昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (十四)こんやの麗子は、

2025-02-21 08:00:13 | 物語り

 こんやの麗子は、いつもの麗子ではなかった。
紫がにあう女性だった。勝負服よ、という。
白いブラウスに白いジャケット。もちろんスカートも明るい白だ。
そしてアクセントにとうす紫のスカーフを巻いている。
均整のとれたからだが、その白に包まれている。


 ふたり並んで歩くのが、彼にとってはステータスだった。
かならずといっていいほど、すれ違う男どもが麗子をなめ回すように見ていく。
ひょっとして今夜は、だれかにからまれたのかもしれない。
となりの市まで出かけての、はじめての映画鑑賞だった。
いつものことではあるが、男のエスコートがあっての安心感だったのかもしれない。


 いつもの香水に加えて、今夜はアルコールの香がつよい。
誰かを呼び出してグチを言いあう酒盛りでもしたのだろうか、そんなことを男は考えた。
そして思いっきりに、男の悪口を並べ立てたのだろうか。
そしてその相手はだれだ? と考えたときに、男のあたまのなかにだれひとりとして浮かばなかった。
華やかな麗子の取り巻きはおおい。


しかしプライベートな話を麗子がする相手には思いつかない。
しかもアルコールが入ってだ。
〝まさか!〟。思いもかけぬことが頭に浮かんだ。
〝見知らぬ男が?……。それとも俺の知らない、男が……〟
しかしすぐに、ありえない、ありえない、と打ち消した。
だれだ、いったい。麗子が酒を飲む相手、だれなんだ?


 麗子の体が小きざみに震えている。
男には彼女の気持ちが手にとるようにわかった。
やはり気がつよくても女だ、こころ細かったのだろう。
しかしこんやは、もうすこし気がつかぬふりをしてやろうと思った。
その裏には、いつも一線を画してこばみつづける麗子への反発心があった。


まだ純潔を要求される現在では無理もないが、”結局は結婚するんじゃないか”と男は思う。
ただ、そのことを口にしていないだけに男はそれ以上強いることを、いつも止めていた。
「さむいのか?」
「ううん。どうして?」
「だってからだがふるえてるぜ」
 無言のまま、麗子は男にからだをあずけた。


そして、かたに置かれていた男の手を自分のむねに押しつけた。
けっしてことばでは言わなかった。
そしてまた、今夜のようにあからさまに要求することはなかった。
それとない素振りで、男のこころをそそるだけだった。
そしてその事に男が気づかずにいると、憮然として「帰る!」と言い出すのだった。


 男はベッドに腰を下ろすと、麗子を膝の上に抱きかかえるようにして、長いキスを交わした。
やはり今夜はちがう。麗子のゆびが積極的に男の指にからまってくる。
そんなはじめてのことに、男は戸惑いつつもおうじた。
「今夜はどうする? 電車はもうないだろう。タクシーでも呼ぶかい?」
「意地悪! ムードを壊さないで!」



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