(舟島 六)
街の辻々で交わされているムサシ像だが、どこまでが真実の話なのか、実のところ誰も知らなかった。
「あのムサシってのは、人間じゃねえんだってよ。
なんでも、唐天竺から追い出された、羅刹天だって話だ」
「とにかく、すごいのなんの。
吉岡兄弟といい、幼い又七郎といい。
まるで阿修羅だそうだ。
二本の刀を自由自在に振り回して、バッタバッタと斬りまくったそうな」
「それにしても、むごいことじゃないのさ。
まだ年端もいかない子どもまでもねえ」
目をぎょろつかせた男たちが噂をし、幼子を抱いた女が涙を流す。
「そういや、あのムサシってお方は、米や麦の飯は喰わずに鳥やけものをくらうそうじゃねえか。
草や木の根っこもかじっているそうな。まったく、恐ろしいこった」
「とに角大男だってさ。まゆ毛が赤くって、目は青いそうだよ。
鼻なんか上唇にくっつくかってことらしいしね。
そんでもって口も、仁王さまみたいに大っきいと言うし。
店に来たお侍が言ってた。恐ろしや恐ろしや」
飯屋の主人と女の話に、集まった者たちが頷き合う。
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