくに重要なのは、2001年の911事件を経て、ブッシュジュニア政権が「イラク・イラク・北朝鮮」三国を「悪の枢軸(axis of evil)」と名指し、限定的な核の使用も辞さないという攻撃姿勢を示したことです。
これに対し北朝鮮は「アメリカによる事実上の宣戦布告だ」と声明。自衛の名のもとに対抗的な武装を進めてきました。この点でそもそも軍事的緊張関係を促進してきたのはアメリカの側であることをおさえなくてはなりません。
しかもより深刻なことに、アメリカはイラクに対して大量破壊兵器を隠し持っているとしてさんざん査察を強いた上で、最終的にイラクに米英を中心とする連合軍で攻め込み、国家転覆を行ってしまいました。

しかし攻め込んでみたら大量破壊兵器などありませんでした。イラクはとんでもないいいがかりで攻め込まれ、蹂躙され、大量の国民を殺害された上に国家を崩壊させられてしまったのでした。
このとき北朝鮮は「イラクが査察に応じたのは愚かだった」と声明しています。アメリカを信じて査察などに応じたからいけない。アメリカを信じないで対決すべきだったというのです。
最も対決と言っても実際の戦争になったらとても勝ち目などない。このため北朝鮮は核武装化を促進し、アメリカの攻撃を抑止する道を選んだのです。かくして北朝鮮は2005年2月に核保有宣言を行い、2006年10月に初めての核実験を強行したのでした。

こうした歴史的経緯を捉えるならば、国際社会なるものがあるとするならば、まずはイラク戦争のあやまりを捉え返すべきであることは明らかです。関与した国の責任をはっきりとさせ、首謀者を処罰し、イラクの人々に戦後賠償を行うべきです。
日本で言えば小泉政権のもとに戦争に関与した人々を裁かねばなりません。自民党幹事長としてイラク戦争支持の指揮を執った一人である安倍首相も厳しく訴追されなければならない一人です。
このことを誠実に行いつつ、それこそアメリカに自制を促し、米朝平和条約の締結によるアジアの戦争要因の除去に向かうことこそが「国際社会」の歩むべき道です。

一方でこの点を踏まえた上でおさえるべきことは、軍事的緊張関係を作り出したのがアメリカの側であるにせよ、北朝鮮の核武装は認められるのかということです。答えはもちろん否です。絶対に認められるわけがありません。
ではなぜNOなのでしょうか。核を抑止力で持つと言っても、効力を発揮するためには実際に敵国で破裂させる性能を持っていなくてはなりません。そしてそうである限りそれは実際に使用される可能性を持っています。
しかし一度使用されれば、核兵器は軍隊と民間人を分けずに無差別の大量虐殺を引き起こすのです。しかも放射能によって戦争終結後も人々を苦しめ、殺し続け、さらに世代をまたがった傷害まで引き起こします。

もっとも許しがたい戦争犯罪が原水爆の使用であり、だからこそ北朝鮮の核開発は、理由がどうあれ認められるものではないのです。
ただここまで述べればお分かりだと思うのですが、それは何も北朝鮮の核だけに限ったことではありません。いかなる国が使用しようとも原水爆投下は最も許しがたい戦争犯罪であり、だから開発も配備もけして認められてはならないのです。
ところがこのことは国際社会の常識にはなっていません。それどころか国際社会の中軸をしめるアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国こそが最も核を保持しており、抑止力であるとして正当化しているのです。

どうしてこの国際社会に北朝鮮に対する説得力のある批判ができるというのでしょうか。できるわけがないのです。自分たちは持っていていいがお前はダメだと言うのですから。
国際社会がイラク戦争の反省とともにすべきことは、このような核肯定の常識をも反省し、核兵器廃絶に真剣に向かうことです。二度と人類の上に同じことが繰り返されてはならない。だからこそすべての核兵器を認めない合意を確立しなければなりません。


まとめましょう。もともと北朝鮮が求めているのはアメリカとの交戦状況の最後的な解消です。米朝平和友好条約の締結こそがそのメルクマールです。これが結ばれればアジア全体の平和と安定が促進するのですから私たちもこのためにこそ努力すべきです。
しかし在韓米軍と在日米軍を維持したいアメリカと、戦争法のもとアメリカと肩を並べる軍事大国にのし上がりたい安倍政権は、ともに真の平和を望んでいません。このために平和条約締結に向けた北朝鮮のアピールを無視し続けています。
それどころか、北朝鮮を「悪の枢軸」のように描き、軍事的な脅威を煽り、対抗的な武装や沖縄の基地の維持を人々に納得させようとしているのですから、けしてこの策謀に巻き込まれてはならないし、その狙いの暴露こそがなされなければなりません。

この点で「国際社会の連携で北朝鮮に自制を促す」などという論にけして与してはならないのです。むしろ国際社会がイラク戦争の反省を行い、責任者の処罰をすることこそが世界に平和と安定を取り戻していく道です。
さらに北朝鮮の核武装を止めさせていく点でも、国際社会こそが、核武装の肯定を止めるべきなのであって、そのために私たちは何度でも広島・長崎の原爆投下が最も許しがたい戦争犯罪であることを訴えていかなくてはなりません。
いやその先に私たちは、もう自衛の名のもとに戦争を肯定し、繰り返してきたこの世界の野蛮なあり方を越えようとの声を発するべきなのです。その意味で憲法9条を世界に広めることこそが、戦争と核兵器をなくし、世界を救う道です。

そんなことは夢でしかないとおっしゃるかもしれませんが、しかしこの道こそが、核武装を肯定し、イラク戦争のような一方的な侵略戦争をも肯定して裁けずにいる「国際社会」を変える道です。
そしてそのような真に平和をめざす運動が国境を越えて広がる中でこそ、北朝鮮のような国家も武装を解除していく展望も作りだされていくでしょう。実際には経済的に貧しく民生部門への投資を増やして豊かになりたいのだからそれは可能なのです。
だから「国際社会」の実体である、核で武装した国家官僚たちなどに依拠せず、各国の中にたくさん存在している、戦争を嫌い、平和を求める民衆にこそ依拠して歩んでいくことこそが大切なのです。

あくまでも、どこまでも、”Love & Peace”で歩んでいきましょう!

続く

 

 


 

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明日に向けて(1210)北朝鮮のロケット発射をいかに捉えるのか(報道による事態の捻じ曲げにもの申す)

2016年02月10日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160210 23:30)

みなさま。
このところ7日に投開票された京都市長選に関わり、候補の本田久美子さんの応援で駆け回っていました。
本田さんが戦争法と原発再稼働反対を掲げるとともに、「子ども未来局」の設置など、現門川市長のもとで進んでいる教育の差別化、子どもの貧困化などを食い止める提言をされていたからです。
また世界遺産である下鴨神社の糺の森の一部がマンション建設のために売り払われたり、二条城周辺の森林が巨大バスターミナルのために伐採されつつあるなど、京都が金儲けのために売り払われようとしていることを本田さんと食い止めようと思いました。

しかし選挙結果は門川現市長の勝利に終わりました。とても残念です。
この過程については、僕のFacebookのタイムラインをご覧になられている方は、連日たくさんの写真や報告がアップされていたのでご存知と思いますが、学んだこと、新しく作りだせたつながりなども多数ありました。
これらも含めた選挙についての捉え返しを僕が参加している「本田久美子さんを勝手に応援する会」の以下のFacebookページに載せていますので、興味があればご覧下さい。
 https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=449268435263826&id=419389324918404&fref=nf&pnref=story

ともあれ現場での連日の現場活動に飛び回っていた期間は「明日に向けて」の更新がまったくできませんでした。
選挙では今も14日投開票の京都府八幡市の市長選で、同じく戦争法反対、原発ゼロを掲げている井筒かおるさん、市議補選にたっているさわむらさんの応援でまだ頑張りますが、ともあれ今日から「明日に向けて」の執筆を再開させていただきます。
どうかよろしくお願いします。

さて今宵は表題にあるように「北朝鮮のロケット発射をいかに捉えるのか」について論じたいと思います。僕が強く指摘したいのは、多くのマスコミがことの本質を見誤っており、安倍政権の都合のよい論調になってしまっていることです。
いやこのことは安倍政権の戦争政策に反対している人々の中でも一部見受けられるように思います。

この点、まず表題でお気づきになった方も多いと思いますが、僕は「ロケット発射」という言葉を使い「ミサイル発射」という言葉を使いません。
事実問題として、今回発射されたのは人工衛星であったことはほぼ間違いがないからです。他ならぬアメリカがそう断定しています。
以下、共同通信配信のニュースを東京新聞の紙面から示し、一部を抜粋しておきます。

 北朝鮮ミサイル発射 「衛星」周回軌道を米戦略軍が確認
 東京新聞2016年2月8日夕刊
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201602/CK2016020802000199.html

 【ワシントン=共同】米戦略軍は七日、北朝鮮が実施した事実上の長距離弾道ミサイル発射により、二つの物体が周回軌道に乗ったことを確認、追跡を続けていることを明らかにした。
 北朝鮮が地球観測衛星と主張する「光明星4号」と、ミサイルの三段目の残骸とみられる。
 二〇一二年十二月の発射に続き、二回連続で「衛星」を軌道に乗せることに成功したことになり、ミサイルの制御技術が向上していることを示す。

もっともそもそも弾道ミサイルと人工衛星は同じ技術の上に成り立っています。先端に核弾頭を積めば弾道ミサイルであり、人工衛星を積めばロケットなのです。
だからロシアなどでは言語的にも分かれておらずにともに「ロケーター」と呼称されています。
重要な点は今のような政府発表や報道のあり方が認められるのであれば、日本が打ち上げているロケットだって、弾道ミサイルと言えることです。

ただしその場合でも実際の使い方には違いもあります。
何より弾道ミサイルではいったん大気圏外に出てから再度、大気圏に突入し、目的地を目指すことになります。
これに対して、人工衛星の打ち上げでは、大気圏外の軌道に人工衛星を届ければいいので、再突入は目指されません。そして今回も再突入は行われていないのです。ところがこの点は「再突入の技術は未確立」と書かれています。

これらからすれば、確かに人工衛星の打ち上げ自身が、弾道ミサイル技術と一体のものとしているのは事実であるけれども、「人工衛星は嘘で、本当は弾道ミサイルだ」というような書き方が誤りであることが分かると思います。
いや日本が打ち上げている人工衛星とても弾道ミサイル技術なのであり、これと自民党の石破元防衛庁長官が「原発を持つのは潜在的核兵器だからだ」と発言していることを合わせるなら、これまた核ミサイル準備ととられられることにもなりうるわけです。
にもかかわらず、北朝鮮を得たいの知れない悪辣な国家であるかのように描き、恐怖をあおって日本の武装の強化に利用しようとしているのが安倍政権であり、事実を伝える側は、この策略に巻き込まれない慎重な言葉の選び方が必要なのです。

大前提として多くのマスコミが「六か国協議」などという文言を使い、「国際社会の力で北朝鮮の暴挙を抑え込もう」みたいなことを書いていますが、ここにも大きな誤りがあります。
何がいけないのか。まずは「六か国協議」という言葉の使い方がいけない。そんなものは存在しないのです。えっと思われるでしょうか?まずは外務省の以下のページを見て下さい。

 六者会合関連協議
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/6kaigo/

極めて大事なのは、外務省がここでは国内では「六か国協議」と言われる言葉を「六者協議」と書いていることです。
なぜか。英文では”the Six-Party Talks”と書かれていて、どこにも「国」に該当する言葉がないからです。外務省のHPは日本語を読める海外の方が読むので、とても「六か国協議」とは書けないのです。
ではなぜこの点が重要なのかと言うと、ここに朝鮮半島をめぐる重大な事態が横たわっているからです。

なぜthe Six-Party Talksなのか。答えは明快です。ここにはお互いを国として承認しあってない者たちが集まっているからです。
日本は北朝鮮と国交がありません。韓国と北朝鮮もそうです。建前上、両者は互いを存在しないものとみなしているので、双方ともにその領土は朝鮮半島全体なのです。
ではアメリカと北朝鮮はどうか。国交がないどころか、実は未だに戦争状態です。正確には1950年より朝鮮戦争がはじまり1953年に休戦協定が結ばれたわけですが、そのままの状態が続いているのです。交戦状態の中の休戦状態なのです。

だからこそ互いを国家として承認しあってない軍事的緊張を孕んだもの同士の対話であるがゆえにthe Six-Party Talksであり、日本語的には「六者会合」ないし「六者協議」でなければならないのですが「六か国協議」となった段階でこの関係性が見えなくなってしまいます。
なぜ、いつからこう呼称されるようになったのかまでは調べ切れていないのですが、少なくともこれは日米にとって都合のよい呼称です。
とういのは北朝鮮が「瀬戸際外交」などと言われる一連の行動でもっとも目指しているのが、この交戦の中の休戦状態の解消であり、米朝平和条約を結ぶことで、アメリカの軍事攻撃の可能性を無くすことだからです。

今回の核実験、ロケット発射という流れに対しても、海外メディアでは例えばロイターがこの点をきちんと伝えています。
当該記事を示し、一部を引用します。

 北朝鮮、終戦の条約得るまで核実験続ける方針=関係筋
 REUTERS ロイター 2016年 01月 12日 16:56
 http://jp.reuters.com/article/northkorea-nuclear-usa-idJPKBN0UM12Y20160112

 [北京 8日 ロイター] - 北朝鮮は、朝鮮戦争を正式に終了させるために米国・中国・韓国との平和条約を求めており、この条約を得るまで核実験をやめない方針だ。北朝鮮の意向を中国に伝えた関係筋がロイターに明らかにした。
 平壌と接触があり、2006年の最初の核実験の準備に関する情報を持っていたこの関係筋は、北朝鮮が要求する条約が結ばれるまで実験は続くと指摘。「北朝鮮は中国と米国が平和条約を結ぶ意向を示すまでやめないだろう」と述べた。

あるいは昨年10月の北朝鮮のリ・スヨン(李洙墉)外相が第70回国連総会の一般討論演説で以下のように発言しています。なお引用元はロシア政府系メディアのスプートニクです。
 
 Sputnik(スプートニク)2015年10月02日 17:00(アップデート 2015年10月06日 22:41)
 http://jp.sputniknews.com/politics/20151002/980981.html

 「朝鮮民主主義人民共和国政府は、朝鮮半島における戦争や紛争阻止のために建設的対話をする用意があるが、それは、米国がマスコミを通じ誰かの挑発について主張せず、現行の休戦合意に代え、完全な平和条約に調印して初めて可能となる。
 これが、我々が為しうる最高のバリエーションであり、我々がここで提案できる最高の解決策である。
 我々は、国連安保理事会の側から禁止されてはいるが、衛星打ち上げの権利を、あらゆる手段によって断固守り抜くだろう。
 我が政府は、国の尊厳を守り通し、平和的な衛星打上げに対する不公正な行為に、今ある防衛手段すべての助けを借りて、力強く答える覚悟に満ち満ちている。」
 「我らの宇宙開発は、平和目的のものであり、それを行う事は、主権国家の合法的権利である。一方核実験は、米国の敵対的な政策や核の脅威に対抗するための自衛措置である。」

北朝鮮はこのように繰り返し、アメリカに平和条約の締結、戦争状態の終結を求めているのですが、アメリカはこれを無視し続けています。なぜでしょうか。在韓米軍、在日米軍の駐留意義が大きく崩れるからです。
米軍の存在をあてにしている日本政府も、北朝鮮の要求がここにあることを無視しています。同じく、在日米軍の存続が脅かされるからです。

このようにみるならば、私たちが進むべきものこそ、朝鮮戦争の真の集結=米朝平和条約の締結であり、その後の日朝国交樹立をはじめ、東アジアの戦争状態に終止符を打つことにあることが見えてきます。
そうする中でこそ、北朝鮮の核開発の放棄も可能になるのです。そしてそうなれば沖縄米軍の位置とて大きく揺らぎ、基地撤去が今よりもずっと現実的になります。
アメリカも日本政府もそうはしたくない。だから北朝鮮が繰り返し声高に主張している「平和条約締結を」という要求を無視し、かの国を無軌道で暴力的で恐ろしい国としてのみ描いているのです。

もちろん僕は血の粛清を続けている北朝鮮を良い国などとは思っていません。また核兵器を政治カードに使うことに怒りを覚え続けています。
しかしその状態に真に終止符を打とうとしないのがアメリカであり日本であることをまずは押さえておきたいと思います。にもかかわらず国内ではこうしたことが六者協議の六か国協議への書き換えなどでごまかされているのです。
そのためこの問題を論じるときに、「六か国協議」という誤った言葉を使う方には、僕は「まずその言葉を使うのを止めましょう」と語りかけることにしています。それでは今、起こっていることの本質がまったく見えず、安倍政権を利してしまうからです。

続く

 


 

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明日に向けて(1209)篠山市で安定ヨウ素剤事前配布を開始!全国に広めよう!

2016年02月03日 16時30分00秒 | 明日に向けて(1201~1300)

守田です。(20160203 16:30)

川内原発に続いて高浜原発が再稼働されてしまいましたが、一方で兵庫県篠山市では1月31日より万一に備えた安定ヨウ素剤の住民への事前配布を開始しました。
これは僕自身が参加する篠山市原子力災害対策検討委員会の提言に沿ったものです。篠山市ではすでに全市民分の備蓄を終えていますが、これから3月末まで15日、30回にわたって各地で説明会とともに配布を行います。
初日である31日には篠山市東部のハートピアセンターにたくさんの市民が駆けつけて下さり、約1000人分のヨウ素剤が手渡されました。

この様子を毎日放送が取材してくださり、1分に的確にまとめて放映してくださいましたので、これを僕のFacebookタイムラインに1日夜にアップしたところ、2日間で再生が約12000回され、シェアも120件ほどしていただけました。
ぜひ以下の動画をご覧下さい。またこの情報をさらに拡散させたいと思っていますので、ご協力もよろしくお願いします。

 安定ヨウ素剤事前配布(毎日放送)
 https://www.facebook.com/toshiya.morita.90/videos/10206896106819511/?pnref=story

僕が撮影してFacebookにアップした写真、動画もご紹介しておきます。

 ヨウ素剤配布の様子(守田撮影写真)
 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10206887654888218&set=pcb.10206887658368305&type=3&theater

 ヨウ素剤配布の様子(守田撮影動画) 
 https://www.facebook.com/toshiya.morita.90/videos/10206887842132899/?pnref=story

安定ヨウ素剤の事前配布は、再稼働してしまった高浜原発から篠山市民を守るためのものですが、再稼働と配布はたまたま重なったのが実際なところで、計画自身はかなり前から練り上げられてきたものです。
その際の重要なポイントは、放射性ヨウ素が飛来する時は、他の放射能も飛来する可能性のある時であり、避難が必要だと言うことです。
この際、事前配布をしていた方が、避難がよりスムーズに進みます。ヨウ素剤をとりにいく手間暇が大幅に省けるからです。役所の側も配布への手間を大幅に省けますので、人員を事故対策の他の部署に回すことができます。
総じて事故への対応能力が上がるのです。しかも格段に上がります。

ここまでは多くの方が想像がつくことだと思うのですが、実は次の点もとても重要です。
一般に薬は事前に飲む理由や効能、副作用の有無や度合いを知ってないと、なかなか緊急時に飲めないものである点です。これは安定ヨウ素剤に限らないことです。
つまり事前学習を経ない緊急時の配布では、手に入れても飲めない方が多数出てしまう可能性があるのです。これは薬害が繰り返し起こっていることなどでも促進されていることがらです。

この点は僕自身も、原子力災害対策検討委員会に参加する臨床医の方に詳しく説明を受けて知ったことでした。薬については事前の教育・啓発がとても大事なのですが、この知恵は臨床医の方でしか持ちえない貴重なものだと感じました。
その点で事前配布は単に物理的な配布の時間を少なくするためだけではなく、薬を確実に飲んでいただくためにも極めて重要なのです。緊急時の配布はこの点のリアリティを踏まえないものである点をぜひとも踏まえていただきたいです。
さらに事故対策そのものも事前の準備が大事であり、その際もハード面の装備よりもソフト面の蓄積、つまり教育・啓発が大事なのです。ハードは想定を越えられると役に立たなくなりますが、啓発された人間の頭脳は柔軟な対応力を持ちうるからです。

この点も踏まえて篠山市では実に手厚い講習を繰り返してきました。
まずは市の職員に原発事故とはどのようなものか、放射能とはどのようなものであり、被曝はいかにすれば避けられるのかの講習会を繰り返し行いました。
安定ヨウ素剤に関しても、なぜ飲まねばならないのか、どのような効果があるかとともに、放射性ヨウ素以外には対応できないこと、副作用はほどんとないがアレルギーのある人には注意が必要であることなどが伝授されました。

こうした講習会は、市の看護師・保健師の方々を対象としたり、自治会の役員の方たちを対象にしたり、小学校・中学校・幼稚園・保育園の校長、園長を対象にしたりと、さまざまな形で行われました。
さらに講習を受けた市の職員400人が2人ずつのチームを作り、各自治会を訪問して出前講習会を行いました。実施された自治体学習会の数は200に及びます。
これ以外にも一般市民向けの講習会を僕が講師になって何度も行ったり、地域の土砂災害訓練の場に講習会を設けて僕が講演してみたり、原子力災害フォーラムを開くなど、本当にたくさんの催しを行ってきました。

中でも市の災害対策の中心を担う篠山市消防団は最も熱心にこうした講習に取り組んで下さり、初めに班長級以上250名の団員を対象とした講習をくみ、さらに大規模な講習を繰り返して団員1200人が僕の講演を聞いて下さいました。
さらに消防団は、放射能事故時の避難誘導の際に着用するゴアテックス製の専用カッパも購入し、放射能の降る中での活動が必要になった場合に、内部被曝を少しでも減らす対策を積み上げています。
もちろんできるだけ早く避難誘導を終えることで、結果的に消防団員もいち早く避難に移れることを目指しています。

ヨウ素剤配布はこのような活動とセットになったものである点、たんに薬を配ることにとどまらず、命を守るための知恵の伝授とセットになったものであることを強調したいと思います。
私たちの委員会ではこうした活動を全市をあげて実地で進めていただきながら、災害対策の骨子となる考え方を練り上げ、「原子力災害対策計画に向けた提言書」を昨年6月にまとめて市長と市民に提出しています。
ぜひこれもお読み下さい。ヨウ素剤配布は計画の一部です。このことがお分かりになるとともに、ヨウ素剤についてのより詳しい記述もこの中にあります。おそらく日本の中で出ている原発事故とヨウ素剤についての最も詳しい記述だと思います。

 原子力災害対策計画に向けての提言
 http://www.city.sasayama.hyogo.jp/pc/group/bousai/assets/2015/06/teigensyo.pdf

続く

 

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