「この間、見つからないようにとここに置いたんだった。
それを忘れていたよ。
うん、大丈夫だ。すべて揃っている。
ひとつでもなくしていたら同志たちに顔むけができないところだった。
まあしかし俗人がこれを見たとしても、なんのことやらちんぷんかんぷんだろうが。
これを理解できるのは、同志のなかでもかぎられたエリートだけだがね」
一子さんをとなりに座らせて、わら半紙をさも愛おしげに撫でられています。
「幹部連にかわいがられている河合くんなんぞには、天地がひっくり返っても理解できまい。
あの幹部連にしても、わざわざぼくの所にレクチャーを受けにくるしまつなんだから。
でね、父さんに一子から頼んでくれないか。
すこしまとまったお金がほしいんだ。
参考書代だとかなんとか、うまく話してくれよ。
一子にはあまい父さんだから」
すこし考えこまれた一子さんでしたが、まかせてという声とともに、胸をポンとたたかれました。
「だれ? そこにいるのは」
一子さんに見つかってしまいました。
からだは灯籠でかくせても、影まではかくせません。
やむなく、ごめんなさいと体を出しました。
一子さんは、あらまあ、と驚いた顔をされています。
三郎さまは、なにかいけないところを見られてしまったという具合で、そっぽを向いてらっしゃいます。
わたくしは、ごきげんようとお声がけしたのですがお返事はいただけませんでした。
「ねえ、小夜子さん。兄に、家庭教師としてアルバイトさせてもらえないかしら。
あたくしと一緒ということでいかがかしら」
突拍子もないご提案をされるんです、驚きましたわ。
日曜日の午後に三郎さまの下宿先で、ということでした。
わたくしとしては、否というご返事はありません。
ふたりだけでは許しがでなくても、一子さんとならばと思えるのです。
しかも、場所は一子さんのお宅ということで。
そうしましたら、万が一に電話があっても一子さんが対処できるからとおつしゃるのです。
「そりゃ良い考えだ。策士だな、一子は。
これで河合くんなんぞに大きい顔をされずにすむというものだ。
『貧乏なんで、この程度しか』なんて言って、ぼくよりも多額なんだ。
まったくのところ、懐にはいるのがうまいんだよ」
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