こんやの麗子は、いつもの麗子ではなかった。
紫がにあう女性だった。勝負服よ、という。
白いブラウスに白いジャケット。もちろんスカートも明るい白だ。
そしてアクセントにとうす紫のスカーフを巻いている。
均整のとれたからだが、その白に包まれている。
ふたり並んで歩くのが、彼にとってはステータスだった。
かならずといっていいほど、すれ違う男どもが麗子をなめ回すように見ていく。
ひょっとして今夜は、だれかにからまれたのかもしれない。
となりの市まで出かけての、はじめての映画鑑賞だった。
いつものことではあるが、男のエスコートがあっての安心感だったのかもしれない。
いつもの香水に加えて、今夜はアルコールの香がつよい。
誰かを呼び出してグチを言いあう酒盛りでもしたのだろうか、そんなことを男は考えた。
そして思いっきりに、男の悪口を並べ立てたのだろうか。
そしてその相手はだれだ? と考えたときに、男のあたまのなかにだれひとりとして浮かばなかった。
華やかな麗子の取り巻きはおおい。
しかしプライベートな話を麗子がする相手には思いつかない。
しかもアルコールが入ってだ。
〝まさか!〟。思いもかけぬことが頭に浮かんだ。
〝見知らぬ男が?……。それとも俺の知らない、男が……〟
しかしすぐに、ありえない、ありえない、と打ち消した。
だれだ、いったい。麗子が酒を飲む相手、だれなんだ?
麗子の体が小きざみに震えている。
男には彼女の気持ちが手にとるようにわかった。
やはり気がつよくても女だ、こころ細かったのだろう。
しかしこんやは、もうすこし気がつかぬふりをしてやろうと思った。
その裏には、いつも一線を画してこばみつづける麗子への反発心があった。
まだ純潔を要求される現在では無理もないが、”結局は結婚するんじゃないか”と男は思う。
ただ、そのことを口にしていないだけに男はそれ以上強いることを、いつも止めていた。
「さむいのか?」
「ううん。どうして?」
「だってからだがふるえてるぜ」
無言のまま、麗子は男にからだをあずけた。
そして、かたに置かれていた男の手を自分のむねに押しつけた。
けっしてことばでは言わなかった。
そしてまた、今夜のようにあからさまに要求することはなかった。
それとない素振りで、男のこころをそそるだけだった。
そしてその事に男が気づかずにいると、憮然として「帰る!」と言い出すのだった。
男はベッドに腰を下ろすと、麗子を膝の上に抱きかかえるようにして、長いキスを交わした。
やはり今夜はちがう。麗子のゆびが積極的に男の指にからまってくる。
そんなはじめてのことに、男は戸惑いつつもおうじた。
「今夜はどうする? 電車はもうないだろう。タクシーでも呼ぶかい?」
「意地悪! ムードを壊さないで!」
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