(四)噂
ではその噂とやらを、女性から聞いたその噂をお聞きいただきましょうか。
老婆の先祖は平家一門の落ち武者で、壇ノ浦の戦いを免れた者だと言うのです。
家系図なるものを見たという村人が現れてーところがこれも不思議なことに、名乗り出る村人はいません。
ですが、子孫だということになってしまいました。
お待たせしました、これからが本番です。
その落ち武者が、平家復興の悲願を胸に、相当の軍資金を埋蔵したということです。
そしてその番人たる落ち武者は平家に関わる者であることを隠して、記憶を失った一人の男として村に入りました。
たまたま襲った嵐を利用して、遭難したかの如くに装ったのです。
当初は敬遠していた村人たちも、洞窟で一人暮らしの男が気の毒になりました。
といって痩せた土地柄では潤沢な収穫量があるわけでもなく、遠巻きに見ていることしかできないでいました。
落ち武者は止むなく森で木の実類を集め始めたものの、冬の到来によってそれもままならぬようになっていきます。
次第に痩せ衰えていく男、しかしここで命果つるわけにはいきません。
平家復興という大願があります。
何としても生き延びねばと、村人たちに農作業の手伝いをさせてくれと懇願します。
しかしよそ者を入れるわけにはいきません。
無慈悲なことと思いつつも、冷たく拒否します。
しかしそこで、天は平家を突き放すことはなかったのです。
昨年夫を失い、病に冒されている父親と二人暮しの後家が、この男を夫として迎えると言い出したのです。
「あいの夫になってもらうわの。そうすればあいも、父の面倒をしっかりとみられるじゃから。
お願いします、皆さん。世話役さん、皆に了解してもらってくだっせ」
この申し出に、村中が賛成をしました。若い働き手が増えることには、誰も否は言いません。
村の血縁者になれば、流れ者とは違うのですから。
(五)修験者
それからひと月ほど経った頃に、十年に一度かもしれない程の大雪が降りました。
大きく冷え込む中、男たちが森に薪木拾いに入っていきます。
ところが奇妙なことに、森の中に入り込んだ二人の男たちがばたばたと亡くなっていったのです。
三日三晩高熱にうなされて死んでいきます。
体のどこにも傷はありませんでした。
しかし二人が二人とも「悪かった、悪かった。勘弁してくだされえい!」と叫んだと言います。
何に悪かったと謝っているのか、誰にも分かりませんでした。
で、これは森の神の崇りだと、恐れおののいたのです。
たまたま通りかかった修験者に、祈祷を頼みました。
気の毒に思った修験者が、三日三晩の祈祷を行いました。
「これは、祟りじゃ。なんぞ、変わったことはなかったか?
天に唾する行為をしたのではないか? 心当たりがない?
よそ者を村に入れた? それじゃ! その者が、災いをもたらしているに違いない。
即刻その者を村から追い出せ! さすれば、祟りも収まるじゃろうて」
さあ、大騒ぎとなりました。
「どこの馬の骨とも分からん男を入れてしもうたのがまちがいじゃ」
「すぐにも、たたきだそうぞ。とんだやく病神じゃて」
という声が上がる一方で
「なにがやく病神か! あんな働き者はおらんぞ。
日が昇れば一番に畑に出ておるし、日がどっぷりと暮れても最後までおるじゃないかの」
とかばう声も上がります。
そして何より「あいの夫になっとるんじゃ。今さら追い出すとはあんまりじゃ!」と女房のおなかが泣き叫びます。
その隣近所の者たちも、異口同音にその者を褒め称えます。
「そりゃもう、仲むつまじい二人ぞ。寝たきりのしゅうとさんにも親身に仕えておるし」
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